第三章 『桶』桶は0より小さい

3-1


「いいじゃない、教えてくれたって。アタシたち親友でしょ?」

だよれいちゃん……。もしそらくんにバレたら失格になるよ」

かんカメラやマイクってしよせんおどしでしょ? こ~んな広い場所全部にけられる訳ないじゃん。ねぇはす、五千万よ五千万! あんた今給料いくらで働いてんの? 五千万って、一年や二年じゃ絶対かせげない額でしょ? ふたりで山分けしても二千五百万よ! 絶対に欲しいじゃん。こんなチャンスないんだから」

「……わたしは、不正なんかしないでゲームに勝ちたいの。だって、後ろめたいと思わない? ずるして勝つなんて、ダメだよ。それに参加しているだけで十万円もらえるじゃない。それだって破格のおこづかいになるでしょ」

「十万なんて、ミュウミュウのバッグすら買えないじゃない。もう、蓮実は使えないなぁ。こうなったら空のこと、落としちゃうかな? だって社長だし、ちようお金持ちだし」

「社長じゃなくてCEOでしょ。招待状ちゃんと見たの?」

「どっちも同じようなもんでしょ? とにかくお金持ちには変わりないんだから。昔は何かこうぽやっとしていて身体からだ弱いし、カワイイ顔していたけれど、たよりなさそうだったし。でもさ、今ならたま輿こしじゃない!」

「やめなよ、麗ちゃん今付き合っているカレシいるんでしょ?」

「マンネリもマンネリ。アイツ、お金もないし出世もしそうにないから、これ以上付き合っていても良いことなさそうだし。顔だけはいいけど、それじゃこれから将来考えても楽になりそうにないしなぁ」

「同窓会はコンパじゃないんだから」

「似たようなもんでしょ。ねぇ、だからどっちか考えてよ。マジでゲームに勝つ方法か、空のことを落とす方法か。ってか、どっちかっていえば将来のこともふくめて空を落とす方法がいいんだけど。子どもの時にはあんまりしゃべったりしなかったから、どんなのがタイプか知らないし。ねぇ、どういうせまり方すればいいと思う?」

「何でそんなことをわたしが考えなきゃいけないの?」

「少しは本気になってよ! アンタはアタシより頭イイんでしょ、こういうところで使わないでどうすんのよ!?」

 らちのあかない言い争いに、蓮実が冷たい言葉で返す。

「──いい加減にしてよね」

「……何、よ?」

「そっちに協力しなきゃ、使えないって言うの? 昔と変わらないわよね、そういうところ。少しはマシな人間になったかと思ったけど」

「蓮実……何、マジでおこってんの?」

「当たり前でしょ。同窓会もねているのに、れんあいでゴチャゴチャするのいやよ。高校の時にやったこと、忘れたの?」

「だってあれは──」

「今からでも麗ちゃんのカレシにばらしてもいいんだからね。ううん、それよりも空くんに話した方がいいのかな?」

「何でいまごろ……あの時は、悪かったわよ。でも、蓮実だってアイツからさそわれたんでしょ? だから悪いのはあのクズ男じゃん」

 麗と蓮実は高校まで同じところに通っていた。その時、共通の友人のこいびとが、外見は整っていたが性格的に──特に女性関係に──だらしなく、恋人の友だちである麗や蓮実に誘いをかけてきたのだ。

 というよりも、軽いふんの男が苦手だった蓮実はそんなかれをやんわりとけ続けてきた。一方、麗は『本当に好きなのはお前』とか『連れて歩くとまんできる』というゆうえつ感をくすぐる言葉と、友だちにかくれて付き合うというのがスリリングで楽しかった。

 そんなごうまんさから、やがて学校からほどとおくないはん街でもデートをする姿がクラスメイトに見つかり、あっという間に友人へと伝わってしまった。

 そのことが周囲にわかると麗は周りから避けられ、かげぐちたたかれることもあった。いつも気の強い麗もさすがにこの事態に参り、早々にその男とは別れたのである。

 ただ、その中で蓮実だけはあきれながらも麗と友だちを続けていた。理由はただひとつ、にぎからだ。ずっと麗に対してれいとまでは言わなくても上下関係のある付き合いしかできなかった蓮実。

 このことで『麗ちゃんもだまされたんだ』という主張で、周りとの修復を取り計らったのである。最初の内は麗もいたく蓮実に感謝して頭が上がらない状態でいたが、慣れてくるといつもの関係にもどろうというのが見えてきた。

 けれど蓮実はその度に「メールで全部記録が残っているんだけど」と言って、麗をたしなめる。決して良い友人関係ではないのに、麗は多少の弱みを握られても「楽だから」という理由で、蓮実は「これまでのうつぷんをいつか返してやりたい」という理由でそばにいた。

 高校を卒業してからは少しだけえんになっていて、蓮実がTwitterをやっていることも、そこで『るる』というハンドルネームを使っていることも麗は知らない。そのことを知っていれば、あの時のチャットでの会話は少しちがったものになったのかもしれない。ほとんど麗がひとりで言いたいことを言うだけのラインは残っていて、蓮実を含めた高校時代の友人たちグループは適当に相手をして、そして適当にからんでいた。

 だけどはなれるだけの決定的なれつも、またそれ以上に自分のためになるコミュニティもおたがいに見つけることができずにいた。

 はくで、ゆがんだ友情。

 そして今また、蓮実は内心麗を見下す材料ができて、暗い喜びを覚えながらも表面上は〝優等生の顔〟で、麗の提案をやんわりと窘めていた。

「ともかく、ゲームに勝つ方法なんて、ルールのわからない内には考えられないから、やるんだったら空くんでもゆうわくしたら? もっとも、会社のことに関わるゲームだから恋人になったとしても情報をらしてくれるとは思えないけど」

「いいのよ。最終目標はセレブになることなんだから」

「で、今のカレシはどうするの?」

「そりゃ別れるわよ。どう考えたって、空の方がスペックは上じゃない。このゲームにアタシたちを誘ったのだって、お勉強ばっかりで友だちとか作っていないんでしょ? だったら恋愛経験だってあんまりなさそうじゃない。だったらちょっと迫ってみればイケると思わない?」

「……麗ちゃんがそう思うなら、そうなんでしょ」

「やだ、蓮実冷たい! ねぇ、蓮実だって今の生活に満足している訳じゃないでしょ? アタシ絶対けつこんするなら専業主婦させてくれる人じゃなきゃ嫌。だからお金持っているにしたことないじゃない。蓮実だって付き合うなら『真面目で生活ばんがしっかりしている人、将来がちゃんと見える人』って、まるでお見合いでもするみたいなことばっかり言ってるじゃない。それって結局はお金や仕事がある人がいいってことでしょ?」

「別にお金持ちとか、そういうのに興味がある訳じゃないけど……」

 麗の言葉に蓮実はとつに言い返そうとしたが、い言葉が出てこない。腹が立つが、ある意味事実だし、それをあけすけに言う麗が下品だとも見下している。

 だが、かのじよの提案にいやいやながらも乗ってしまう自分がいるのも本音。

 男の人というのは結婚するなら麗みたいに派手でれいな子よりも、自分のようなせいで真面目系の女の子が選ばれると蓮実は自負していた。

 麗に言われるまで思ってもみなかったが、自分とは違う世界にいる空が、もしもめてくれたら……と考えてしまう。

 恋愛感情があるからではない、打算だ。

 きっと仕事がおもしろくないせいだろう。短大を卒業して二年目、就職氷河期の中で何とか中小ぎようの事務員の座をかくとくしたが、給料だって決して良くはない。寿ことぶき退社や出産でめていく女性事務員のじゆう以外に社員しゆうをここ何年もやっていない会社には、こん者でしかも子持ち、さらには孫持ちの男の人しかいない。とてもじゃないが出会いがある場所ではなかった。

 麗のようにガツガツするのはみっともないと思いつつも、自分が何をしたいとか、これからどう生きたいというのがあまりにもばくぜんとしていて不安なのだ。

 蓮実のそんな気持ちをあとしするように、麗が話を続ける。

「そんなんでどうするの? 若いってスゴイ貴重なのよ。今の内にイイ男つかまえとかないと、こうかいするんだから。もしかして蓮実は空に気でもあるの? でも今回ばかりはダメ。もちろん、空を落としたら空の仕事関係者からセレブの男を蓮実にもしようかいしてあげるから!」

「……別に、わたしは空くんねらっているワケじゃないし。麗ちゃんが本気で空くんの恋人になりたいなら、迫ってみれば?」

「じゃあアタシが空をゲットするからね! リップ、何色にしようかなぁ」

「はいはい……まずはゲームのカードを探しましょ。用意したゲームにやる気が見られないって、それだけでマイナスイメージになると思うけど。後のことはまた夜にでも話そう。ほら、見て……あそこにもスタッフがいる」

「本当だ。聞かれちゃったらヤバいね。わかった、じゃあとりあえずはマジに宝探ししようか。今日だけでゲームの決着がつくなんてことないだろうから、そこそこゲームはがんって、あとはメイクとか気合い入れてアピールしなきゃ」

 い意味で麗はポジティブで自分の欲求になおだ。悪く言えばたんらく的で、他人も自分と同じように恋愛を含めた感情だけで生きていると思いんでいる。

 それが今も昔も変わらないと、蓮実は呆れていた。自分もそんな彼女から離れられないでいるのに──。

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