トキシックレコード

秋乃晃

Recorder



 はい、どーも!

 三男の日比谷忠信ひびやただのぶです!


「伊代さぁん、見ちゃってくれちゃってるぅ?」


 ちょっと!

 僕の前に割り込まないで!

 あとでハルくんにも振るから、台本通りやってよ頼むよ!


「はぁーい!」


 えー、本日は作倉さんから「日比谷くんたちの紹介動画を作ってください」といった、ぶっちゃけ意図のわからない依頼が舞い込みまして、こうして四人集まったわけです。一番まともな僕に頼むあたりは作倉さんも理解わかってますね。意図はわからなくとも仕事はしなければならないので、無理言って集まってもらいました。


 これってパワハラでしょうか。

 いいえ、普段通りです。


 カツからの「さっさと終わらせろ」の視線が痛いので、僕からサクッと紹介します。


 左から日比谷忠義ひびやただよし忠勝ただかつ、一個空けて、忠治ただはるとなっています。あともう一人、忠弘ただひろもいますが、ここには来ていません。虚弱体質きょじゃくたいしつで吸血鬼でもないのに太陽の光に弱いから、連れ出すのも一苦労で。編集でこの右上の辺りに写真を載っけておきます。


 僕らは元々一人の人間でした。元々は日比谷忠弘です。日比谷忠弘が【分裂】という能力に目覚めた結果、こうして喜怒哀楽の順番に四人が生まれました。僕は一応、かなしみらしいので、よく事情を知らない人には〝三男〟ってことにしています。ヨシくんが喜び、カツが怒り、ハルくんが楽しさですね。最後に残された本体の忠弘が無。


 僕たち顔も似ているというかそっくりなんですよ。ほら。ヨシくんはヘラヘラしてて、カツは険しい顔してて、ハルくんはふざけてますけど、真顔になると見分けがつかないので、僕はメガネをかけています。ほら。


「もういいか?」


 まだです!

 これからです!


 もう。

 なんですかカツ。


「そのカメラ貸せ」


 貸せません。

 借りて何をするおつもりなのかはわかりませんが、カツはすぐ機械類を壊すじゃありませんか。


 後半パートは四人でスイッチのパーティーゲームをするんですけど、コントローラーを絶対に破壊するだろうから予備にいくつか持ってきています。イライラしてポキっと二分割してくれそうですからね。


「はあ?」

「やりそー。ビンボー神くっつけたりコウラぶつけたりしちゃおっ」

「ふざけんな。オレはゲームなんかやらん。帰るぞ」

「負けたくないからってやる前に逃げちゃったり帰っちゃったりしちゃうんだぁ」

「なんだと」


 はーいはいはいはい止まって、座って、落ち着いて。カツは短気を起こさない、ハルくんは煽らない。……なんですか。僕が悪いみたいな目で見てくるのはおかしいでしょう。


 まったくもう。


 三人とも、昨日僕が送った台本読んでくれました?

 いやあ、ね、僕も付き合い長いですから、筋書き通りにいかないだろうなってのは予想ついていましたけれども。これほどまでとは予測できていなくて、冒頭のキズナアイ風のあいさつから撮り直ししたほうがよいのでは。


「ねえねえノブ」


 なぁにヨシくん。


「ここに来るまでに捕まえた虫さん、見る?」


 見ません。


「ノブ、しょんぼりしてるから、虫さん見たら元気出るよ!」


 出ません。

 逃してきなさい。


「青色のアゲハチョウだよ!」


 アオスジアゲハじゃないですかそれ。ムシトリカゴの中だと狭くてかわいそうだから、出してあげなさい。あ、いまやろうとしなくていいです。スタジオの中で放たないでくださいよ!


「わかったよー」


 僕がしょんぼりしているのは君たちが、僕の書いた台本をまったく読んでいなさそうだからです。いなさそうというか読んでませんねこれね。確定で読んでいませんね。

 カツ、今読もうとしなくていいです。申し訳ないと思うんなら、僕の時間を返して。返せるものなら返して。


 はあ。


 僕思ったんですけど、僕たちっていつかは消えてしまう運命にあるじゃないですか。


「そぉなの!?」


 そんな、今知った衝撃の事実みたいな反応しなくても。

 ……え、本当に知らなかったんですか?


「初耳も初耳だが」


 カツも知らなかったの。

 ひょっとしてヨシくんも――あれ、どこ行ったの長男。目を離したすきにいなくなるとかマジか。僕がさっき「逃してこい」って言ったからかな。


「どうしぃて、消えちゃわないといけないの? 消える必要なくなぁい?」


 僕たちのルーツをたどれば〝日比谷忠弘〟という一人の人間であり、とんでもなく不思議な力が作用して生まれたなわけです。現在、この世界はこの不思議な力を方向性で動いているのは、さすがに知っていますよね。この治療薬が完成して、忠弘に使用されたら、忠弘は健康体に戻るでしょうけれども僕たちは消滅します。


 忠弘の感情が肉体から剥がれて、四つの喜怒哀楽の感情がそれぞれ意志を持って動くようになったのが僕らなわけですから、治ったら元の位置に戻るのが当然でしょう。


 そうなる前に、僕らの上司にして保護者代わりな作倉さんは『僕らが存在していた記録』を残しておきたかったのでは。

 だとするとそれぞれの特技や長所をまとめた動画にしたほうがいいな。また明日集まろう。明日までに書き直す。


「お前に台本を頼んだら再生数一桁のユーチューバーのような動画にしかならないなこれ」


 台本最後まで読んでくれてありがとうカツ。

 一言余計ですよ。


「その治療薬を使わせなければ、俺たちは消えちゃわなくてもいいんじゃない?」

「使わないという選択肢はないだろう」

「どうしてさ?」

「どうしてったって、なあ、ノブ」

「俺は伊代さんと付き合ったりデートしたりしたいから消えたくないもん」


 ハルくん、伊代さんに何回告白しました?


「三回から先は覚えてなぁい」


 千九百八十四回です。

 僕に苦情が来るんですよ。いい加減諦めませんか。他にも女性はたくさんいるでしょう。


 知らない人のために解説しておくと、伊代さんはハルくんが片想いし続けている女性です。だいぶ前に伊代さんに助けられたのが忘れられないんだとかなんだとか。いい迷惑ですね。


「伊代さんはツンツンしちゃって素直じゃないから、ほんっとぉは俺のことだぁいすきだけど認めてくれないだけぇ」

「ポジティブだな」

「この動画の後半パートを見ちゃったら伊代さぁんのほうから俺に告白してくれちゃうかも」


 ごめんだけど、後半パートも練り直す。

 いろんな人がこの動画を見て僕たちを覚えてくれるのなら、桃鉄やマリオカートやってる場合じゃない。


 もっと他に僕たちの魅力を残しておける手段があるはず。

 明日までに考えておくから。

 今日は解散しよう。


「明日明日って。オレは明日、用事があるんだが?」


 カツの用事は〝人助け〟でしょう?

 僕は偽善者っぽくて反対ですが、好きでやっているなら止めません。ただ、困っている人を助けるのは他の人にもできますよ。僕たちの動画は、僕たちにしか作れませんけれど。


「……そうかよ」


 ご理解いただけました?

 明日も来てくれるかなー?


「わかったわかった」


 そこは「いいともー!」と言ってください。


「ゲームやりたくてやりたくて震えちゃってるのにぃ、ゲームしないで解散なんてひどくなぁい? 動画撮影しちゃうにしろしちゃわないにしろ、ゲームはやりたぁい」


 そうですね。せっかくなかなか集まれない四人で集まっていますから、ゲームはやりましょう。ヨシくんはまあ、そのうち帰ってきますよね。


「ま。ひねってやるか」

「コントローラーを?」

「お前の首をひねってやろうか」

「暴力はんたーい!」


 ちなみに、それぞれのイスの下に爆弾がセットされていて、総合で最下位の人のイスは爆発します。


「は???」

「えぇ? ……粘着爆弾的なみたいなものがくっついちゃってる!」


 無理矢理外そうとしても爆発するからやめましょう。


「お前正気か」


 分裂体である僕らは、痛みこそあれど死にませんから。これぐらいの爆薬なら平気ですよ。だいたい三分ぐらいで元通りになります。


「正気だ……」

「爆発オチなぁんてサイテー!」


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