第33話 兄貴に彼女はいない
(英二くんの顔が赤い。やっぱり女の子に触れられるのが慣れていないのかしら?)
今のオレは美咲とのあさんにずっと密着されて平常心を失いかけている。落ち着け、落ち着くんだ。今はとにかく深呼吸をして冷静になれ。
オレはゆっくりと息を吸い、吐き出していく。
「よし、落ち着いたぞ」
ああ、それにしても二人とも可愛い。清楚系とオラオラ系でタイプが違うってのもポイント高いよね。
そんなことを考えていると、のあさんたちは少し不満げにこちらを見つめてくる。
「英二くん、そわそわしてるね」
「困り事か? 何かあるならアタシたちに話してみろよ」
彼女たちは含みのある表情でオレに語り掛けてくる。これはきっと、彼女たちなりのアプローチなのだと思う。彼女たちの意図するところが何であれ、こうしてオレを気遣ってくれているのは事実だ。ここは素直に感謝しておこう。
それからしばらくして、食事を終えたオレたちは会計を済ませた後、店を後にする。
(英二くんをたくさん味わえた)
(英二をたっぷり堪能したぜ)
二人ともオレの食べかけを食べたせいか、満腹感と幸福感に満たされているようだ。
「それじゃ、次はどこに行こうかな」
「うーん、そうだなぁ」
オレたちは次に行く場所について相談を始める。
(英二くんとデート、楽しい)
(英二とずっと一緒にいてえな)
のあさんと美咲は嬉しそうに微笑みながら、腕を組んでくる。恋人みたいな密接な関係をアピールしている。
(さっきは上手くいかなかったけど、これから頑張るんだから! 絶対、英二くんをわたしに夢中にしてみせるもん!)
(今日こそはアタシの気持ちを英二に伝えてえな。でも、いきなり告白するのは恥ずかしいし……まずは友達から始めようぜ、英二!)
オレの腕を抱きしめたままの二人は楽しげに会話をしている。しかし、その声はとても小さく、周りの喧騒にかき消されてしまいそうなほどだ。
「やっぱり……なんか、テーマパークに入ってから、周りから変な視線を感じるような……」
周囲の人たちは普通に歩いており、見渡す限り不審者のような存在は見当たらず、特に変わった様子はない。
「どうかしたの?」
「視線が気になってさ」
(英二くん、鈍感だからなあ……。早くわたしたちの想いに気づいてほしいんだけど)
(ったく、相変わらずびびりだな……まあ、そういうところも好きなんだけどよ)
心の声を聞いても、犯人は彼女たちではないことが分かる。だが、視線の正体が彼女たちと同類であるのは、ヤンデレと長い付き合いのオレにはすぐに分かった。彼女たちがオレに向ける愛は、普通の人が向けるものとは異質なものだ。その証拠に彼女たちの心の声はどこか狂気を帯びており、時折見せる笑顔にも違和感を覚えることがある。ともかく、彼女たちがオレに対して抱いている感情が恋なのは確実だ。
視線はオレにとって馴染みがあるようで、見られていても不思議と不快感は感じなかった。むしろ、懐かしささえ覚えるほどだった。
そこに関してはとてつもない不気味な感覚に襲われる。
「あれ? 兄貴じゃん」
(ふひひ、お兄様が好き過ぎて、ついストーキングしていました)
ストーカーの正体は考えるまでもなく、あっちの方から姿を現してきた。正体は杏里であり、彼女は奇遇と言わんばかりにニヤついた顔でこちらに向かってくる。
「奇遇ね。こんなところで会うなんてありえないと思っていたんだけど」
杏里がオレの前に立つと、オレのことをじっと見つめてくる。
「あー、せっかくの休みだってのに、こんなところでもあんたの冴えない顔を拝むことになるなんて、厄日ね」
(お兄様のことは妹兼妻として、変な虫が寄らないようにしっかりと見守る必要があります。ただ……すでに雌が二匹いる。しかも、どちらもなかなかの美人。お兄様に近づいてくる悪い女狐ですね。あ、もちろんあたしはそこらの女と違い、お兄様一筋ですよ?)
オレは苦笑いをしながら、杏里の表面上から放たれる冷たい言葉を受け止める。
裏ではもちろんお兄ちゃんラブであり、心の中でストーキングしていたことを洗いざらい自白しており、オレの目の前にいるのは外見だけ冷たい美少女で、中身は重度のブラコンであり、ヤンデレだ。
「あら、妹ちゃんだね。こんにちわ」
(美咲だけでも厄介なのに、この女まで来ていたなんて……もう英二くんの妹だからって容赦しないんだから!)
「どうも、それで何しているんですか?」
(GPSでイチャイチャしているのは監視済み。キスをしていたらあの二人を始末しなくてはなりませんでしたが、それはしていないようで安心しました)
心の声で物騒なことを言い始めた杏里は、懸念通りにならなかったことに少しほっとした表情を浮かべる。
「テーマパークに来てんだから、遊びに来てるに決まってんだろ。そういう杏里だってそのクチじゃねえのか」
「たまには兄貴のことを忘れて、羽を伸ばすのもいいかと思ってね」
「へぇー、お前にしては珍しいな」
「まぁね。最近はいろいろあって疲れちゃったのよ。少し休んで気分転換しようと思ったわけ。まさか、そこであんたの顔を見る羽目になるとは思わなかったけど」
(ぁぁぁぁぁぁ、お兄様のイケ顔、素敵です。久しぶりに見たけど、やっぱり素敵。ああ、この瞬間を切り取って写真に収めたい。そして、それを永久保存したい)
杏里の服装は普段よりも大人っぽく、スカートも短めだ。髪の毛もセットされており、メイクもばっちりだ。
「何じろじろ見てんのよ。気持ち悪いんだけど」
(ああ、お兄様が私を見ています。見てくれている。嬉しい)
オレに見られていることが嬉しく、心の声は歓喜に打ち震えている。もちろん表ではしっかりと嫌がる演技をしており、内なる感情とのギャップには相変わらず恐怖すら感じる。
「ごめん、杏里だって女の子だもんな」
「ふぅん、謝るならそこまで責めないわ。そういえば、今日は可愛い女の子二人と一緒にいるんだね」
(お兄様の周りにはいつもメス猫がいる。特にこの女たちは要注意。お兄様の心を多少なりとも掴んでいるだけでなく、体をにも触れている。今すぐにでも排除したいところだけど……)
「彼女たちが友達なのは知ってるだろ。それに、別にやましいことは何もしてないし……」
オレの言葉を聞いた杏里は何か考え事を始めた。
「そうだよね……。こんな兄貴に彼女なんていないもんね」
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