第25話 本音は

 ひっぐ、ひっぐ、と誰かが泣いている声が聞こえる。

 誰が泣いているんだろう、と思い、泣いている人を探して目に捉えてあぁ、となった。

 その人物はレラで、隣にはあの人がいたから。


『……師匠は死なない? 遠くに行っても会える? 私を、置いていかない?』


 無言で頭を撫で続けてくれているその人に泣きながらレラが問いかける。

 答えはわかっている。それでもすがるようにその人に問いかけてしまっていた。

 するとその人はいつもの硬質な冷気の含んだ声と違って、優しい声音で安心させるように囁いてくれた。


『──ああ、俺は死なない。レラの側にいる。レラを一人にしないからな』


 そう言われるとひどく安心する。あぁ、この人はきっと守ってくれる、と。

 そして、私も返事する。


『私も……。私もだよ、師匠。私もまだ死なないよ。だから安心してね』


 そう言ってその人に泣きながら返事した。








「……夢か」


 ブリジットとの面会のあと、何もすることがないため目を閉じていたらいつの間にか眠っていたらしい。


「っ……令嬢なのに力強いなぁ」


 ブリジットに叩かれた頬に触れると未だ痛い。あの子は両親に溺愛されて重いものなんて持っていないのに力強いなんて。予想外だった。

 …それだけ怒っていたということなのか。


「…なんで今頃見たんだろう」


 レラの時の夢だなんて、懐かしいのを見た。


「…師匠」


 シルヴィアとして、師匠たちと一緒に住んでいた時間は短かったけど、楽しい日々だった。

 一緒に食事をして、片付けをし、買い物をして、魔法の指導をしてもらって、冒険者になって依頼をこなして。


 師匠と一緒に冒険者をするのは予想外だったけど、三百年ぶりに師匠とお話しするのは楽しくて。

 やっぱりレラの時から信頼して慕っていたからか、安心して。

 それなのに、私は。


「…嘘、ついちゃった」


 それなのに、私は師匠に嘘をついてしまった。


『ここは私の家なんだから帰ってくるのは当然だよ。そりゃあ、依頼によっては数日家を空けることもあるよ。でも、何があってもここに帰ってくるよ。だって、私の家なんだから!』


 あんな堂々と宣言したのに約束破って今は投獄されているし。間抜けにも程があると思う。


 師匠がレラの死に責任を感じていて、突然人がいなくなることに抵抗感があるから約束したのに。

 ちゃんと帰ってくるよ、と安心させたかったから約束したのに。

 約束通りに帰ってこなくてどう思っているだろう。

 きっと不機嫌に違いない。あの人は約束破られるのが嫌いだからだ。


「……」


 再び目を瞑って横になると少し楽になった気がする。

 脳裏に師匠の姿が浮かんでくる。


 レラの頃の夢を見たせいか、レラの時だった頃、師匠と出会った頃を思い出す。

 はじめ、師匠にくっついたのはレラ──私と同じ仲間だったからだ。

 母様に老師は私をかわいがり、慈しんでくれたけど、命の終わりが必ず近いうちに訪れる。

 それは私を大切にする父王も同じで、最後は私を置いて死んでしまう。

 私を疎む異母兄妹に王妃たちも、みんなみんな私を置いていってしまった後も、私は数百年間ずっと一人生き続けることになる。

 母様はそんな私の運命を悲しんでできるだけ側にいてくれた。


『ごめんね、レラ。ごめんね、貴女を置いて逝くことになって』


 だからか、生きている間は私を寂しくさせないようにしてくれた。

 王女ということもあるけど、愛し子であるがゆえ、他の王族のように外出もできず、厳重に警備されている不自由な私に母様はお菓子や本、楽器に仔犬といった色々な物をくれた。


 そして、そんな不自由な私を不憫に思った老師が大師匠様にお願いした。

 私が孤独なまま、国を守る守護者にならないように。


 それがきっかけで、私は師匠と初めて出会った。

 大師匠様から私より少し年上で、私と同じ魔力マナの愛し子と紹介されて、興味を持った。

 あとから知ったけど、それは親近感だった。

 私以外に身の周りに魔力マナの愛し子がいなかったから。

 私と同じで長い寿命を持つ人。私と同じで人々に置いていかれて孤独になりやすい人。

 だから師匠の後ろをついていくようになった。

 私を孤独から救ってくれる人と、勝手に思って。

 子どもが嫌い、と言う師匠を大師匠様が説得して、私も根気強く粘ったことで師匠の弟子になった。

 

 はじめは大師匠様の命令で嫌々渋々の顔で指導してたけど、教えるからにはちゃんと教えてくれた。

 膨大な魔力を操るのに苦戦したら細かく説明してくれて、成功したら口許を僅かにあげてくれて。

 気づけば師匠、師匠と「同じ仲間」としてではなく、「ディートハルト・リゼルクという人間」を慕うようになった。


 師匠の方もはじめはうっとおしがっていたけど、いつの間にか側にいてもそんな顔をしなくなり、気づけば師匠の隣にいるのが日常になっていった。

 無愛想だけど、懐に入れた人にはなんだかんだ優しくて、最後までレラを見守り、側にいてくれた。

 だから師匠に何も告げずに死んでしまうことに思うとこがあって。

 帰ってきたら私が死んでいた、なんて知ったらどう思うだろうと感じた。

 それが唯一の心残りだった。


 だからこそ三百年後、シルヴィアとして転生して子ども姿の師匠と再会した時は驚いた。

 レラの姿ではなくて、レラ・セーラの記憶があると名乗れなくても、昔のように師匠と一緒にいられるのが嬉しかった。

 ランヴァルド様の罰で子どもの姿でいる残り三年間の間だけでも、恐らくなにかと不自由であろう師匠の側にいて恩返しをしたかった。少しくらい役に立ちたかった。


「そう、これは恩返し」


 ゆっくりと目を開いて天井を見る。

 さっき見た夢を思い出す。

 あの夢は、私が十四歳の時のものだ。

 老師はそれ以前に亡くなり、そして十四歳で母様を亡くして私は小さな子どものように泣きじゃくっていた。

 異母兄妹たちの嫌がらせには慣れていたけど、大切な人が亡くなるのはどうしても慣れなくて。

 だから師匠に泣きながら尋ねてしまった。


『……師匠は、死なない? 遠くに行っても会える? 私を、置いていかない?』


 無言で頭を撫でてくれている師匠に私が泣きながらそう尋ねると、師匠は雰囲気を柔らかくして、口角を少しあげて安心させるように囁いてくれた。


『──ああ、俺は死なない。レラの側にいる。レラを、一人にはさせないからな』

 

 泣いている弟子に対してさすがの師匠も離れるとは言わず、そう言ってくれた。

 その言葉にひどく安心した。

 よかった、この人は私を一人にしない。

 そう思うだけで心がじんわりと不思議と温かくなって、辛いことも悲しいことも、苦しいことも頑張れた。


 私にとって、師匠はかけがえのない存在で、ずっとずっと前から特別な人で──。


「師匠…待っていてくれますか?」


 この気持ちを伝えるつもりはない。正体を伝えるつもりがないから。師匠にはもうレラに囚われずに生きてほしいから。

 それでもランヴァルド様から頂いた大義名分を利用して残りの三年は師匠の近くにいたい。


 師匠は約束を破られるのが嫌いな人だから、急にいなくなったので怒っているかもしれない。

 師匠の説教を甘んじて受けよう。だから不出来な弟子を許してほしい。

 あと三年、師匠と過ごせたら私はきっと、満足できるから。


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