第35話 杏里の友達 その2
(お兄さんを一時のテンションで傷付けるなんて、私はなんて愚かで罪深い女なんだ!)
「千聖、兄貴から離れなよ。そんな奴と仲良くしない方が千聖のためだよ」
(お兄様を紹介したら急に飛び付くなんて、なんて卑しい雌なのでしょうか。愚かしくて愚かしくて、お兄様にこいつを近付けたことを後悔します)
杏里は先ほどまで機嫌が良かったのに今では不機嫌になり、千聖に対して敵対心を剥き出しにしている。
「千聖、やっぱ二人で一緒に遊ぼ? 兄貴なんかといたら危ないよ?」
(お兄様と一緒に遊ぶなんて身の程知らずが。今すぐ消えろ、お前のようなゴミクズには相応しく無い存在なのだから)
杏里の態度は一変、千聖に対して厳しい言葉を心の中で投げかけている。
「杏里ちゃん、さっきと言っていることが矛盾しているよ。やっぱり杏里ちゃんもお兄さんの事が好きなんだ」
(杏里ちゃん、素直じゃないのね。本当はお兄さんの事が好きで好きで仕方がないくせに。でもこれはこれでいいか。自ら墓穴を掘ってお兄さんに嫌われていくのだから、馬鹿は放置しておくに限るね)
二人の言葉を聞いている限り、どうやらオレはこの二人から好かれているらしい。
杏里は分かるけど、千聖についてはやはり心が追い付いていかず、正直まだ実感が無いというのが本音だ。
「千聖、何言ってんの? あたしは別に兄貴の事なんてこれっぽっちも好きじゃ……」
杏里がそう言いかけた瞬間、千聖はポケットからスマホを取り出し、素早く操作して杏里に向ける。
「これが証拠」
(杏里ちゃん、あなたの気持ちは全て私に筒抜けなんですよ。それにしても本当に可愛いですね。お兄さんの血を受け継いでいる子だけはあるかも)
「ああっ!」
杏里は声を上げると同時に顔が真っ赤に染まっていく。一体何をされたんだろう。
「杏里、大丈夫か?」
「だ、だいじょうぶ。ちょっとびっくりしただけだから」
杏里は顔を伏せながら答える。千聖はその様子を楽し気に眺めている。オレが見ようとしても千聖は杏里が嫌がって目を逸らした証拠を隠し、オレに見せないようにする。
(お兄さんのスマホに仕込んだウイルスが役に立ちました。うひひ、杏里ちゃんの弱みは握ったし、後はお兄さんを誘惑すれば私の勝ちです。あー、杏里ちゃんがお兄さんのパンツの匂いを嗅ぐ変態だったなんて思わなかったなぁ)
ただ、心の声を聞く能力があるオレにはそのような小細工は無意味であり、千聖の考えが全て聞こえてくる。
彼女はオレのスマホにバックドアを作って遠隔操作し、オレが覗いたパンツを嗅いでいた妹を撮影したのだろう。彼女もストーカーなら、オレたちの家に忍び込む手段なんていくらでも講じられるだろう。
「私、お兄さんとテーマパークで楽しみたいです!」
(他の女のデータも収集済みです)
「ちょ、ちょっと待ってよ。千聖、あんたまさか」
「ふっ、杏里ちゃんもまだまだ甘いね。そんなんじゃお兄さんに振り向いてもらえないよ」
(杏里ちゃん、あなたも所詮はただの女。お兄さんの前ではただのメスにすぎない)
「ほら、先輩方も見てください」
(先輩たちの弱みも握っておきましょう。のあ先輩は二人きりでお兄さんとイチャイチャしている場面をお兄さんのスマホで撮影。美咲先輩はサボり中にお兄さんの名前を呼びながら自分を慰めているところを自分のスマホで撮影しました。ふふ、二人とも社会的に抹殺されてしまいますね)
「……ふーん、で?」
「ふふ、千聖ちゃんも面白いことをするんだね」
杏里の時と同様、千聖は弱みを握ろうとしたのだがのあさんたちは全く怯んでおらず、それどころか笑っている。
「え? あの、どうして平気なんですか?」
(おかしいですね。こいつらの弱点を的確に狙ったつもりだけど)
「千聖ちゃんはお子様だよね。別にこの程度バラされたって、わたしには些細な問題だよ?」
「アタシもバラされて構わないぜ」
「……」
(嘘でしょう? こいつら、メンタル強すぎ! こんなの予想外ですよ。普通は少しくらい動揺したり、焦ったりするものなのに)
千聖はのあさんと美咲に対して一歩引いている。彼女たちとの格の違いを知り、その実力の差を感じ取ったのかもしれない。
「千聖ちゃんはやんちゃだね」
(これ以上、わたしたちに手を出せばどうなるか分からないよ?)
「次からはアタシらを敵に回さないことだな」
(あいつに手を出したら、その時は容赦しないからな)
二人の威圧感が千聖を襲う。杏里も同様に二人に気圧されている。
「わ、分かりました。私はおとなしくしています」
(やっぱり、この人たち怖い……。まだ私の手に負える相手じゃない。さすがお兄さんの知り合いだね。でも、私だって負けませんから)
その後、一難去ったこともあり妹とその友人を連れてテーマパーク回りをすることになったのだが、杏里は何かと理由を付けてオレと一緒に行動しようとするし、千聖に至っては遠目からニヤニヤとこちらを眺めては楽しんでいるようだ。
ヤンデレの視線は慣れてもなお、心に突き刺さるものがある。
千聖はオレの妹を手懐けようとしているみたいだが、今のところ上手くいっていない様子。
このままだと、また厄介なことに巻き込まれる予感がするので何とか対策を考えないと。
杏里はテーマパークのパンフレットを見ながら、どこに行こうか迷っている。
「ねぇ、兄貴」
「なんだ?」
「あたしここに行ってみたいんだけど」
「分かった。じゃあ、そこに行くか」
杏里は内心嬉しそうにオレの腕にしがみついてくる。彼女の体温が伝わってきてとても温かい。
「勘違いしないでよね。あたしが迷わないようにあんたの腕を掴んでいるだけなんだから」
彼女の決まりきったツンデレ文句はオレの耳にも届いていたが、ここはあえてスルーしておく。
「お兄さん、行きましょう!」
杏里の友人である千聖は杏里の背中を押しながら、オレたち四人の後を付いて来る。
オレたちはそのまま、杏里の希望したアトラクションへと向かうことにした。
それは、この遊園地でも人気の高いメリーゴーランドであり、様々な色の馬や馬車がゆっくりと回転しながら上下に動いている。
「うわー、綺麗な色。どれにしようかなぁ」
杏里は目を輝かせ、体を忙しなく動かしている。
「兄貴、早く乗ろ!」
「はいはい、そんなに急かすなって」
「ほら、千聖も早く!」
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