第13話 キモウトの策略

 電車の扉が開くと同時に、大勢の人が降りていく。オレたちは人の流れに合わせてホームへと降りた。


(ああ、アタシと英二の愛おしい一時が終わっちまう)


 ホームから改札口を抜けると、構内に見覚えのある茶髪のツインテをした少女がいた。


「兄貴……遅いんだけど! あと言っとくけど姉さんは忙しいから今日も大学に泊まるって」

(お待ちしておりました。お兄様。この杏里、あなたが戻って来られるのを首を長くして待っておりました)

「よう、待たせたな」

「ふんっ! 別にあたしはあんたのことなんてどうでもいいけど、母さんたちがうるさいから仕方なく迎えに来てあげたのよ! それに余ったデザートあるから帰ったらたべなさいよね」

(お兄様、今日はあたしお手製のデザートを作ってきたんですよ。是非食べてくださいね)

「おう、ありがとな」

「ふんっ、ほら帰るわよ」

「田中杏里……だよな」

「あんた確か不良よね。なんで兄貴と一緒にいるの」

(こいつは確か橘美咲……お兄様のクラスにいる不良で、校内一の問題児と聞いてるけど、まさかこんなところで会うとは思わなかった)

「美咲、紹介するぞ。妹の杏里だ」

「不良となんて仲良くしたくないんだけど」

「いきなり酷いな! お願いだから仲良くしよう」

(この女はお兄様に確実に悪影響を与える。いざとなったらお兄様を害するこの女を始末しなければなりませんね)

「ほう、先輩に対して言うじゃねえか」

「最低限の尊敬すらもできない人間を先輩だなんて認められるわけがないわ」

「ふーん、面白いじゃん」

(こいつ、絶対ぶっ飛ばしてやる)

「二人とも止めろって。杏里、美咲は見た目は怖いかもしれないが、中身は結構優しい子なんだ」

「兄貴、騙されてるかもよ。優しく見せて後から本性を現すって詐欺師の常套句じゃん」

(お兄様をこの女から引き離さなければなりませんね。まずはのあよりもこの女の排除が先決です)

「美咲は落ち着け。とりあえず、後日にゆっくり話し合えばいいだろ? 今ここで喧嘩しても仕方ないじゃないか」

「分かったよ」

(ちっ、アタシはこいつの言いなり人形になりたいからしっかり従わないとな)


 さらっととんでもないことを考えていることが発覚した美咲を軽くスルーし、妹にも説教をする。


「お前も喧嘩腰になるな。喧嘩両成敗だ」

(分かりましたお兄様。こんな女にあたしなんかでも怒る価値すらも無いとおっしゃりたいのですね。不肖田中杏里、お兄様から放たれる言葉を全て受け入れましょう)


 普段の妹からは考えられない、心の中で呟かれる敬語口調がかなり怖い。

 心の声を聞く限り、兄であるオレのことを神格化に近いレベルで崇拝しているようだ。

 まぁ、好きになってくれる悪いことじゃないんだけど、度合いが過ぎると流石の兄ちゃんも引く。


「じゃあ、三人で帰ろうぜ」

「兄貴のくせに指図しないでよ!」

(かしこまりました。お兄様のためならどんなことでも従いましょう。ふふ、ヤンキーは余計ですが、こうして用事があるお兄様とも毎回帰れるのは幸せです。GPSは便利ですね。これぞ文明の利器というものでしょうか)

「こんな生意気なチビと帰ることになるとは、災難だぜ」

(こいつはスルーしてさっきまでと同じように英二とイチャイチャするか)


 駅までわざわざ迎えに来たヤンデレ妹と、オレと美咲は帰ることになった。杏里はオレの荷物、あるいは服のどこかにGPSを仕込んでいるようで、そのことを考慮すればオレたちの到着に合わせて丁度良く駅にいたのは合点がいく。

 帰り道、杏里がやたらとオレにくっつこうとしてくる。


「道せまっ! 兄貴、押し込まないでよ!」

(あの女の臭いがお兄様にこびりついています。ああ、臭い臭い臭い臭い。妹のあたしが他の女の瘴気を吸って穢れてしまったお兄様の体を触り、あたしの匂いを上書きしなければなりません。これは使命なのです)

「英二……あんたの妹って変わってるな」

「そうか?」

「そうだよ。あんなにベタベタして、まるで彼氏に引っ付く犬みたいだぜ。気に食わないみたいなことをしきりに言ってるけど、必死に逸らさせようとしてるみたいな、そんな感じがするんだよな」

「……いや、気のせいだろ」


 美咲は杏里の同類だからか、彼女が演技をしていることにいち早く気付き、オレに指摘してきた。当然、心を読める能力のあるオレも杏里のことは把握しているわけだが、杏里にそのことを追及することはない。


「あいつは捻くれてるからな。本当は兄思いの良い妹なんだけど、素直になれないんだ」

「へぇー」

(こいつは嘘をついてる。絶対にあの女は性的に英二のことを見てやがる)


 美咲は鋭い目つきで杏里を見つめるが、杏里は視線を合わせようとせず、ずっと下を向いている。


「さっきからなんなのあんた。他人の顔をじろじろ見るのは失礼だと思うの」

(こいつ、まさかあたしがひた隠しにしてきているお兄様への好意に感づいているの? このヤンキーはやっぱりあたしの計画の障害になりそうね。早い段階で始末するに越したことはないわ)

「たまたま視線が行っただけだろ。自意識過剰なのかお前。キモいな」

「は? そういうあんたの方がキモいから。ふん、不良なんてやっぱり悪影響しか生まなさそうね」

(まだお兄様にはあいつの臭いが残ってる。こうなったら……)


 杏里は何か考えつくと、オレが次の思考を知る前に足をアスファルトの凸凹にわざと引っ掛け、オレの方に勢いよく倒れ込んできた。オレは倒れてくる彼女に巻き込まれ、尻もちをつきそうになる。


(お兄様に痛みを与えないようにしなければなりません。お兄様があたしごときの思い付きで怪我をされるのは許されない)


 妹はオレと位置を入れ替えるように隣からオレの背中側に張り付き、アスファルトとオレに挟まるように倒れる。


「いたっ! あんたねえ、ちゃんと前見てなさいよ! 兄貴のせいで転んじゃったじゃない!」

「オレ転んでないぞ」

「言い訳とかダッサ! そんなこと言われても事実は捻じ曲がらないわ。あんたがあたしを巻き込んで転んだ事実はね」

(はあ、はあ、これであたしの匂いがお兄様にたくさん染み込んだはず。とりあえずは……)


 怒りまくる妹は唐突にオレのシャツを引っ張って自分の鼻の辺りに持っていき、匂いを嗅ぎ始めた。


「くんくん……。うわ、汗くさ」

(お兄様にこうしてべったりとあたしの匂いをこすりつければ、お兄様が纏っているあの女の臭いが消える。目論見通り、転んだ時にあたしとお兄様の体が食い込み合い、あたしの匂いを一番濃くすることに成功しました)

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