第七話 夕日が時をとめる

兵舎の中で達夫は小百合と親しく話をしていた。

達夫は以前から気になっていたことがあった

どうしても気になっていたので、ある日小百合に聞いてみた。


「そう言えば、小百合さんはどうして柿の木に登っていたの?」

「柿は家にあったじゃない」

「まだ、欲しかったのかな」


「いえ、達夫さん実は……」


何か事情がありそうだった。

そして、小百合は以前の出来事を話し始めた。

小百合は自宅の縁側で過ごしていた。


空が澄み渡るようにきれい。

雲も一つもありません。

あれはツバメかしら。

ツバメが飛んでいます。

私の周りを回っています。

そして、私に向かっているのかしら。

膝の上にとまりました。

どうして、足がけいれんしているの。

震えています。

どうしよう……

そう言えば、近くに牛や豚の病気を見てくれる動物の先生がいるから、診てもらおうかしら。


さっそく、小百合はツバメを診てもらう事にした。


「先生どうでしょうか?」


「やはり、足を何らかの理由で痛めたのだろう」

「この様にすれば飛べるようになるが時間はかかるよ」

「しかし、ツバメの手当をしてあげないといけないけどな」

「しかし、君はそこまでしてツバメを助けるのか?」


「はい」

「きっとひな鳥がいるのではないでしょうか」


「そうだね」


小百合は木にツバメの巣があったのを思い出したのだ。

何かいい方法がないか思ったのだった。


「先生、何かいい方法はないでしょうか」


「小百合さんと言ったね。確かに可哀そうだね」

「治療費はいらないけど餌がないな……」

「私が手に入れられないこともないが、遠くの町に餌を買いに行かないといけないからね」

「宿泊代など様々なお金がいるんだよ」

「どうするかね」


小百合は家の事情を考えると辛くて、辛くてたまらなかった。


「可哀そうだが仕方ないんじゃないか」


「じゃあ、先生、ヒナ鳥は餌が食べることが出来ないじゃないですか……」


小百合は何とかしたかった。

自らお金を貯めて、餌代を立て替えてもらおうと思ったのだった。

その気持ちに獣医師は心を打たれたのか、餌を買いに行くことにした。


「わかったよ」

「君の優しさに負けた」


「申し訳ありません、先生」



自宅ではツバメの子供達が泣いていた。


ピチ ピチ ピチ


「ツバメが泣いている」

「まるで、お母さん、お母さんと聞こえる」

「大丈夫よ」

「私が世話をしてあげるから」


時は達夫との会話に戻り。

説明を聞いた達夫は小百合の優しさに心を打たれた。


「なるほど、小百合さん」

「それで、餌をあげるために柿の木に登っていたんだね」

「でも、あの時は柿を取っているといったじゃないか」


「はい、説明するのに時間かかると思いました」

「それに、達夫さんのことが嫌らしいと感じましたから、本当のことは言いませんでした」

「ごめんなさい、嘘を言ってしまって」

「渋柿というのはわかっていました」

「ごめんなさい」


達夫と似たような境遇だった。

だからこそ、小百合のことを好きになったのかもしれない。

小百合の手当により、その後はひな鳥は元気になったのだ。


達夫は小百合が自分のことをどう思っているか気になっていた。

小百合も同様であった。

そして、達夫は突然であったが、野原に行くように小百合を誘ったのである。


「丁度、夕日が野原に落ちる頃か」


「それがどうしたのですか」


「野原に行ってみよう」


「はい」


紅の夕日の灯りが野原を一面に淡く覆っていた。


「僕の歳は十八歳だから、小百合さんは僕より一つ年下なのかな。」


「はい」


「上杉さん、恋人はいらっしゃるのですか?」


「いや」


「そうなのですか」


「ああ、女性と付き合いをしたことはないよ」

「恥ずかしいな、こんなことを言うのも」

「小百合さんは」


「私も、お付き合いはないです」


「そうか、僕じゃ駄目かな」


「帰ります……」


「どうして……」


「いえ……」


小百合は戸惑いながら帰ろうとした。


「小百合さん待って」


「いえ」


「僕の命令でも駄目なのかな」


「命令なら仕方ありません」


「そこに立っていて」

「こっちを向かなくていいから」


「どうしてですか」


「いいから、そこでじっとしていて」


「はい」

「でも、どうしてですか?」


「いいから」


達夫は後ろから小百合を抱きしめた。


「初めてなんだ、女性を抱きしめたのは……」


「駄目です……」


「僕が嫌なのかな」


「そういう訳ではありません」


「小百合さんの髪が夕日に染まっているよ」


「恥ずかしいことを言わないでください」


「きれいな髪の香りがするよ」


「それはきっと風のせいです」

「風の香りです」

「それだけですか」

「さっきもお聞きしましたが、私のことをどう思っていますか」


達夫は突然に小百合を背負った。


「小百合さん、僕の背中に乗って」


「どうしてですか」


「少しこうして歩こう」


小百合は恥ずかしさと戸惑いの中で黙ってた。

それは達夫も同様だった。


「何か言ってください」


「恥ずかしいことを言わせるなよ」


「それが僕の答えだよ」


「達夫さん、降ろしてください」


「いや、このままで」


「どうして、降ろして、私の方を向いて言ってくれないのですか」



「夕日がきれいだね」



「達夫さん、本当ですね」



「夕日がきれいだね・・・」



「もうここで降ろしてください」


「いや、小百合さんの家まで送っていくよ」


「そんな恥ずかしいことはやめて下さい」


「いや送っていくよ」


「駄目です」



「夕日がきれいだね」



「どうして、何度も同じことを言うのですか?」

「達夫さん」



「夕日がきれいだね」

「いや、小百合さんがきれいだね……」

「じゃあ、降ろすよ」

「ちょっと待ってね」

「これは、僕が大事にしている」

「赤いスカーフなんだ」

「小百合さんの目に巻いてあげるよ」


「どうしてですか」


「いいから、このままじっとしていて」

「ほら」

「これが僕の気持ちだよ」



「あ……」

「達夫さん……」



「夕日と同じ色だったよ」

「小百合さんの唇は」


「達夫さん」


「小百合さんはきれいだね」

「夕日よりもきれいだよ」


「達夫さん、目を閉じてください」

「今度は私が巻いて挙げます」


「達夫さんもじっとしていてください」


「ありがとう……」

「小百合さん、優しい香りがしたよ」


「恥ずかしいから、もう、離してください……」


「いや離さないよ」

「このまま時が止まってしまえばいいのにな」

「でも、いつか……」


「達夫さん、それ以上言わないでください……」

「それ以上……時が来たなら……」

「お願いします」


「仕方ないじゃないか」


「だから、言わないでください」


「今日だけは時を止めてあげるよ」


「はい……」

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