十三 特命

 翌日、一月八日、土曜。午前九時。

 四谷警察署生活安全課の三島幸子係長(警部)の机で電話が鳴った。電話に出ると、

「署長の藤原だ。すぐ、署長室に来てくれ」

 と藤原邦夫署長(警視)が三島を署長室に呼んだ。


 三島が署長室に現れて藤原署長の机の前に立った。

 藤原署長は三島を見て、

「吾妻直輔参事官(警視正)と刑事部捜査第一課の東条課長(警視)から特命だ。

 ただちに、本庁の吾妻直輔参事官の元へ出頭しろ」

 と言ってニヤリと笑った。

「何ですか?その笑いは?」

 三島は署長の笑いが気になった。本庁への移動命令か?あんな権力争いの巣窟なんかに居たら堪らない。碌でもない上司にくっついてズルズルと奈落の底へに落ちるだけだ。茂木や霧島がいい例だ。ここは、移動を辞退するに限る・・・。

 そう思って、三島は断固とした口調で、

「移動命令なら断ります」

 と言った。

 署長の顔から笑いが消えた。

「特命だぞ!」


「わかってます。断ります。あんな腐りきった部署へは行きたくない。

 吾妻参事官の命令で霧島課長を逮捕した際、吾妻参事官に本庁勤務を打診されて断った。今さら、何を言いたいんだ?」

 三島は冷静にそう告げた。

 署長も冷静になった。

「上からの命令に背くとどうなるか、わかってるか?」

「格下げか、解雇だろう?したければすりゃあいい。職務に戻る」

 こんな馬鹿げた人事に付き合ってられない・・・。

 三島は藤原署長の机に背を向けた。署長室を退出しようと思った。


「待て!指示を仰ぐ・・・」

 署長はその場から警視庁捜査第一課の東条肇課長(警視)に連絡した。

「三島が特命を拒否すると言っています。

『霧島課長を逮捕した際、吾妻参事官に本庁勤務を打診されて断った』

 と本人が報告した、と主張してます」


「特命拒否の報告は今かね?」と警視庁捜査第一課の東条肇課長。

「はい。そうです。格下げや解雇は承知の上だと言ってます」

「そこまで拒むのは、なぜかね?」

「本庁の腐りきった部署へ行きたくない、と言ってます」

 そう言って署長は三島を見て片目をつぶり目配せした。署長も、本庁の内情を知っている。

「電話を代わってくれ。人事では無い」

「了解しました。

 三島。東条肇課長が話したいと言ってる。人事ではないそうだ・・・」

 署長の目つきが疑問に満ちている。捜査第一課の東条課長が、三島に何を言うか気になっている。


 三島は、まったく困ったこまったもんだ、と心で呟いて、受話器を受け取らずにスピーカーモードにした。この方が署長も会話を聞ける。何事もオープンにしておく方が後々揉めない・・・。

「三島です。電話をスピカーモードにしました。

 ここは署長室です。ここに居るのは署長と私だけです。

 私は署長の部下です。署長抜きの話は一切断ります」


「確かにそうだな、私が直接指示したら、職権乱用で、あの連中といっしょだ。

わかった、承知した。この電話は盗聴されてない。その点は調査済みだ。

 今後、全てを、署長同席で話を進める。

 では、今回の特命を、この場で話そう。実は・・・・」

 捜査第一課の東条肇課長(警視正)は特命の内容を説明した。



 東条課長の説明が終った。

「君たちは全員同期で、役職階級も同じだ。

 他の二人にも、各署の署長を通じて私に報告をするよう話しておく」

「大森署と城東署の署長は信用できるのか?」

 三島はつっけんどんにそう言った。

 三島の言葉に、署長が、やれやれ、という顔をしている。


「厳選の結果だ。署長たちは、そちら四ッ谷署の藤原邦夫署長と同期だ。信頼できる。

 疑問なら、藤原署長に訊いてみろ」

 東条肇課長がそう言うと、署長が言った。

「三島の言葉使いが悪くて済みません、東条課長」

「気にするな。大森署と城東署の署長について説明してやれ。

 かつての君たちのように動いてもらうんだ。二人の署長にもそう通達しておく。

 日常業務の合間に情報収集して極秘裏に動け。敬語は使わなくていい。

 各部署の極秘ファイルのアクセスコードは私の『********』を使え。

 今までの情報を把握して、事態を分析しろ。

 その後、事件を推測して解決してくれ。

 とりあえずは同期会を開け。

 質問はあるか?」


「ありません」と三島。

「では、署長を通じて報告しろ」

「三人とも報告をするのか?」

 と三島はぞんざいに言った。


「そうだ。その方がまちがいがないだろう?」東条課長。

「わかった。今夜は同期会を開く」

「署長。三島。よろしく頼む」

「わかりました」

 東条肇課長との電話が切れた。


 とりあえずのボスは、この四ッ谷署の藤原邦夫署長か。

 こんなヘナチョコが、過去に大森署と城東署の署長たちと何かやったのか?事件を解決したなんて聞いた事がないぞ。

 東条課長が、『かつての署長たちのように動いてもらう』と言うのだから、署長たちも特命で隠密裏に動いていたのか?


 三島がそう考えていると藤原署長が言った。

「三島。情報収集にどのパソコンを使う?東条課長のアクセスコードを使えば、閲覧履歴は残らないが、何を調べているか、周りの連中がパソコンを覗き見する可能性がある」

 藤原署長は内部の者たちを信じてはならぬと考えている。


 スマホはセキュリティーが甘い。私に特命が下ったと感づかれればハッキングされる可能性がある。それは、自宅のパソコンも同じだ。

 周囲に気づかれずに情報を見るにはどうすればいい?署長室のパソコンを使うか?署長室に入り浸っていれば特命がばれてしまう。


 警察内部に、組織と繋がっている警察官がいて、今回の惨殺事件の被疑者がいるから特命が下った。この者たちがそれぞれの立場で、惨殺事件の捜査を監視していると思わねばならない。

 この四谷署で信じられるのは藤原署長だけか・・・。とりあえず、同期会をするしかない・・・。

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