IZANAI神道特別区―鬼無里に咲くさくらともみじ―

天秤アリエス

IZANAI神道特別区―鬼無里に咲くさくらともみじ―

序説 紗冥の追想

 この物語を江ノ島の神様各位と、とある鬼女紅葉を愛する神主さまに捧げます――。


 ――ねえ、どうして紅葉は狩ると言われるの――?

 今も耳に残り続ける霧生紅葉きりゅうもみじのかつての言葉。

 まるで世界を揺らすかのように、海は白い牙を剥き続けていた。

 鎌倉の特色をした海は、少しばかり鈍色にびいろで、恰も血のようにも見える。

 海は青かったはずなのに。海の底は遠くの過去で濁っていて、もはや澄んでいるとは言えなかった。

 わたし、戸隠紗冥とがくしさくらは目を海から空に向けた。季節外れの海風は気の早い冬を感じさせる。

 独りでは、心まで堪える冷たさと空の広さに、上着を引き上げた。

 海の傍にいると、時折吹く風の中、まるで死んだ歴史が語り掛けて来るような幻想を視ることがある。

 覗き込んでも、鈍色のせいで海の底は見えない 振り仰いでも歪んで落ちるだけの世界ではただ、視界は揺らぐだけで何も掴めはしないのだ。

「どんな時でも、きみが、好きだ……か」

 何度も口の中で呟く。紅葉、きみが好きだよと。きみが世界で、光だから。

 ふと、子供たちがはしゃぐ声が聞こえて来て、わたしは海岸から立ち去ろうとつま先を陸に向けた。変わらずに、波頭は岩壁で砕けていて、鈍色の海を揺らしている。

 わたしたちが遭遇した、鬼無里の事件を少々語る。

 青い海に戻ると今も信じている貴女へ、どうしても聞いて貰いたい話がある。

 あの日、わたしたちは二人で江ノ島禁止区域を訪れた。すべてはそれが始まり。

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