第30話 レラと師匠

 師匠にお姫様抱っこで運ばれるという試練に耐えてるとようやく客室にたどり着いた。


「何かありましたらベッドの端にある呼び鈴を鳴らしてください。侍女が待機しておりますので」

「わ、わかりました」


 侍従長の言葉に早口で返事する。未だに師匠にかかえられたままで、侍従長に合わせる顔がない。

 その後、侍従長は何も言わずに去ってくれた。ありがとうございます。


「…もう、降ろしてください」


 師匠に頼み込むと返事の代わりに私をベッドに優しくおろしてくれた。

 同時にパチンッと指を鳴らした。


「これは…防音魔法ですか?」

「…ああ」


 声が若干反響する。やっぱりそうだ。

 相手に会話など聞かれたくない時に使う魔法だけど難しいのに詠唱もせずに発動させるとは。さすがは師匠と呼ぶべきなのか。


「……」

「……」


 お互い無言で静寂が場を支配する。

 なぜ私を運んでくれたのか。私に聞きたいこととはなんだろう。

 …正直、振り返ると聞きたいことがたくさんあるだろう。なんでそうなってんるんだ?って思っているに違いない。私が師匠の立場ならそうなっている。

 それとも──。


「……シルヴィア、正直に答えてくれ」

「…なんですか?」


 師匠が立ちながら下を向いて問いかける。

 私も師匠に聞きたいことはある。だけど、今は師匠の質問が先だ。


「……シルヴィアは…レラ、なのか…?」


 恐る恐ると師匠が尋ねてくる。

 ──ああ、バレちゃった。

 ランヴァルド様もいたんだ。私の正体知っていてもおかしくないけど、やっぱり息を呑んでしまった。

 そして、確信しているはずの師匠を欺く度胸は私にはない。


「……はい。師匠の言う通り、私の名前はシルヴィア・エレインで……前世はレラ・セーラです」

「……っ」


 私がそう告げた瞬間、師匠は顔をあげた。

 その顔は悲痛に満ちた顔をしていた。


「……どうして、黙っていたんだ」

「どうしてって…師匠、私がレラだって言って信じますか…? 死者が記憶持って転生してるんですよ?」

「……」


 師匠が気まずそうな顔をして逸らしてくる。ほらやっぱり。


「大師匠様にもその判断は正しかったとお墨付きなんですよ」

「……だからって、どうして助けた」

「えっ?」


 師匠の発言に思わず聞き返してしまう。助けたって子ども師匠のことだよね? 理由? 師匠だから以外にあるの?

 師匠の表情は怒りに変わっていた。


「お前は俺を恨む権利があるのに! なのになぜ助けた!」


 師匠の怒りに圧倒される。

 だけど師匠はそんな私の状況を知らずかそのまま話し続ける。


「俺があの時、王宮に帰ってきてたらお前の異母兄も手が出しにくかっただろうな」

「ししょ──」

「本当なら毒で苦しんで死ぬこともなかった。守るって言ったのに怠ったせいで、お前は死んだ。だから見つけても野垂れ死にさせてもよかったのに……助けるなんて何考えてるんだ!!」


 ピリピリッと師匠の怒声が響き渡る。

 師匠が怒っている。それも、今までで一番。

 こんな感情的に怒る師匠は初めて見た。それはわかるけど──怒っているのに関わらず、師匠の顔は。

 手が、指が勝手に動いて立ち上がっていた。


「お前の不安にも気づかなくて……。……憎まれても、殺されても当然のことを俺はしたのに。なのにお前は――」

「──師匠!」


 無礼だけど師匠の頬におずおずと指で触れる。

 私が触れるとぴくりっとして硬直した。


「……師匠、泣いているの?」


 師匠の頬には涙の線が流れていた。

 師匠の涙なんて初めて見たけど美しいなと場違いにも思った。

 そして師匠が硬直している隙に今度は私が話し出す。


「師匠、私は師匠を恨んだり、憎んだことなんて一度もないよ」


 シルヴィアとしてではなく、レラとして師匠に語りかける。

 だって、師匠のことが好きなのに。

 その一言を言えたらどれだけいいかと思いながら抑える。

 私の面倒を見てくれていたのに。父王の死後も私を心配して残ってくれた師匠を感謝こそしても、恨むはずがない。


「師匠がアイザック様…異母兄おにい様の仲間ではないのは知ってます。私の死後、異母兄おにい様の嘆願を振りきったことも。ずっと私を守ってくれてたのに、どうして恨むことができるんですか?」


 アイザックは私の異母兄で父王の後に継いだ一番上の兄で、私を一番疎んでいた人だ。

 異母兄妹たちは私が兄や姉と呼ぶのを嫌がっていたので、名前で呼んでいたのをついでに思い出す。


「……俺が離れている間にお前は死んだだろう。転移をしていればお前は助かっていたかもしれないのに」

「心配かけまいと意固地になった私の責任です。師匠は悪くありません」

「だが──」


 なおも自分が悪いと言う師匠の言葉を遮って私は話す。


「──死ぬ時、一つだけ心残りがありました。それが師匠でした」

「……俺……?」


 なぜという言葉が顔にはっきりと描かれている。今日は師匠の色んな顔を見てるなって思う。


「はい、師匠にはたくさん恩がありましたから」


 三百年前、言えなかった言葉を三百年越しに紡いでいく。


「師匠は私に魔法を、親愛を、喜びを、一緒にいる楽しさを、幸せを教えてくれました。側にいてくれるだけで嬉しかったんです。なのに何も言えずに死んでしまうことがずっと心残りでした」


 あの時、死の直前に思っていたことを伝えていく。

 母様、老師は勿論、師匠のおかげで十六年しか生きられなかったけど楽しく過ごせた。

 その感謝をずっとずっと伝えたいと思っていた。


「だから師匠を見つけた時、恩返しをしたいと思ったんです。レラの時、恩を受けてたのに返せなかったから」

「レラ……」


 レラの名前で呼ばれて苦笑する。今はシルヴィアなのに。って言っても私もレラとして話していたから、おあいこか。


「今はシルヴィアですよ、師匠」


 言葉を選んでいきながら口にする。


「……どうして私がレラだと知ったんですか?」

「……シルヴィアが行方不明になって、師匠に一時的に力を返してもらおうと会った時に教えてくれてた」


 ああ、やっぱり大師匠様からか。

 大師匠様は私がレラだと伝えた方がいいって感じだったなと思い出す。


「大師匠様から師匠が子どもになった過程を聞きました。…禁忌魔法を使ったことも。…私のことなんか忘れてくれてよかったのに」


 私がそう言うと師匠はまた悲痛な顔をする。


「……忘れられるわけ、ないだろう。約束破られたんだぞ?」


 師匠の声はいつもとは違い、何かを堪えている感じだった。

 だけど、疑問が生じる。


「…約束?」


 私が師匠と約束? うむむむ……思い出してみても約束なんてした覚えはない。全く覚えてない。


「…私、師匠と約束なんてしましたか?」

「……あっ?」


 師匠の鋭い睨みにひぃっ、と悲鳴じみた声が出そうになる。

 睨みはすぐに消え、そのあと溜め息をこぼした。すみません、記憶力悪い弟子で。


「…お前が言ったんだろう。『まだ死なない』と」

「まだ死なない…」


 私がそう言った…あっ。そう言えば母様が亡くなった時に言った気がする。

 師匠が死なないって、言ってくれたから私も同じように返事して…。

 約束のつもりじゃなかったけど、師匠にとっては約束だったんだ。


「離れてしまってもなんだかんだずっと繋がり続けているって思っていた。…なのに帰ってきたらお前は死んでいて、どれだけ悔やんだか」


 そう言うと、ぎゅっと首に下げているものを握り締める。……あれは。


「…どうして、レラのペンダントを持っていたんですか?」


 琥珀色の宝石がついたペンダント。一度しか見ていないけど、三百年前のものにしてはきれいだったなと思っていた。


「…この石はレラの瞳とよく似ていたからな。レラの名前も刻まれていて、この石と名前を見ることでレラを思い出していた」

「────」


 その顔はまるで大切な人を想うような顔をしていて、思わず錯覚してしまいそうだった。

 師匠は子ども嫌いなんだ。だから私みたいな子ども好きなはずないのに、錯覚してしまいそう。

 ダメ、シルヴィア。しっかりして。

 

「と、とりあえず、私は師匠を恨んでいないので気にしないでください。姿も元に戻ったし、これで自由になれますね!」


 早口で捲し立てるようになったが仕方ない。許してほしい。


「…本当に、恨んでないのか?」

「恨んでませんよ」


 だからあとは自由に過ごしてください。

 あと三年と思っていたけど、諦めよう。再会できただけでも奇跡だし。今度こそは文通くらいはしたいけど。

 そう思っていたら爆弾発言が飛んできた。


「──なら、シルヴィアの隣を望んでもいいか?」

「……えっ?」


 師匠の口から意味不明な言葉が聞こえ、思わず師匠の顔をガン見してしまう。なんて?


「……レラを失って初めて好きだったと気づいたんだ。もう誰も好きになることはないと思っていた。…なのに、気づけばシルヴィアの明るいその笑顔に惹かれていた」


 ポツリと語り出していくけど…。……んんっ?


「レラのこと忘れられないまま他の奴に惹かれていくことに戸惑っていた。……まさか同一人物だなんて思わなかったよ」


 そして、師匠は立っている私をベッドに座らせて跪いて再び話し出す。


「好きだ、シルヴィア。好きなんだ。もう二度と失いたくないんだ。側にいたいと願ってもいいか?」


 普段の硬質な声とは違い、後悔が含まれているような、願うように、祈るように、懇願するような声で告げてくる師匠。

 しかし、待って。今、なんと?

 レラが好きだった? シルヴィアが好きだ? 側にいたい?

 ……疲れて途中で夢を見ているのかもしれないと思って自分の頬をつねる。痛い、現実だ。


「…何してるんだ?」

「…ゆめひゃかとおもひまひて(夢かと思いまして)」


 呆れた目を向けていたのに私のその言葉に目が鋭くなった。ひぃっ! 魔法も使ってないのに冷気が感じるんですが!?


「……冗談だと思われたのか。随分とバカにされたものだ」

「わ、私は子どもの頃からずっと師匠のこと好きでしたけど師匠が私なんかを好きになるなんて思うわけないでしょう!? 子どもが嫌いなくせに!!」


 レラの時、ずっと私を子ども扱いしていた師匠がまさか私を好きだと思うまい。まぁ、私が師匠の後ろをついて歩いていたからね。そこまでポジティブ思考ではない。

 それに、好きだった人が実は相手も自分を好きでした、なんてそんな簡単に信じられない。


 すると師匠がきょとんとした顔を見せてくる。珍しいけどさっきの壮絶な睨みに未だ心臓がバクバクだ。


「…何を言うかと思えば。もう子どもじゃないだろう?」


 ふっ、と口角をあげて言うと、大切なものに触れるように優しく私の髪に触れてくる。


「小さかったのにいつの間に可憐になって、明るさと溌剌さは失わずに、美しくなって、魅力的になったな」


 そして私の髪に手を通して妖艶な笑みを浮かべて──なんと髪に口付けをしてきた。ちょ…! 違う意味で心臓がバクバクする…!!

 

「…なぁ、シルヴィアも俺を好いてくれていると思っていいんだな?」

「……へっ?」


 師匠の爆弾発言第二弾に変な声を出した。


「? なんだ、今自分で言っただろう?」


 師匠の言葉に自分が言ったのを思い出す。


『わ、私は子どもの頃からずっと師匠のこと好きでしたけど──』


 さぁぁぁ…と顔が青くなる。なんてこと。言うはずなかったのに自分で墓穴を掘った。隠れたい。


「……もう一度、言ってくれないか?」

「…へっ?」


 柔らかい声音で師匠が頼んでくる。もう一度ですと? 

 師匠を凝視してしまう。


「誰だって口走っての告白よりちゃんと言ってほしいのは当然だろう?」


 嫌だ。恥ずかしい。断りたい。なのに頼み込んでくるのはズルいと思う。


「レラのことだ。何もなかったら黙ったままシルヴィアとして接するはずだったんだろう? 師に対しておくびにも出さずにな。騙されてたからな、これくらいいいだろう?」


 畳み掛けて言ってくるのはよくないと思う。なんか意地悪を含んでませんか?

 だけど、騙していたのは事実で。

 …師匠が私に頼み込んでくることなんてなかった。……口走ってしまったのは仕方ない。よし、やっちゃえー! シルヴィアー!!


「わ、私も師匠が好きです! ──わぁっ!?」


 大声で師匠に告白した瞬間、私は師匠に抱き締められたのだった。


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