第20話 暗雲

 大師匠様の元から帰ってきて早くてもう一週間。

 ここ数日は一日で終えることができる依頼を中心に引き受けていたけど、今日は数日かかる依頼を引き受けようと思う。

 ちなみに今日は師匠はいない。数日かかる依頼だからだ。

 数日かかる依頼は馬車代や宿代などで出費が多い。そのため、今日は一人で来た。


 時間がかかる依頼ほどお金がいい。この前の大師匠様に会いに行くのにそこそこ出費をしたからお金を貯めていきたいのだ。

 大師匠様からお金を貰っても、それに甘えず自分でもお金を稼がないと! 大師匠様のお金は万が一用だ。

 というわけで、ギルドにやって来た。


「あ、シルヴィア」

「いらっしゃい、シルヴィアさん」

「イヴリン、シシィさん。依頼を紹介してくれませんか?」


 イヴリンとシシィさんに尋ねてみる。今は午前中の中でもすいている時間らしい。冒険者に依頼人も少ない。


「いいよ」

「どんなのを引き受けたいの?」

「数日かかるものでお金がいいやつです!」

「お金がいいものね。少し待ってね」


 そう言うとシシィさんが依頼の中でも報酬金が高いものを調べてくれて、イヴリンが近づいてくる。


「今日は一人?」

「そうなの。数日かかる依頼は宿代とかでお金がかかるでしょう? 節約したくて今日は一人で来たんだ」

「なるほど」


 説明するとイヴリンは納得してくれたようで、シシィさんを待っている間、世間話をしていく。


「なんか最近、やる気に満ちてるね」

「そうかな? いつも通りのつもりなんだけど」

「うーんとね、なんて言うか悩みごとが消えたみたいな感じだよね」

「悩みごとかー…」


 確かに悩みごとは解決した。

 いや、解決はしていない。だけど、師匠が子どもの姿になった理由は判明した。

 そして、私の手では解決できないと知った。

 だから今できるのは住まいと食事を提供して見守るしかない。


「まぁ、消えたと言えば消えたなぁ」

「一ヶ月くらいシルヴィアどっか行ってたもんね。それのおかげ?」

「そうだね」


 イヴリンにははっきりと言うことはできないけど肯定しておく。

 ディーン君こと師匠が実は元魔力マナの愛し子で、自分は前世の記憶を持っていて師匠とは知り合いで…なんて言えないからしょうがないけど。


「シルヴィアさん、これは? どうかしら」

「…ダンジョンの魔法鉱石採掘ですか?」


 シシィさんが見せてくれたのは王都から北へ三日ほどかかる隣国との国境線近くのダンジョンの中にある魔法鉱石採掘の依頼だった。

 ダンジョンはキエフ王国に十数ヵ所存在していて、唯一魔法鉱石が採れる土地である。

 魔法鉱石は、魔力がこもった鉱石で魔法が付与されていたり、魔法を即座に使う時などに便利で、それらを加工して作られた魔道具は王家に貴族や魔導師、一部の冒険者たちなどが利用している。

 今回の依頼主はその魔道具を作る北部に住む魔道具職人たちで、魔法鉱石を採りに行ってほしいとのこと。


「色んな冒険者に紹介してるんだけど、ほらダンジョンにはモンスターが大量にいるでしょう? シルヴィアさんも鉱石集めと一緒にモンスターの討伐お願いしてくれないかしら?」

「ああ…なるほど」


 ダンジョンの中には便利な魔法鉱石が眠っている。だけど、同時にモンスターも大量に潜んでいる。

 魔道具職人は道具を作る力はあってもモンスターを倒す力はない。そのため、冒険者に魔法鉱石の採掘を依頼するのが普通だ。

 他の冒険者にも依頼はしているけど、きっと依頼主の職人たちが大量に魔法鉱石を求めているんだろう。それで私にも紹介してきたのか。

 確かに依頼が達成されるまで時間がかかる。しかし、その分報酬金は高い。うーん、迷うなぁ。


「採れた鉱石はそのまま北部の職人たちに渡せばいいんですか?」

「そうね。鉱石の量と種類、大きさによって報酬金は変化するみたいね」

「そうですか」

 

 往復だけで六日。滞在して採掘したら十日くらいかかるのか。

 でも師匠には数日かかる依頼に行ってくるって言ってたから大丈夫だろう。


「じゃあ、これを引き受けます」

「了解。受理の書類作るわね」


 シシィさんが奥に行く。

 師匠には家に一度戻って一言告げておこう。




 ***




 師匠には十日くらい家を空けると言って五日。

 私はダンジョンに来ていて、魔法鉱石の採掘に励んでいた。


「これもだね」


 カキンッ、とダンジョン内に鉱石を採る音が反響する。

 魔法鉱石は様々な色があり、その色ごとに能力なども変化するらしい。

 まぁ私は魔道具を持っていないので話を聞いただけでしかわからないが。

 なんせ王家や貴族、魔導師たちが主に使う。

 つまり、おわかりだろう。魔道具は高い。平民の私には無縁なものである。

 別にないと不便、ってわけじゃないから構わないけど。


 モンスターが出てきたら倒して、その後は周囲に結界を張って鉱石を採っていく。

 地味な作業だけど、モンスターが多いため油断はできない。


「これくらいかな」


 麻袋の中身を見ると上まで魔法鉱石がある。

 簡易型の時計で時間を確認する。もう夜といわれる時間帯に近く、外も薄暗くなってきている。今日はここぐらいが頃合いだろう。


 単独で来ていることもあり、ダンジョン深部には入らず、比較的入り口に近いところで採掘していた。

 まぁ入り口は質が上質とはいえないが、それでもそこそこ採れるためいいやと納得する。

 この魔法鉱石が入った袋を魔道具職人たちに渡したら今日は終わりだ。夕食を摂って宿で寝よう。

 そうと決めたらダンジョンから出て魔道具職人たちの元へ歩き出す。

 ここにいるのもあと二日。その後は三日馬車に揺られて王都へ帰る。


「お腹減ったなー…」


 働いたらやっぱりお腹が減る。宿にある食堂で何か食べようっと。

 今日の仕事が終わったと感じると足取りが妙に軽くなる。


「すみませーん。魔法鉱石を持ってきました」

「おおっ、ありがとう。お嬢ちゃん」


 魔道具職人の一人に声をかけて麻袋を渡す。

 麻袋を預かり、奥で漁っているので、椅子に座って待つ。

 工房は暖かくカキンッカキンッ、と石を割る音に火がボゥボゥ燃える音、人が話す声が響く。


 ダンジョンに入る依頼はあまり引き受けたことないため、物珍しく感じてしまう。


「珍しいかい?」

「! あ、はい。ダンジョンにはあまり入らないので…」


 職人であるおじさんが声をかけてくる。休憩中なのか、汗を拭きながら話しかけてくる。


「そうか。お疲れ様、大変だったか?」

「いえ、私は入り口近くばかり採掘していたので、モンスターはそこまで出くわさなかったです」

「そうかそうか。お嬢さんも冒険者しているのなら一つくらい魔道具を持っていてもいいかもしれない。例えばこれとか」

「これは?」


 見せてきたのは小さく指輪に加工された魔法鉱石。石は明るい赤色だ。


「貴族のご夫人やご令嬢、女性の魔導師に需要がある品物だ。この赤い石は防御魔法が付与されている。詠唱せずとも、自身の魔力を少し注ぐだけで発動する代物だ」

「へぇ、便利ですね」

「使える回数が決まっているが、優れものだ」


 見た目は指輪なのに防御魔法がついているとは。確かに女性に人気だろう。


「今は買えないですけど、考えておきますね」

「ああ」

「お嬢ちゃん、終わったよー! はい、報酬金」

「ありがとうございます」


 奥に行ってた職人さんが戻ってきてお金をくれる。あ、昨日より少し多い。よかった。


「明日も来るのかい?」

「明後日までいますよ。明日も来るのでよろしくお願いします」

「あいよ。また明日な」

「はい、また明日」


 そして職人さん二人に挨拶をして工房を出た。


「よし、今日はちょっと多めに貰ったしおいしいの食べよう!」


 食堂でデザートを頼むのもいいかもしれない。今から楽しみだ。

 鼻歌を小さく歌いながら歩いていく。


「あの…」

「? どうかしましたか?」


 声をかけられて振り向くと、若い女性が立っていた。


「あの…人を探しているんですけど」

「人、ですか?」

「はい」


 人探し。残念ながら私はこの町の人間ではないため戦力外通告だ。


「すみません、私はこの町の──」

「名前は、シルヴィア・エレインさんというのですが」

「へっ?」


 思わず変な声が出る。まさか私の名前が出るとは誰が思う?


「光魔法に優れているはずなんです。弟が怪我をして、治して頂きたいんです。この近くにいると聞いて…」

「ああ…」


 なんだ、そんなことか。

 王都にいたらたまに応急措置をしてほしいと声をかけられることがあった。


「私ですよ。シルヴィア・エレインと言います」


 だから正直に名前を告げると、女性が笑った。


「──よかった。皆さん、この人ですよ」

「えっ?」


 するといきなり後ろから押さえつけられて鼻には白い布を押し付けられた。


「ちょ…っ……」


 突然のことで思わず吸ってしまい、意識がぐらつく。

 眠い。寝たらダメなのに意識が……。

 そして私は睡魔に抵抗できず意識を落とした。


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