中編

1.

 勢いで、一緒に弁当を食おうぜと約束し、食べているのはいいのだが、蓮と水無月の間にやり取りはあまりなかった。二人の共通の話題と言えば、連の兄である柊のことであったり、昨日のことであったりするのだが、話題にするのは微妙であった。

 そうして、食べながらまじまじと水無月の顔を見た。卵焼きの味がわからなくなるくらいには水無月悠はとんでもなく美人だった。白銀の髪は光を受けて不思議に光り、ブルーサファイアそのものがはめこまれているとしてもおかしくないほどの瞳、白い肌、整った顔立ち、そして、羨ましいことに、蓮より背が高い。

「蓮」

「ん、何……?」

「俺の顔なんか見ておもしろいわけ。せっかくの弁当を味わった方がいいんじゃねえのか」

 水無月は、素で言っていた。蓮はそれがわかって、複雑な気持ちになった。美人だからいいじゃん、なんてことを言える相手でないのは察しているのだが、それでも、自分の容姿に価値がないようにふるまう水無月に不定形のもやもやを感じた。

「美人は三日で見飽きるって言うけどさ、水無月多分三日では飽きないな」

「美人なんて、言われ慣れてるけどな、嬉しいもんじゃねえよ」

 吐き捨てるように言って、水無月は自身の弁当を食べ続けた。よく見れば、卵焼きに海苔かほうれん草が何かが入っている。水無月は一人暮らしなので、自分で作ったのだろう。

「オレはイケメンとか美人になれたらいいなって思うけど、まあ、よくわかってないしなあ」

 一瞬、水無月が恐ろしく冷たい目を向けてきた。

「イケメンとか、美人、なあ。まったくわかんねえけど、霧野さんは格好いいとは思う」

 霧野さん、と柊を呼ぶ水無月の声音がそこだけ優しくて、たしかに柊を大事に思っていたのを感じて、蓮は胸が痛んだ。

「それは当然じゃん。兄貴は格好いいんだよ。すべてが」

 自慢の兄だった。自分と似た顔だけど、どこまでも格好いい兄で、頭がよくて、気遣いができて、家族思い、いや、他人思いだった。

「今聞いてて初めて、きょうだいっていいかもしんないなって思った」

「水無月はきょうだいいないのか?」

 何気なく聞いたのだが、水無月は皮肉に笑んで、囁いた。

「知らない。いるかもしれないし、いないかもしれない」

 囁き方に色気があって、持っているものの違いを感じた。水無月は、投げやりな風で、言葉を続けた。

「ろくな育ちしてねえからな、オレは」

 投げやりに過ぎて、蓮はそこに、水無月との断絶を感じて寂しくなった。きょうだいがいるかいないかもわからない状態は、蓮からすると想像もつかない。

「想像もつかねえだろ?」

 返せる言葉は、なかった。

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