ディートハルト10

「はっ……?」


 その知らせを受けてディートハルトは一瞬、思考が停止した。

 知らせを受けたのは夕方頃で、シルヴィアが一人で依頼に行くと言って十日経った頃だった。

 そろそろ帰ってくるだろうと思っていたらやって来たのはシルヴィアの友人だった。


「私も今日聞いた話なんだけど、急に魔道具職人の元に来なくなったらしいの。連絡もなくて…行方もわからないみたい」


 シルヴィアの友人で、ギルドの職員であるイヴリンがディートハルトに言葉を選びながら説明していく。

 その瞳には不安な気持ちが隠れておらず、不安な顔をしながらディートハルトに説明する。


「シルヴィアの行方はギルドでも捜索して、騎士団にも連絡を考えているの。…だからディーン君。不安だろうけど、大人しくシルヴィアの帰りを待っていてくれるかな?」

「……わ、かった」


 混乱の中、かろうじて返事をするとほっとした表情を浮かべ、イヴリンはディートハルトに小さく笑う。


「……大丈夫だよ。シルヴィアは強いから。きっと…帰ってくるから、ディーン君はいい子にしててね?」


 きっと、同居している子どもの自分を心配して不安の中わざわざ会いに来て伝えてくれたのだろう、とディートハルトは頭の片隅で考える。

 とりあえず、こくりと頷くとイヴリンはそれだけ言うとギルドへ戻っていった。


 イヴリンがいなくなったあと、ディートハルトは家の中に入って頭を巡らせた。

 なぜ? 行方不明とはどういうことか? 連絡もない?

 怪我をしたのか? 事件に巻き込まれたのか? モンスターに襲われたのか? それとも──…。


「っ……!!」


 最悪なことを想像し、頭を振る。

 そんなはずない。シルヴィアの友人も大丈夫だと言っていたではないか、と自身に言い聞かせる。

 確かにシルヴィアは強い。攻撃魔法の多い火属性と雷属性に加え、治癒や防御に優れた光魔法も使え、攻防どちらにも優れた魔法使いである。それは短い期間だが、ともに過ごしたディートハルトが断言できる。


 しかし、絶対大丈夫だという保証はない。それはレラの死から証明できる。

 万能な人間などいない。魔法に秀でた愛し子ですら弱点は存在したのだ。ただの人間はさらに弱点が多い。

 人間の体は案外脆い。魔力を著しく消費し、それが続いていれば生命に関わる。そうなれば──。


「何があったんだっ……!!」


 行方がわからないと聞くと不安が押し寄せた。

 お人好しだから何か事件に巻き込まれたのではないかと考えると、心配で。


「…っ、俺は……」


 シルヴィアの声を思い出す。


『おはよう、ディーン君』

『ディーン君、魔法教えてくれるかな?』

『ありがとう!』


 脳裏に蘇るのは、シルヴィアの声で。シルヴィアの笑顔で。


 レラのことは忘れたことなど一度もない。今でも大切だと言い切れる。

 だけどもう一人、大切だと思える人ができてしまって。

 あの眩しい笑顔を、今度こそ守りたい。今度こそ後悔したくない。

 そう、思ってしまった。

 

「……シロ、どうせ師匠と連絡ができるんだろう? 師匠に連絡してくれ」

「ニャゥ?」


 首を傾げるとチリンチリン、と鈴が響く。

 その目は何を伝えるのか?と告げてこちらを見つめる。


「人を助けたい。魔力を一時的に返してほしい、師匠の元へ行く、と伝えてくれ」


 魔力は制限されていても今の魔力なら数回使用したら師の元へ転移できる、とディートハルトは考える。

 同時に首にさげている琥珀色のペンダントを強く握り締める。


「……待っていてくれ。だから──」


 無事でいてくれ。生きていてくれ。

 声にならない言葉をディートハルトは呟いた。




 ***




「やぁやぁ、ディートハルト。突然の連絡に驚いたけど、どうしたんだい?」


 数回かけて行った空間転移は、翌日には無事、師の元へたどり着いていた。


「なんなら僕の方から行ってもよかったのに。お前が僕を頼ることなんて珍しいのだから」

「俺がどこに住んでいるのか知っているのですか?」

「んっー? まぁいい。それで、どうしたんだい? シロから話を聞くことができなくてね」


 チラリッ、と久しぶりの仲間と再会してじゃれあっている白猫を見る。

 あの白猫は当然のことながら応対をしていないため、話は知る由もない。

 だからディートハルトが話していく。


「世話になっている奴が行方不明なんです。魔力を一時的に返してもらうのと、捜索の手伝いをしてほしいんです」

「……なんだって?」

「……?」


 師の雰囲気の変化にディートハルトは内心違和感を感じるも、そのまま話し続ける。


「…名はシルヴィア・エレインという人間です」

「──! シルヴィアが行方不明だって!?」

「……師匠?」


 顔を青ざめながら師が叫んでソファーから立ち上がる。こんな風に狼狽えた師は初めて見た。しかし、その前に疑問が浮かんだのは。


「師匠…シルヴィアを、知っているのですか?」


 ディートハルトがまず最初に浮かんだ疑問はそれだった。

 自分の知る限り、師とシルヴィアが会った光景を見たことない。それなのに、なぜ師は彼女を知っている?

 本当は伝えるつもりはなかったのだろう、尋ねると師がはっ、とした表情をしてソファーに座り直す。


「あの子が…どうして…?」


 ぶつぶつと呟くも、その顔にははっきりと心配の色を宿している。


「……師匠、シルヴィアとはどういう関係なのですか?」


 これは二人は知り合いなのは確定的である。

 それなら、あの出会いはもしや仕組まれたものだったのか?

 そう考えると何か不快感が走って。


「っ…。あの子は言いたくなかったみたいだが…。ディートハルト、お前にとって彼女はどんな存在なんだい?」

「どんな存在…?」


 今話さないといけないことか、と思うが師の真剣な顔を見てそれは言えない。

 どんな存在。考えたが、すぐにディートハルトの中で答えが出た。


「──大切な、存在です。……レラのことは勿論、忘れていません。レラが大切だったのは確かです。ですが…今は、もう一人大切な存在ができました。レラのように…なくしたくない、と考えてます」


 言葉を選びながら自分の思いを吐露する。

 あの笑顔をもう一度見たい。レラのようになくしたくない。

 それが、ディートハルトの率直な思いだ。


「……繰り返し同じ人物を想う、か」

「……えっ?」


 師のランヴァルドが呟くも、ディートハルトはまともな返答ができなかった。

 今、師はなんと言った?

 繰り返し、同じ人物を、想う? 

 頭を回転し、そして、ある答えにたどり着く。

 そんな、そんなはずがない。あの笑顔は、あの世話焼き気質は──。


「よく聞くんだ、ディートハルト。お前が探しているシルヴィア・エレインには前世の記憶がある。名は──レラ・セーラ。セーラ王国の王女の愛し子で、お前の弟子だよ」


 自身の中で生まれた仮説にあり得ない、と思っていたが師の言葉に鈍器で頭を殴られた衝撃が走った。

 シルヴィアが──レラ?


『師匠』


 シルヴィアが、レラ。なぜ、という気持ちが胸を埋め尽くす。


「一ヶ月ほど、彼女が家を空けることがあっただろう? あれはね、僕に会いに来てたんだ」

「はっ…?」


 呆然とするディートハルトを置いてランヴァルドは話し出す。


「彼女は最初から小さいお前をディートハルト・リゼルクと認識して保護していたんだよ。お前の子ども姿に疑問を持ち、僕に会いに来たんだ」

「さ、いしょから…?」


 言葉が、呂律が回らない。

 最初から知っていた? 知っていて助けたというのか? なぜ? なぜ自分をと疑問が埋め尽くす。


「なぜ…なぜ、レラは俺を助けたんですか…!?」

「……それは、僕の口からなんとも言えないよ。本人に直接聞いた方がいい」

「っ……」


 レラがシルヴィア。最初から知っていて、自分を保護していた。

 どうして。自分は恨まれることをしても、助けてもらうことはしていないのに。


「ディートハルト、シルヴィアを助けたいのだろう? なら行動しなさい。シルヴィアが行きそうな場所に心当たりはあるかい?」

「いえ…」


 そもそも依頼途中でどこかに行くとは思えない。そうなると誘拐か、とディートハルトは考える。


「ありえるとしたら彼女の生まれ故郷か…? いやでも国外追放を言い渡されたと言ってたしなぁ…」

「…シルヴィアはどこの国から来たんですか?」

「そこまでは知らないんだよねぇ。公爵令嬢に生まれて第一王子が婚約者だったということしか」

「……」


 ならその第一王子がシルヴィアを婚約破棄して国外追放に処したということか。

 アイザックも王族だったが、シルヴィアが関わる王族はろくな奴がいないと思った。


「それじゃ魔法でシルヴィアを探すか…。って言っても昔作ったあれは失敗したし、新しく作らないと。ディートハルト、術式作るの手伝ってくれないかい?」

「……わかりました」


 シルヴィアに聞きたいことはたくさんある。

 だがまずはシルヴィアの居場所を見つけないといけない。

 師に一時的に魔力を全てを返してもらい、姿は大人の青年姿になった。魔力がたくさんある感覚がする。


「人探しに最も適しているのは名前だ。それで、彼女が今も生存しているか、方角はどこか特定しよう」

「はい」


 そして、師とともに術式を数回作り直して作って数日後にようやく完成した。


「方角は北西で……よし、まだ生きている。一応、生存確認はできたね。あとは彼女が魔法を使ってくれたらいいんだけどねぇ」

「それが、一番手っ取り早いと?」

「そうだねぇ。集中力は必要だけど、魔法を使ってくれたらすぐに感知できるんだけどね。……魔法が使える環境かだね」

「……それ以外でも捜索できるか探ってみます」

「それ以外難しいと思うよ?」


 師が忠告する。だが、今は何かしてないと不安になる。

 今はまだ生きている。だが、国外に出ているとなると命の保障はわからない。

 なら他に方法を模索した方がいい。


「やれるだけやりたいんです」


 もう、二度と失いたくないのだ。


「…わかった。僕は魔力を感じるために集中するよ。…大丈夫さ、お前が信じないとどうする? あの子は困難を乗り越える子だ。きっとどうにか乗り越えようとしているさ」

「……はい」


 そうだ、シルヴィアはいつも乗り越えようと頑張っていた。

 それはレラの時も、シルヴィアの時も。ならば、信じるしかない。

 可能な限り、ディートハルトは魔法を行使し、シルヴィアの正確な所在を確認しようとした。


 わかったのは移動している様子はなく、同じ方角にいるということのみだった。

 いくら魔法が優れていても見つからなければどうしようもない。ディートハルトの中で焦燥感が生まれる。

 しかし、ここで諦めるわけにはいかない、と考えながら模索し続けた。


「っ…ディートハルト、見つけたよ」

「! 本当ですか…!?」


 そうして過ごすこと数日。ようやく正確な居場所を発見した。


「あぁ、彼女の魔法を感じたからね。場所は…ここかな」


 師が地図上に指差した国は小国のクリスタ王国。

 そこに、シルヴィアがいる。


「師匠も行きますか?」

「まずは国王に連絡をしたいね。僕は盟約のせいで武力行使できないから」

「なら先に行かしてください。俺は愛し子ではないので」


 ディートハルトの発言にランヴァルドは僅かに考える。


「わかった。僕は少し遅れるが先に行きなさい」

「はい。師匠…本当にありがとうございます」


 素直に感謝を述べると師は瞠目し、そして微笑む。


「本当に感謝するのはシルヴィアを助け出してからだ。それはお預けとしよう。さぁ、行ってきなさい」


 そしてランヴァルドは杖をディートハルトに向ける。


「ディートハルト、後悔することのない選択をするんだよ」


 師が慈愛の含んだ笑みを浮かべる。


「──はい」


 素直に師に返事をして、白く輝く魔法陣に包まれる。


『ディーン君』


 シルヴィアの明るい声と笑顔を思い出す。

 どうか、無事でいてくれ。それが、ディートハルトの一番の願いであった。



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