第40話 ヤンデレ妹

「そう……なら良かったわ。でも、これだけは言っておくね。あたしはあんまり女の子を信用しない方が良いと思うよ。女の子って狡猾で計算高い生き物なんだから」

「わかっているさ。お前が言うと説得力があるな。小賢しいし」

「ふんっ、余計なお世話だよ」

(お兄様はあたしだけを信じれば良いのです。長年家族として一緒にいるんですから、少しくらいは信頼してくださいよ)


 妹は何とも言えない表情をしながら、窓の外を眺めている。


「そんなに心配なのか?」

「そりゃそうよ。兄貴は昔からモテないし、女運も無いからね」

「おいこら! 一言多いんだよ!」

「事実じゃん。あたしは別に悪くないよ」

「ぐぬぬ……」


 オレは反論できず、ただただ悔しがるしかなかった。


「とにかく、兄貴にはもっと危機感を持って欲しいの。特に女性に対してね」

「うむ……善処しよう」

「本当に大丈夫かなぁ……」


 表向きオレを毛嫌いしているふりをしている妹がここまで言うのは珍しい。それだけオレのことを気にかけてくれているということだろう。


「ま、いいや。兄貴も疲れたみたいだし、早く寝なさいよ」

「あぁ、そうさせてもらうよ。おやすみ」

「うん、おやすみ」


 オレは自室に戻り、ベッドに倒れ込むように横になる。そして目を閉じ、今日の出来事を思い出す。

 今日一日だけで色々な事があった。

 お化け屋敷に行ったり、ジェットコースターに乗ったり、パレードを見てドキドキしたり……。そして遊ぶ最中で見た千聖の顔が頭から離れない。思い出すたびに胸が熱くなる。

 きっとこれはオレにとってあまり感じることの無い気持ちだ。今までこんな気持ちになったことはあまり無かった。

 この気持ちが何なのかまだはっきりとは分からないが、今はまだこのままでも良いかもしれない。のあさんたちとの時間でも感じたことのあるそれは、感じるたびに熱い余韻をオレの心に残していくのだ。


 それから一週間経ち、ゴールデンウィーク前の学校に通う最後の日。いつもの時間に起きようとすると、着崩した制服姿の妹がベッドの上にいた。テーマパークから帰って来てから、妹のスキンシップは激しくなった。

 極め付けは口の周りについたベタベタする何か。どう考えても涎であり、これをつけてきた犯人は妹だと断定してまず間違いない。


(あの一件以来、他の女が脅威であると改めて知りました。やはり監禁しておくべきだったかもしれません)

「おはよう、兄貴」

「おう、おはよう」


 最近、こうしてオレの部屋に侵入してくる。最初は驚いたものの、今ではすっかり慣れてしまった。もうちょっと緊張感を持った方が良さそうだな。

 着崩れた制服を着ている妹の姿は、端的に言ってとてもエロく、オレの

心を掻き乱してくる。

 しかし、朝っぱらからそういう気分になってしまうのはまずいと思い、オレは妹の誘惑を振り切るようにして部屋を出た。

 リビングに行くと既に朝食の準備ができていた。そこへオレの跡を追うように


「今日はお父さんとお母さんがお仕事だから、あたしが作っといたよ」

(あたしのお手製料理です。お兄様のお口に合うようにお作りしましたので、ぜひ食べてみてください)



 オレは椅子に座り、テーブルの上に置かれているトーストを口に運ぶ。サクッとした食感が口の中に広がり、パンの良い香りが広がる。バターが塗ってある部分を食べると、より一層美味しさが増していく。


「どう? 美味しい?」

(隠し味はあたしの涎です。これさえあれば、どんな男性でもイチコロですよ!)

「ああ、凄く美味いよ」

「そっか、良かったぁ」


 妹は安心したような顔を浮かべ、自分の分のご飯を食べ始める。やっぱり自分の成果を褒められるというのは、嬉しいものなのだろう。特にオレのことを妻認定している杏里ならなおさらだ。

 彼女は顔を太陽が照り付け、地上を焼く形でできていく夕焼けのような朱色に染め、顔を左右にぶんぶんと振り子になったかのように激しく振る。


「兄貴が喜んでくれるなら、毎日でも作るよ」

(お母さんに教えてもらいながら作っております。お兄様からは毎回絶賛のお声を頂いているのもあり、これでいつでもお嫁に行けますね)

「それは助かるけど、あんまり無理しなくて良いぞ。大変だろ」

「平気だよ。自分の腕を磨くためだから全然辛くなんて無いし。むしろ幸せいっぱいって感じ」


 自分のスキルが向上する瞬間というのは、とても幸せな時間なのかもしれない。オレも勉強をしていて、難しい問題が解けたときは嬉しくなって思わずガッツポーズをする。

 それと同じことなのだろう。


「それにしても、いつの間にそんなに上手くなったんだろうな」

「長年継続してやってたし。兄貴が見てない間にもコツコツと鍛錬を続けてたのよ」

(お兄様のためを思って、毎晩練習しておりました)

「へぇー……そうなのか」

「まぁね。ほら、あたしも一応女の子だし。いつまでも男勝りなだけじゃいけないと思ってさ」

(あたしはお兄様よりも強くないといけないんです。そうじゃないと、好きな人を守れませんからね)


 オレはすでにあらゆる面で妹に遅れをとっている。勉学に始まり、運動、家事に至るまで全てにおいて負けている。唯一、ゲームや身長だけはオレの方が上だが……。

 それでも、ヤンデレ妹はオレを尊敬してくれているようだ。こんなダメ兄貴なのに、本当にありがたい限りだ。まあ、ヤンデレというのもあってオレに執着しまくってそうだけど。


「お前には本当に感謝しないとな」

「ん? 何が。いきなり気色悪いわね」

(これはお兄様からのプロポーズですね。分かります。もちろん答えはイエスです。今夜は初夜ですか?)

「いや、ただオレのことを良く見てくれてるなと思っただけだ」

「まあ、兄妹だし当然でしょ。別に特別なことは無いし。それに、あたしは兄貴のことを多少なりとも評価していないこともないから、その辺はちゃんと分かってるつもりよ」

(あたしがお兄様を見ていない時などありません。常にお兄様を監視しております)

「お前の口からそんなことを言われるとは」

「そりゃ、一応兄貴だし。家族として何かあったら困るじゃん」

(あたしがいないところで浮気とかされたら嫌ですから。もし、そのような事があれば、相手を抹殺してお兄様を危機から守るために監禁します)

「はぁ……」


 妹がここまで考えて行動していた事に驚きだ。まさかそこまで考えているとは思わなかった。やはり、兄としては妹の成長は喜ばしいことだ。

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