第46話 衝突

「ふふっ、謙遜しなくていいんだよ。わたしは君のことなら何でも知ってるし、君の良いところも悪いところも全部大好きなんだから」

「……ッ!?」

 のあさんの言葉を聞いて、オレは思わず息を飲む。オレの悪いところも好きだなんて……物好きな。こんなこと言われたら自惚れてしまうじゃないか。


「英二くん? どうしたの?」

「い、いや……」

「顔が赤いけど、大丈夫?」

「だ、大丈夫」

「本当かなぁ〜。ちょっとおでこ出してみて」

「……ッ!? ま、待って。それはダメだって!」


 オレは慌ててのあさんから離れようとするが、彼女はオレの顔に手を伸ばしてきて、強引に額同士を当ててきた。おっとりとした見た目に反して、彼女には全く遠慮というものが無く、有無を言わせない迫力があった。


「ほら、やっぱり熱がある。今日はもう帰った方がいいよ」

「いやいや、ただの知恵熱みたいなもんだよ。心配しないで。それに、のあさんに勉強を教えてもらわないと……」

「そんな状態でやってたら効率が悪いよ。ほら、休憩休憩」


 彼女はさっきからかなり機嫌が良い。後にも先にも、ここまで機嫌が良くなっているのは珍しい。

 機嫌が良い彼女はどこか子供っぽく、

まるで甘えん坊の頃の妹のようだ。


「分かったよ。じゃあ少しだけ休むよ」

「うん、それが良いよ。ゆっくり休んでね。飲み物を取ってくるから、ちょっと待ってて」

「ああ、ありがとう」


 のあさんはそう言うと立ち上がり、部屋から出て行った。彼女はオレの体調を心配して、色々と世話を焼いてくれている。

 その健気さは可愛いと思う反面、申

し訳なくもある。オレは彼女の優しさを利用してしまっている。今のところ恋愛関係になる気は持てないオレは罪悪感を常に抱えながら、彼女と付き合っているのだ。

(ごめんな、のあさん)


 オレは心の中で謝りながらも、彼女の好意を利用していることを根本的に改善しようとはしていない。彼女の精神を安定させるには、こうした並行線を辿るしか道は無いことに、オレは気づいているからだ。

 もし仮にここでのあさんとの交際を受け入れたとしても、のあさんはオレに依存し続けるし、何より周りの女子たちが黙ってはいない。特にオレに対して思い入れしか無い杏里は烈火のごとく怒り狂い、この学校を火の海にしてしまうかもしれない。それだけは絶対に避けたい。

だからと言って、このままのあさんを放置するわけにもいかない。彼女の病的なまでの愛は、オレを縛り付け、依存させ、オレという存在を彼女無しでは生きられない身体にしようとしている。

 オレは現にこうしてのあさんに勉強を見てもらっていて、自分でも驚くほど理解力が増している。そして、今まで以上に勉学に打ち込むことができている。

 しかし、これではのあさんの思うつぼだ。オレはどうすればいいのか……。

 そうこうして悩んでいるうちに、のあさんは麦茶を持ってきてくれた。


「はい、麦茶だよ!」

「あ、ありがとう」


 のあさんのサポートはまさに至れり尽くせりであり、オレは本当に助かっている。


「英二くん、そろそろ帰る時間じゃない?」


 時計を見ると、既に午後五時を回っていた。外は既に夕日に染まっており、部屋の中は薄暗くなっていた。


「そうだね。帰ろうかな」


 のあさんはヤンデレゆえにオレが帰る時間を正確に把握しており、彼女の方から時報を伝えてきた。

 普通なら優しいで済ませるべきなのだろうが、どうしても気味の悪さの方が勝ってしまうのは、やはりオレの心の問題なんだろうか。


「じゃあ、荷物をまとめるよ」

「うん、分かった。じゃあ、わたしは玄関まで見送るね。まだここでやることあるし」

(英二くんに擦り寄るクソ妹に釘を刺さないと)


 オレは帰り支度をして、のあさんと一緒に図書室を出た。階段を降り、廊下を歩いている時に、見覚えのある人物にばったりと出会した。


「昼間から二人きりでイチャイチャしてんな」

(さっきからアタシが仕えている英二の周りを着飾った羽虫が飛んでやがる。目障りで仕方ねえ)


 彼女は美咲であり、昼間からのあさんといたことに関して、主にのあさんに対しての怒りを募らせている。


「別に、そんなんじゃないよ」

「どうだかな」


 オレはチラッとのあさんを見る。彼女は勝ち誇ったような笑みを浮かべ、包み込むようにオレの背中から体を囲うように手を回し、ギュッと抱きついてきた。


「えへっ、わたしたちラブラブなんだよ。羨ましいでしょ」

「あぁ? お前に彼氏がいるなんて聞いたことねぇぞ。もしかして、お前ら……」

「違う! 誤解だって!」

「……」


 オレが弁解すると、のあさんが先程の明るい笑顔から一転、能面も裸足で逃げ出す無表情を貼り付けながらこちらを凝視し、オレの腰辺りに腕を回して、さらに強く抱きしめてきた。


「……んふー」

「おい、離れろよ」

「イヤ」

「嫌じゃなくて」

「……」


 のあさんはオレの言葉を無視し、そのままの状態を維持している。


「ああん!? てめえ人前でイチャコラと、アタシに喧嘩売ってるって捉えて良いんだよな」


 一歩も退かないどころか、スキンシップという強烈なフックを放つのあさんは美咲の怒りの松明にさらなる炎を焼べ、その勢いは留まるところを知らず、むしろ燃え盛っている。


「美咲ちゃんには関係ないよね」

「関係なくない。こいつはアタシの大事なマブダチだ。てめぇみたいな騙すだけのクソ女に渡すわけにはいかねえ」

「なにそれ。意味分かんないし。わたしはもう騙されないんだからね。英二くんは渡さないよ。絶対に!」


 のあさんはそう言うと、さらに強い力でオレを引き寄せた。


「ははっ、おもしれえ。上等だよ。表に出な」


 学校の玄関前にて、美咲とのあさんがいがみ合っている。理由はオレを巡る争いであり、原因は美咲とのあさんのヤンデレぶりにある。


「野蛮な戦いしかできない人は、暴力に訴えることしかできないんだね。ふふ。わたしが勝ったら、二度と英二くんの前に現れないでくれる?」


 のあさんは美咲を指さしながら睨みつけている。対する美咲はヤンキーらしく拳を鳴らしながら不敵な笑みを見せている。


「いいぜ。じゃあお前が負けた場合、二度と英二に近付くんじゃねえ」

「……いいよ。負けないし」

「女に二言は無いぜ!」


 二人は喧嘩を始めるにあたり本性を軽く曝け出す。

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