第22話 先輩と後輩


「お、おいしいよ」

「本当? 良かった」

(やった! 英二くんにアーンできた。うへへ)

「あ、あのさ……、のあさんもオレの作ったやつ、食べてみる?」

「え、良いの?」

(これって間接キスだよね。きゃー、もう我慢できない!)

「じゃ、じゃあ……はい」


 オレのお箸にはのあさんに食べさせるタコさんウィンナーが乗っており、それを震える手で彼女の口に近付けていく。

 ある程度側に置くと、彼女は顔を前に寄越し、前に垂れてきた髪を払う仕草を見せる。どことなく妖艶な雰囲気を放っていて、オレの目を釘付けにする。


「あむっ」


 のあさんはタコさんウィンナーをひとかじりすると、咀しゃくする。そして、飲み込んだ後で満足そうな表情を見せてくれた。


「うん、おいしかった。ありがとう」

(英二くんがわたしの為に作ってくれた。ああ、幸せすぎて昇天しそう……)


 次第に食べさせ合いも絡めていき、オレとのあさんのランチはピークを迎える。のあさんの闇は計り知れないけど、オレに対しては裏表の無い優しさを感じることができる。

 のあさんの笑顔を見ているだけで幸せになれる。こんな毎日が続くのであれば、少しぐらいは付き合ってもいいかなと思うようになってきた。

 

(ニコニコしている英二くんをわたしが独り占め! あぁ、この瞬間をカメラに収めたいな。いや、写真よりも動画の方が保存できるからいいかも。でも、英二くんの盗撮以外の写真が欲しいな……。あ、そうだ! 今度一緒に撮りに行こ)

「ねぇ、英二くん」

「ん?」

「キミと写真が撮りたいんだけど、ダメかな?」

「えっと、どうしてまた急に」

「それは秘密だよ。でも、折角お友達に慣れたんだし、英二くんと一緒に思い出を作りたくて」

(本当は理由なんて無いんだ。ただ、わたしが英二くんの写真をいっぱい撮りたいだけ。盗撮写真だとどうしても目線が合わなくて、それだとキミがわたしを見ている気がしなくて、足りなくて、だから、ちゃんとした形として残したい。それだけなんだよ)

「分かった。折角だし遊びに行く日に撮ろっか」


 遊びに行くなら写真も事前に撮れるし、何よりのあさんが喜ぶのであれば断る理由はどこにもない。のあさんのご機嫌が取れればオレに降り掛かる火の粉も振り払えるし、一石二鳥だ。


「うん、楽しみにしているね」

(英二くんとお出かけ……。えへ、嬉しいな。どんな服を着て行こうかな。邪魔はあるけどデートだしわたしにだけ注目してもらえるように頑張ろう)


 しばらく彼女と甘々な昼休みを過ごしていると、見覚えのある人影が目に入ってくる。

 杏里だ。目から光が消えた杏里が、木陰からこちらを覗いている。彼女が掴む木の幹はミシミシと音を立てており、皮がひしゃげ、捲れているのが分かる。


(お兄様と一緒にいる箱根のあって女……誰にでも良い顔するけど、お兄様には雌になって媚びています。絶対に許せません。今日という今日こそはあの女の息の根を止めて差し上げます)


 杏里の目つきは狩人のそれで、口元は笑みを浮かべているが、その瞳の奥からはどす黒い感情が漏れ出している。


「……あれ、杏里ちゃんだね」

(やっぱりあの女、妹のくせに英二くんを狙っているんだ。そんな事させないから。わたしの英二くんに手を出す事は絶対許さないよ)

「あぁ、そうだね」

「おーい、杏里ちゃーん!」

「え!?」


 のあさんは突然大声を出して杏里を呼んだ。驚かされはしたものの、のあさんは視野が広いので隠れている杏里に気付いても何ら不思議ではない。てっきり無視するかと思っていたがまさか、ここで名前を呼ぶとは思わなかった。

 杏里は驚いた様子でこちらに走ってくる。オレたちが気付いていることが予想外だったらしく、足取りは酔っ払いがする千鳥足のように歪んでいた。


「のあ先輩、奇遇ですね」

(この女、やっぱり油断ならない。お兄様を誘惑しようと企んでいるに違いないです。早く始末しないと)

「こんにちは、杏里ちゃん。今日も元気だね」

(こいつ結婚できないのに高校生にもなって勘違いも甚だしいね。こそこそと今日は何をしてくるつもりなんだろう。圧倒的不利な立場にいるとはいえ、警戒は怠らないようにしておかないとだね)

「兄貴ったらのあ先輩と一緒にとか、身の丈に合わないことしてるね」

「のあさんから誘ってきたんだ。お前が口を挟むことじゃないだろ」

(お兄様ったら……、幸せそうなお顔をされている。ダメです。その悪魔は天使の仮面を被り、お兄様を唆して堕落させようとしているんです。騙されないでください!)

「ふぅん……、随分と仲が良いみたいだけど」

(この女は危険だ。お兄様に何かする前にあたしが排除する!)


 あ、やばい。妹がご乱心だ。あと少しもしないうちにのあさんに噛み付きそうであり、修羅場突入の秒読みが止まらない。


「まあクラスメイトだし、長い付き合いになるんだから仲良くしても良いだろ」

「クラスメイトとして? まあ、ちょっと一緒にいただけで高嶺の花であるのあ先輩を彼女だとか思ってたら兄貴のことをやばい奴だと認定して、軽蔑の対象にしていたよ」

(お兄様はあの女に惑わされるような方ではなかった。よかったよかったよかったよかったよかったよかった……でも、依然として予断は許さない状況に変わりありません。盗聴器によると今度の休みに遊びに向かうようですし、しっかりと尾行してあの女の化けの皮を剥がし、証拠を押さえておきましょう。学校の事実上のトップであるこの女を崩せば、なし崩しにお兄様に言い寄る虫は大概駆除できます。ふふ、不肖田中杏里……お兄様を守るために己の力を奮いましょう)


「杏里ちゃんも一緒に来る?」

「いえ、あたしは別に兄貴と違ってブラコンではないので、結構です」

「そっか、残念だね。折角みんなで遊びに行こうと思ったんだけど……」

「へぇ……。それはまたどうしてですか?」


 のあさんと相対してから、杏里の目つきが変わった。先ほどまでの嫉妬に狂う悪魔の形相ではなく、冷静沈着な頭脳派のような雰囲気を醸し出しており、のあさんの目をしっかりと捉えている。


「わたしね、英二くんともっとお友達になりたいの。だから、お出かけしようかなって思ったんだ」

「……そうなんですか。 兄貴なんかと出掛けてもメリットなんて無いですよ。だらしないし、頭も悪いし、顔だって冴えない。そんな人と遊んで楽しいわけがないです。家族であるあたしは兄貴のことをなんでも知っています。先輩はこの兄貴がどれだけダメか理解していませんよね。悪いことは言わないから即刻約束を取り止めにすることを推奨します」

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