第16話 夢
しばらく耳を傾けていると、その音がピタッと止まった。一体何をしているのか分からないが、とりあえずオレは気にせずにそのまま入浴を続けることにした。追及は死を意味するのもあり、パンドラの箱を開ける気にはなれない。まさかさっき心の声で宣言していたのを風呂場でやってないよな?
「兄貴、タオルとか着替え置いとくよ」
妹の息は荒くなっており、まるで走り終わった後のランナーのようである。なんで服を持って来るだけで息を切らしているのかは分からない。
オレはその先を想像してはいけない気がしており、なるべく意識しないでおくことにする。
「ああ、ありがとう。助かるよ」
「ふん! あんたの服とか持ってくんの面倒だったんだから、感謝しなさいよね!」
(お兄様のパンツの匂い、すごく良かったです。未だに香りが鼻をくすぐっていて、お兄様の温もりを感じることができます。また今度お願いしますね。次は直接舐めさせていただきたいと思います)
「そっか、悪かったよ。ありがとな」
「ふん、別に褒められても嬉しくないし!」
(お兄様に褒められることこそ、あたしにとって最大級の至福。お兄様のお背中流したかった……でも、まだ本性を曝け出すわけにはいきません。それに今はお兄様の服をクンカクンカするだけでも十分幸せになれますから。ふふ、将来的には毎日あたしと一緒に入れますから、それまで期待して待っていてくださいね。お兄様)
どうやら妹は現状にある程度満足しているようで、オレを襲ったりする気配は無い。それにしてもオレのパンツでやったことは容認できないんだけどさ。
風呂から上がるとすでに妹の姿は無く、綺麗に折り畳まれたタオルと着替えが置いてあり、杏里の几帳面な性格がそこから伺える。
リビングに戻ると杏里が兄妹愛が主題の変なドラマを見ていた。スマホで軽く検索してみると展開からセットまでのあらゆるファクターのクオリティの低さから有名な作品らしい。
「ああ、やっぱつまんないなこれ」
杏里はこのドラマをなぜか毎週観ており、話のネタにして友達と語り合っているようだ。
(兄妹愛はやっぱり素晴らしいですね。お兄様とあたしもこのドラマの兄妹のようにずっぷりとすっごく仲良しな関係になりたいです)
「杏里はこういうのが好きなのか?」
「は? ネタにしてるだけだし」
(こんなにためになるドラマはありません! なぜか他の奴らは兄妹で結婚なて無理とか、純粋に馬鹿にしていますけどね、兄妹で性的に愛し合うことの何が悪いのか小一時間問い詰めてやりたいです。兄妹でも愛さえあれば結ばれる。どいつもこいつも、なぜそんな簡単なことに気が付かないのか不思議でしょうがないですよ)
言っていることと心の声が完全に真逆な妹はオレでもクソだなぁと思える超低品質ドラマに真剣に感情移入しており、まるで自分が実際に体験しているような気持ちになっている。
「そうか、じゃあオレはもう寝るぞ?」
「うん、お休み」
(ああ、もっと一緒にいたいな……できれば同じ部屋でずっとお話ししたい。でも、それはあたしのわがまま。我慢しないと……)
杏里の心の中は変わらずオレに対する好意で溢れており、心を覗けるようになってからオレ以外のことを語っている場面には遭遇したことが無い。
「杏里、明日は何時に学校に行く?」
「えっと、朝練があるし七時くらいかな」
「わかった。それならオレが起きなかったら六時くらいに起こしてくれ」
「ふん、おやすみ」
「おう、おやすみ」
自室に戻り、オレは明日の準備を整えていた。宿題は学校で済ませたし、今日は疲れたから早めに寝るとするか。
ベッドに入り目を閉じると、すぐに眠気が襲ってきた。やはり一日の密度が濃すぎて疲労が蓄積されていたのだろう。
ーーお兄様の寝顔、可愛い。
しばらくすると、夢の中で聞き覚えのある声が聞こえてくる。紛れもなく妹である杏里のものであり、同時に眠っているはずなのに意識は冴え渡っていて、杏里の姿を鮮明に記憶できている。
オレの部屋に入り、ベッドによじ登ってきた杏里の瞳から光は消えていて、表情は笑っているが暗闇に沈んだそれは笑ってはおらず、彼女の不安で満ちた心持ちを示している。
「はぁ、寝入って隙だらけのお兄様を、他でもないこのあたし、杏里が襲うなんて……」
その言葉を聞いた瞬間、全身に鳥肌が立った。妹に襲われる恐怖からではない、これは本能からの警告なのだ。これ以上この甘ったるく掠れた声を聞いていると危険であると、身体中が反応しているのだ。
しかし、夢の中の出来事を止める術はなく、ただ見ていることしかできない。現に夢の中にいるオレの体は金縛りにあったように動かず、唯一動く首を軽く動かして杏里の様子を伺うことだけができた。
「あたしのお兄様、杏里だけのお兄様……はぁ、彼の血肉から分け与えられた我が肉体をあたしは誇りに思っております。お兄様もあたしのこと、大好きでしょう? ゆえにこうして血を分けた肉体同士が引き合うのは宿命であり、運命なのです!」
杏里の唇の端が上がり、そこから鋭い犬歯が見えた。そして次の瞬間には、彼女はオレの首筋に噛み付いていた。
夢の杏里は心の声で発するようなに対して従順な態度を実際に言葉にして発している。
そんな妹はオレの首に突き立てた八重歯に付着した血液をそのまま喉奥まで吸い取っていく。
「ああ! お兄様の血液が流れ込んでくる……あたしの一部となる。これが兄妹愛の証、至高の喜び。はぁ、幸せぇ」
夢であるにもかかわらず、噛まれた際に訪れる鋭い痛みがオレを襲う。痛い、怖い、逃げたい。だが、杏里はオレを離さないし、オレの体はそんな窮地に陥っても動く素振りを見せようともしない。全権を杏里に任せ、未だに眠りこけている。
「お兄様の血と混ざり合った唾液があたしの喉を通り、胃に落ちていく。あたしの中にお兄様が染み渡る……ああ、お兄様……お兄様! んちゅぅ」
首筋から流れる血液と一緒に流れ込んできたのは妹の濃厚な舌による首筋の蹂躙。生暖かくてヌルッとした感触がオレの思考能力を低下させ、何も考えられなくなる。
「ふふっ、お兄様の汗の味、お兄様の匂いがする。はぁ、もうダメ……我慢できません。お兄様の全てが欲しい、お兄様と一つになりたい。兄妹愛を越えた、本当の愛で結ばれたいのです」
杏里の息遣いが荒くなり、興奮しているのが分かる。妹はそのままオレの布団に潜り込むと、うさぎさんの絵が入ったパジャマの上着をはだけさせる。そこにはブラジャーの紐と彼女の素肌だけが照り映えており、とても刺激的な光景だ。
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