第4話 世知辛い世の中

 俺は一世一代の勇気を振り絞り、恐怖心と期待、そして嬉しさがないまぜになったような今まで感じたことのない感情を抱きながら校舎裏へと向かう。


「…………遅かったですね、犬飼祐也さん」

「ひ、氷室麗華……さんっ!?


 そして、校舎裏には見惚れてしまうような美しい女性が俺を待っているのであった。





 私は昔から変わっていると良く親に言われ、母親からは人前ではあまりそれを出さないようにとキツく言われてきた。


 そのおかげで私は感情を無理矢理抑えようとした結果、普段の私は無表情気味になるのだが、その代わり変人扱いされず、むしろ周りのみんなから期待までされる時もたまにある生活を送れる事ができた。


 まだ私が小学生くらいの頃はお母様の言っている意味が分からず、少しだけ不満に思っていたのだが、それでもお母様の言う事だからと信じて過ごしてきた。


 ちなみにお父様は『良いじゃないか別に。 万が一いじめられたらいじめられたで一日中家にいて良いんだぞ? そうなったら在宅勤務のお父さんが一日中相手をしてあげられるからなっ!!』と私に言っており、その度にお母様から『娘を甘やかさないでくださいっ!!』と怒られていた。


 今では私を甘やかさずに向き合ってくれたお母様には感謝しかない。


 今の私がいじめられる事もなく平穏に暮らせているのは間違いなくお母様のおかげであると、今の私ならば分かる。


 だって『誰かのペットになりたい』などという夢(性癖)は間違いなく異分子であり、少数派でもあり、気持ち悪いと思われても仕方がない夢(性癖)で、即ちいじめられる可能性が非常に高いという事でもある。


 もちろんいじめる方が悪いに決まっている。


 でも、いじめられないに越したことはないし、みんな仲良く学生生活を過ごせた方が良いに決まっている。


 だから、今日も私は自分の性癖である『誰かのペットになりたい』と言う気持ちを抑える為に感情も一緒に押し殺して過ごすのだが、そう思っていた私にある会話が聞こえてくる。


 あれは確か同じクラスの犬飼君とその他男性?


 聞こえてくる会話の主は私がここ最近とても気になり始めている同じクラスの異性、犬飼君であった。


 ここ最近の犬飼君は生気がなく、あのどことなく澱んでおり思わず『あの目で命令されたい。 そしてご主人様の為に精一杯頑張って命令を聞き、ご主人様のあの疲れ切った表情を笑顔にしたいし、良くやったと撫でられたい』と思ってしまうし、たまに一人夜な夜な妄想してしまうほどだ。


 まさに多少Mっ気のある私にとって理想的なご主人様像であると言えよう。


 あれほど理想的な男性はおそらくもう出会えないかもしれないと思うと今すぐにでも告白してお付き合いし、ゆくゆくは私をペットにしてほしいという欲が強くなってくるのだが、現実はそう甘くない事を私は知っている。


 どうせドン引きされて終わりであろう。 世知辛い世の中であると言わざるをえない。


 

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