05.とある探偵

 あの幼いイアンから離れてはや数週間。僕はフラフラとよく知らない町を渡り歩いていた。ずっとあの衝撃が離れずに、彼は今回どれくらいの人生を送るんだろうとぼんやり考え続けている。パンも味がしないからずっと水くらいしか口にしていない。

 後悔が絶えず襲い続けて頭がぐちゃぐちゃだ。あの日あのパン屋で会った時に嘘をつかなければ、アイツを探しているのを隠さずに伝えていれば、イアンは僕を追いかけてこなかっただろうな。そうすれば、また死ぬまで一緒にいられたのに。あいつ、死ぬまで眼鏡かけてたんだろうな。幸せに死ねたのかな。

 あの夜も僕は人殺しの怪物を追っていた。アイツが悪魔なのかヴァンパイアなのかなんなのか、それは知らないけど。いつもいつもイアンのそばに現れては事件を起こしていくからとっちめてやろうと思ったんだ。イアンに言った通り三日前からあの女の子がパン屋に出入りし始めて、アイツが次に狙うならこの子だろうなって思ったからこっそりパン屋に泊まってた。でもイアンが来たのにビックリしてつい追いかけてしまったんだ。それが間違いだった。太陽が消えた頃に店に戻れば、そこにいたのは血まみれで倒れた女の子だけ。また逃げられた、どこに行ったんだと考えている間に気付けば町も暗くなる頃だったらしい。人が走ってくる感じがして天井に行けば、ノックと共に聞こえてきたのはイアンの声。また巻き込んでしまったと思った。でもこの状況で隠れられるかはイアンによるし、ならいっそ覚えてもらうために悪ぶってみるのもいいかなと思ったんだ。

 そうして僕はいつしか言い慣れた一人称と言い慣れた口調でイアンの家に入れてもらい、イアンといられる幸せを感じながらアイツを追っていた。次に狙われそうな女の子を見つけて、もう少しで捕まえられると思って毎日見守っていたのに。イアンがソワソワしているからわざわざ遠回りして、結局また女の子は救えず、イアンにもきっと嫌われた。いい事なしじゃないか。きっと悪魔になってしまった僕が近くにいるせいで運命みたいな目に見えないものを歪めているんだと思う。そう思えてしまったらもうイアンと一緒にはいられなかった。

 あの時のイアンは僕があまりに動じなかったから殺したんだと思ったんだろうけど、死んでしまったのを知ってればそりゃ動じないよ。僕だって伊達に長生きしてないもの。どうしてあいつはいつもいつも、僕が守ろうとする度にこっちに来てしまうんだろうなあ。でも、あと何十年は安心か。だってあの頃の僕らみたいに幼かったから。



 イアンと最後に会ってからもう時期……五十年になるくらいか。僕はあれからもずっとフラフラ知らない町を行ったり来たりしながら、狙われそうな女の子を見つけては襲われたら助けられるように見守っていた。不思議な事に、イアンがいなければ目を離さないからなのかこれまで一人も襲われる所を見なかった。

 アイツの事を探しながらそこそこに栄えたよく分からない町を歩いていると、ふと一人の青年と目が合う。青年は僕を見るなり走ってきて僕を大声で責め立てた。

「お前、今新聞で噂になってる人殺しだろ! まともな見た目をしてたって僕には分かるぞ!」

 人殺し? 最近この町で人殺しなんて聞いたかな。というか僕そんなに人殺してそうに見えるの?

 あまりにポンコツそうな言動を聞いて、僕には直感的にこの青年がイアンだと分かったから、これ以上怪しまれないようにごく自然に返事をする事にした。

「えっ、違いますけど……僕は今日初めてこの辺に来たんです。あなたは探偵さんかなにかですか?」

 イアンは僕の言葉を聞いて、酷く驚いたようだった。どこに驚く要素があったのかは知らないけど。

「え、僕の直感があなただって言ってるんですけど! なんで違うんですか? 本当に?」

「逆になんで僕なんですか? いつもその直感当たってます?」

 あれえ……と首を傾げるイアン。毎回毎回、どうしてそうも抜けてるんだろう。イアンの直感が当たっている所を見た事がない。

 だんだん人の目が痛くなってきて、そういえば町中だった事を思い出す。

「あの、せめてどこかに入って話しませんか? 少なくとも道の真ん中で話す事ではない気がするんですけど……」

 その言葉にイアンは「じゃあ近くのカフェに行きましょう」と歩き始めた。


「本っ当にすみませんでした‼︎」

 半信半疑で僕から話を聞いていたイアンは、話を聞き終えると共に勢いよく謝ってきた。誤解が解けて何よりだと言うと、「なんて優しい人なんだ……!」と感銘を受けたのか泣き出す始末。いつもの事だけど本当に人がいいよな。

 イアンの案内で入ったカフェは内装も店内も静かで、日当たりがよく暖かい所だった。イアンはラテを、僕はブラックコーヒーを頼んだけど、話が落ち着いた頃にはとっくに冷めていた。

「正直言って全然手がかりがないんです。夜、気付いたら人が死んでる。その繰り返しで狙われる共通点も分からなくて」

 そう言ったイアンの顔は悔しさと焦りがごちゃ混ぜになっていて、何もできない無力感からか手をグッと握り込んでいた。

 そして僕は僕で話が繋がってきた。つまり、ここ最近僕が死ぬ所を見なかったのは僕がいるのとは別の場所で殺していたからだ。それがバレないようにわざと関係ない所で狙っているふりをしていたんだ。

 きっとこのイアンに無駄だと伝えても引いてはくれないだろう。かといって怪物がどうなんて話を呑み込んでくれるとも思えない。なら、僕が一緒にいる事でしか守る事はできないだろうな。

 だから僕は、イアンに提案をする事にした。

「あの、ホントに何も分からないんですか?」

「ええ。見た目も声も、男か女かさえも」

「実は僕も人殺しを探してるんです。もしかして、あなたの探してる奴も若い女性しか狙わないのでは?」

 特徴を言えばそうなんです!と前のめりになるイアン。それを諫めて話を続ける。

「僕はアイツについて、多分今のあなたよりは情報を持っています。だからそれと引き換えにあなたの土地勘や知識を貸してほしい。もしあなたさえ良ければ……手を組みませんか」

 その言葉にイアンは少しだけ考えたけど、静かに手を差し出した。

 僕はそれを見て笑いながら握り返す。

「交渉成立ですね」


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