好感度と心の声が分かるようになったら、周りがヤンデレだらけだった。

ヤンデレ好きさん

第1話 見える聞こえる

 オレ、田中英二は朝起きると好感度らしきものが見えるようになった。起こしに来た母さんの頭上に数字が浮かんでいるのだ。

 なんか好感度ってなんで分かるかというと、それを知るのは簡単だ。


「英二いつまで寝てるの。杏里はもう起きて朝ごはん食べてるわよ!」


 目の前の母親の上にある数字のさらに上に、懇切丁寧に好感度と書かれているからだ。

 母さんの頭上の数値は『50』。これは標準的だとこの能力を管理しているシステムみたいなのが、オレにスッと覚えさせる形で教えてくれる。


(本当にだらしないんだから)


 ちなみにこの能力に付随して、オレには他人の心の声を聞ける力も備わるようになっていた。これは創作でよくある無差別に拾って苦労してしまう類の能力ではなく、対象の心を覗きたいと強く念じることにより聞けるようになる。

 実際無差別になんて拾ってしまったら外に出られなくなるし、このくらいが丁度いい。

 着替えてから下に降りると、そこには父と、妹の杏里の姿があった。


「おはよう英治」

「ふん、兄貴おっそ」


 二人とも会社や学校に行かなければならず、時間に追われているのがあってオレに先んじて朝食を食べている。もちろん高校に通うオレとて例外ではなく、急がなければ遅刻する可能性があるため、急いでパンを口に放り込む。身から出た錆ではあるが、もう過ぎてしまった以上は取り返す他無い。


「英二はもう少し早起きしなきゃだめだぞ」

(英二、お前はできる奴なんだから)

「ご、ごめん」


 父さんの好感度は『55』。これもまた標準的な数値である。これ以上行くと恋愛関係突入なので、家族愛、いわゆる普遍的な愛の最大値はこの辺りだろう。


「ほんとだよ兄貴。だらしない兄貴を持った奴とか学校で言いふらされたら兄貴のせいだから」


 父の愛のある説教とは裏腹に、杏里の方は自分の身を案じるばかりの素っ気ないものであった。


「毎日夜遅くまで漫画読んでるからだよ」

「面目無い」

「謝るだけなら誰にでもできるんだけど。反省してるなら今日から実行に移して」

「は、はい」


 こんな風にオレに対してむすっとして無愛想な妹だけど、見た目だけなら冴えないオレの妹かと思うくらいの美少女である。茶髪のツインテールにくりくりとした瞳、それに小さく整った鼻筋。顔立ちだけを見れば普通に可愛いと言えるだろう。ただ、その態度と言葉遣いのせいで近寄り難い雰囲気を出してしまっている。

 それでも今日は結構優しく接してくれる方だし、こうして小言を言ってくれるだけでも有難く思わなければならない。苦手だけどさ。

 そう思いながらオレはトーストを齧り、彼女の好感度や心の声を覗いてみることにした。

 どうせあんまりなことを考えてそうだし、好感度の方も15くらい行っていたら御の字だろう。

 大した期待も無く、オレは妹を対象に能力を発動してみる。


『120、異常値です。対象より速やかに退避することを推奨します』


 オレは妹の頭上に浮かぶ、両親の二倍以上の数値を見た時、腰を抜かして座っていた椅子から転げ落ちる。


「おい大丈夫か」

「英二ったらおっちょこちょいね。食事中に椅子から転がり落ちるなんて前代未聞よ」


「マジでダサ過ぎなんだけど!」

(お兄様の血から生まれ落ちた半身として、妻として、助けなければなりませんね)


 心の声も案の定、異様と形容してしまうくらいの異常性を誇り、目の前で実際に聞いているものとは凄まじく乖離しており、恐怖を感じる。

 妹はやれやれと首を横に振りながら、仕方無さそうに手を伸ばしてくる。目から光は消えていて、口の端からは涎が見え隠れしている。

 オレは彼女の手を取り、砕けた腰をなんとか正すことに成功する。


「あ、ありがとう」

「別に。あんたの情けない姿を見たくなかっただけだし」

(お兄様に感謝されたお兄様に感謝された)

「あら、もうこんな時間。二人とも急がないと遅刻するわよ」


 気付くと時計は8時を回っていた。うちの高校は8時30分までに校門を潜らないと遅刻扱いになり、単位に響いてしまう。


「やば! 兄貴のせいで遅れちゃうじゃん」

「わ、悪い」

「遅刻したら覚悟しといてよ」

(えへへ、これでお兄様と一緒に登校できる)


 妹の好感度は120で頭打ちかと思いきや、さっきオレを引き揚げた後から130に上昇していた。

 かなり細かいことでも、元が異常な数値だけあって天井知らずに上がるようだ。


「それじゃ、行って来る」

「ああ、気を付けてな」

「行ってらっしゃい。学校頑張ってね」

(二人とも怪我しませんように)


 母さんの心の声に癒されながら家を出る。外は通勤ラッシュであり、自転車に乗って走る人や徒歩で急ぐ人が行き交っている。そんな中、オレと杏里は並んで歩いていた。


「兄貴、ちょっといい?」


 隣にいる妹に声をかけられ、オレは少し距離を置いて立ち止まる。


「何だ? 要件なら手短にな」

「違うし、兄貴臭いから距離取りたいの」

(これ以上お兄様の近くにいたら理性が飛んでしまいます。適切な距離を保たなければなりませんね)


 ぱっと見オレを疎んでいるようにしか見えないが、実のところオレが近いと自分のオレへの愛を制御できなくなるそうで、やむを得ず離れることを選んだようだ。

 好感度はちょっと落ち着いたことで125に下がる。


「なにジロジロ見てんの。キモいんだけど」

(ふふ、今はこうして演技をして本当の気持ちを悟られないようにしておりますが、あたしたちが大学を卒業したら、あたしがお兄様を生涯に渡って養ってあげましょう。そのための資金はバイトで蓄えていますし、高収入を得られる目処も立てています。あたしに隙はありませんよ、お兄様)


 見た目あんなに素っ気ないのに、実態は将来的にオレをヒモにして養いたいようで、今は着実にその願いを成就させる布石を積み上げているところだ。

 生憎とオレは将来ありのままに生きたいし、当然人生を妹に全てプレゼントする気など毛頭無い。

 オレのヒモエンドを阻止するには杏里の好感度を落とす必要があるが、嫌われる手段ならこの残酷な世にはごまんとあり、実行に移すことに抵抗がある。

 そんなことを思案しながら歩いていると、あっという間に駅に到着してしまった。オレはICカードをタッチして改札口を通り抜け、ホームへと向かう。


「兄貴、待って」

「どうしたんだ?」

「定期、チャージしてくるの忘れててさ」

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