第2話

 僕が突然菜津葉に呼び出されたのは冬休みも近いころだった。

 冬の河原。木枯らしがびゅうびゅうと吹いて寒い。僕らは二人鼻を真っ赤にして並ぶ。

 僕が何をどうしていいのかと考えていたら、菜津葉が「寒いね」と僕に笑いかけた。

「うん、寒いね」と僕も笑顔を作る。

 少し大きな声で喋らないと聞こえないくらいの微妙な距離感。たぶん菜津葉はもうちょっと近づいて座りたいだろうけど、なんとなく僕から距離をとった。

「春樹は大学に行くの?」

「うん、まあ」

「地元?」

「ううん、東京」

「へえ、じゃあ離れ離れになっちゃうね。小学校からずっと一緒だったのにね」

「菜津葉はどうするの?」

「私は地元の大学目指してる。ほら、私昔から先生になるのが夢だったじゃない」

「教育学部か」

「そう。本当は私も地元を離れたいんだけど、ちょっと親がうるさくて。私一人っ子だからきっと心配なんだろうね」

 なんでそんなことを僕に話すのだろうと思った。別に僕がどこの大学に行っても、菜津葉には関係ないことだ。

 そう思って、それから、小さな期待が思いが頭をよぎった。


 --もしかしたら、菜津葉は僕が好きなんじゃないか。


 だからこうやって僕を呼び出して、今ここで告白されたりなんかするんじゃないか。

 しかし、そのあとに菜津葉の口から出た言葉は残酷だった。

「私ね、昨日諒くんに改めて告白されたの」

 なんでそれを僕に報告するんだ。

「どうするつもり?」

 僕はなるべく平静を保とうとした。

「さあ。OKしようかなって思ってる」

「なんで、それを僕に?」

「なんでだろ。なんとなく話しておきたかったの」

 後ろで散歩をしている犬が吠えた。僕は一瞬そちらに気を取られる。いや気を取られたんじゃなくて、何かで気をそらしたかった。

 気をそらして、冷静になりたかった。このままだとこの場で泣いてしまいそうだから。

 でもそんなにずっとそちらを向いているわけにもいかず、僕は視線を元に戻す。視線を戻して僕はギョッとした。

 菜津葉の顔がすぐそばにあった。

 菜津葉の少し不機嫌な顔。

 僕は何かしてしまったのだろうか。

「ねえ、春樹は私に何か言うことはないの?」

 真っ直ぐに僕を見る。

 菜津葉にこんなに真っ直ぐ見られたことなんて一度もなくて、僕はドギマギした。こんな時に顔が赤くなるのがわかる。失恋して、それでいてなお菜津葉が好きで好きでたまらないなんて、僕は馬鹿だ。

「い……いや、別に」

 僕は答えた。正直、どう答えていいかわからなかった。

 菜津葉は僕の顔を再びじっと見つめた。

 視線を落とす。そして、また見つめる。

「春樹、目、瞑って」

 僕は言われるがままに目を瞑る。

 その時、僕の唇に柔らかいものが触れた。ほんの一瞬だった。

 僕が目を開けた時にはすでに菜津葉は立ち上がっていて、僕はただ目を白黒させることしかできなくて。

 呆然とする僕に菜津葉は「じゃあね」とだけ言い残して、帰っていった。

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