第5話 私にも分からないのに聞かれても。

職員室内にある小部屋——。生徒には『聞き取り部屋』と言われるところに、伊上は入室させられた。

「まあ座るといい」

言われるままパイプ椅子に座ると、白い長テーブル一枚隔てて担任が面倒くささを隠さずにドカッという音を立てて座り、足を組む。

「で、何をしたんだ」

「…はい?」

「お前のことだ、どうせ何かしたんだろう」

担任は気怠そうに伊上の豆鉄砲食らったような顔をジト目で見る。

「お得意のおまじないか?それとも共犯がいるとか」

決めつける担任に、ただでさえ乏しい伊上の表情が更に無くなる。

何故かは知らないが、伊上はクラスメイトにも教師たちにも煙たがられやたらと嫌疑をかけてくる。

勿論伊上から何かしたわけではない。話しかけられればそれなりの言葉を返し、会釈もする。自発的に動くことはないのだから、クラスメイトからすれば教室の背景と一緒、それ以上でもそれ以下でもないだろうと伊上は思っていた。

【黒魔術をやっていそうな人間】と言われるのも予想していなかった。

そんなことに時間を割くくらいなら、推しのドラマCDをSDカードに落としてリスニング用に配布されたプレイヤーで再生する方がよっぽど有益だと思っているのだが。

むしろ誰かが呪いをかけて周囲の人間が突っかかってくるようにしているのではないだろうかと伊上本人は思うくらいである。

「私はむしろあの子に子供じみた嫌がらせを受けていた側なんですけどねえ…」

言っても無駄だろうと分かっていたが、伊上は静かに呟いた。

「榎木が嫌がらせ?お前の自作自演じゃないのか?」

鼻で笑う担任に、『自作自演だとして、自分の顔に水ぶっかけて制服濡らすことになんのメリットがあるんですか』と返す。

その言葉を聞いて初めて、担任は伊上の顔や制服の胸元が不自然に湿っていることに気づいたようだ。それでも、伊上が何かをしたという考えは覆らないようだった。

「やられる理由があるだろう。榎木は筋の通らないことはしない」

「水かける時点で、筋とおらないも何もないと思いますよ?」

この阿呆、話を理解する気がないのだろう。自分の書いた筋書き通りに事を運びたいだけだ。

「お前の目の前で、榎木は姿を消した。お前しか見ていないことがあるだろう」

忌々しそうに担任は腕を組み、威圧的に問いかける。

「…見慣れない恰好をした少年が榎木…でしたっけ?を異空間に引きずり込んだのは見ましたよ。その子の姿やその瞬間は、クラスメイトには視えていないようでした」

それが、伊上が見た『事実』だ。嘘ではない。

担任は組んでいた腕を解し、眉間に左手を気怠そうに当てた。

「私は信じてなかったが…本当にあるのか。迷惑な…!!」

そして伊上が居ることを気にせずに陰気な言霊をボソボソと呟いている。何を言っているのか興味はないので聞く気はなかったが。

しばらく独り言を言っていた担任は、何か悪いことを閃いたのが見え見えな悪い顔を浮かべた。

「伊上、ついてこい」

「どこにですか」

「何、旧校舎の一階に行くだけだ」

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