第20話 神話崩壊

 やっぱり悪魔じゃないか……見た目天使なだけに、のあさんの本性が愛に歪み過ぎたゆえの邪悪であると判断できる材料が増えていくたびに、オレの中ののあさんの神話が崩壊の一途を辿り、オレの中でのあさんの評価が下がっていく。


「でも良かった。これでようやく遊べるぜ!」

(やった!)


 美咲は嬉しそうに拳を突き上げる。

のあさんは美咲が喜ぶ様子を見て、悔しそうな表情を浮かべていた。


「ところでどこに遊びに行くんだ?」

「そういや、考えていなかったな」


 のあさんに監禁されないことばかり考え過ぎて、重要な中身について完全に見落としていた。美咲に言われてようやく気付いたオレは、今更になってどこに出掛けるのかを考える。


「美咲はどこに行きたいんだ」

「最近できた可愛いテーマパークが良いな!」

「即答だな」

「なんだよ、アタシが可愛いの嫌いじゃダメか?」

(英二にアタシが女の子だってこと、もっと意識して欲しくて……)


 美咲は少し照れた様子で顔を背ける。粗暴でガサツな彼女だが、時折弱々しさや乙女な部分が顔を覗かせる。


「いいと思うぞ。そこなら色々楽しめるし、お土産買う場所も多いから良いんじゃないか」

「決まりだな!」


 美咲の言っていたテーマパークは女の子が好きそうなファンシーな建物が多く建っており、カップルや女子会を楽しむ女性客で賑わっていると、テレビでは情報が得られている。

 入り口では着ぐるみを着た従業員が、来園者を出迎えているのが印象的だ。


「ここならのあさんも喜びそうだな」


 のあさんは普段から可愛いマスコットキャラクターやぬいぐるみが好きで、自室には沢山のぬいぐるみが置かれている。


「ああ、あいつはこういうところ好きだろうな」


 美咲はオレが示したのあの趣味の推測に共感を示し、首を何回かに渡って振っていた。


(できればあの女の本性を暴いておきたいところだな。このままだと英二があの暴力女にいつ監禁されるかも分からない。早めにあいつの化けの皮を剥がして英二から引き離さないと)


 美咲はのあさんが監禁魔であることを疑わないようで、警戒心を露にしている。美咲の懸念通り、のあさんは事あるごとにオレの監禁を狙っており、隙あらばオレをどこかに閉じ込めようと画策する。オレが心を読んで立ち回り、ぎりぎりのところで回避しているが、いつ息切れするのか分からないので不安もそれなりに大きい。

 そんなのあさんは、美咲の視線を受けても余裕綽々とした態度を取っていた。


(あの社会不適合者のクソヤンキー、英二くんの周りから消えてくれないかなぁ)


 のあさんは美咲のことを敵視しており、オレと二人で遊ぶ時間を邪魔してくる存在として認識している。


(今のところは見逃してあげようとは考えているけど、それでも隙があったら一気に攻めて滅ぼしてあげるよ)


 彼女は現段階では美咲を徹底的に潰すため、布石を打っているところだが、彼女にそこまでする価値が無いと判断した場合、一気に決着を着ける気でいる。

 獲物の調理の仕方を選んでいる辺り、あくまでのあさんは美咲と対等でいる気は無く、彼女の方が上だと決めつけており、自分が優位な立場にあることを理解した上で行動していた。


「楽しみだな、英二」

「ああ、そうだな」

(遊園地デート、凄く嬉しいな)


 美咲は満面の笑みを浮かべながらオレの腕を抱き締めてくる。周りの奴らは不良である美咲を嫌っているので、オレが彼女に抱き寄せられても嫉妬するどころかそっぽを向いている。

 だが、のあさんは違った。


(あの女、何勘違いしてわたしの夫を奪っているの? わたしの英二くんなのに……)


 美咲に対して激しい怒りを覚えているようだが、表立って敵対すれば周りに意図が伝わらず、のあさんがこれまで培ってきたイメージを不利になるだけなので、彼女はどうにか自分の感情を抑え込んでいた。


「ちょ、のあさん見てる見てる」

「わ、わりぃ。つい力が入っちまってよ」


 オレものあさんに要らない嫉妬を植え付けてしまうのは避けたいと思い、美咲に手を離すように求めるのであった。


「次からは気を付けてくれ」


 のあさんの目は見た目だけ落ち着いた態度に逆行するように血走っていて、あと一回突けば今にも暴れ出しそうな勢いだった。

 沸点低過ぎていよいよやばいなあの人。誰だあの人天使だアイドルだって言ったの。


「ねえ、二人って結構仲良しさんなんだね」

(わたしが英二くんのお嫁さんになるの。この容姿は今は彼に喜んでもらうために神様が与えてくれたものだって確信しているし、あんな女には絶対に負けないんだから)


 のあさんは美咲が見せた態度に苛立ったのか、ついにこちらに話し掛けてきた。


(英二くんのことが好きになったとしても、あなたには絶対渡さない。彼に相応しいのはこのわたしだよ)


「のあちゃんが不良に話し掛けてる」

「大丈夫? のあさんが殴られたりしないよね」

「先生呼んできた方が良いんじゃね?」


 学校のアイドルと嫌われ者が目を合わせると、当事者たちより外野が盛り上がり始める。

 クラスメイトたちは当然のあさんの無事を心配しており、彼女が美咲から痛い目に遭わされないかどうかを気にしていたが、当の本人はまったく意に介していない。


(あの不良女、英二くんと仲良しだけどどういう関係なのかな? 気になる気になる気になる気になる気になる気になる気になる気になる気になる気になる……)

「ねえ、美咲ちゃんと英二くん二人の関係を教えてほしいな!」


 裏では特濃の闇を忍ばせ、みんなの見ている前では思いやりのある優しい天使に見せかけ、表と裏の顔を使い分ける彼女の演技力は凄まじかった。心を読めない今まではころっと騙されていたくらいであり、今でも裏が闇過ぎてこっちが本当の顔だと思ってしまいたくなる。


「えっと……中学からの付き合いだよ」

「そうなんだ! 英二くんって美咲ちゃんのこと怖くないの?」

(怖いって言って欲しいな。大義名分作っちゃいなよ。そうしたら私がキミをそこの悪魔から助けるよ。ぐへへ、さあ、わたしの元に来なさい) 


「ちゃんと話してみて普通に可愛い人だって気付いたよ。暴力を振るったのは事実だけど自分からは振らない上に最近はやってないし、何事も腹を割って話してみることがまず大事だと思う」


 美咲はのあさんの本性を知らないのでのあさんの質問に対して素直に答える。

 しかしながら、オレは心の中では彼女への嫌悪感を募らせていた。

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