第6話 師匠

 町に戻ってお医者さんに診てもらったら、過労だと診察された。

 過労…こんな小さい子が過労なんて…。

 一応、パウルさんたちとギルドに戻って男の子のことを伝えた。


「外傷はないから大丈夫ですよ」

「それはよかったです…」


 パウルさんたちは子どもがいるから帰ってもらって私が男の子に付き添った。


「……」


 静かに眠る男の子。……本当、師匠にそっくり。

 師匠本人と言われてもおかしくないくらいだ。

 …だけど冷静に考えると、仮に師匠としたらあの子ども姿はどう説明したらいいかわからない。

 師匠は初めて会った時から既に青年で、私が死ぬ前まで姿は一切変わっていなかった。

 三百年経ったとしても老けるのなら納得するけど、若返るのはどういうこと?

 そう考えると師匠そっくりのお子さん?と考えるのが妥当だけど、それならどうして森の奥に倒れていたんだろう。師匠が助けに来ないの?

 師匠は基本冷たい人だけど、懐に入れた人にはなんだかんだ優しい人だ。

 他人だった弟子の私にも優しかったから、きっと血の繋がった息子は当然優しいはずなのに。

 ……それとも、亡くなったの?


 猛毒にあっけなく死んでしまった元魔力マナの愛し子の私がいるから、何か大きな怪我でもして亡くなっていてもおかしくない。

 だけど警戒心の強い師匠が死ぬのかな、って思ってしまう。


「…はぁ」


 溜め息を吐くと私の膝に乗っていた白猫がニャッと鳴く。顎を撫でるとゴロゴロ鳴いて気持ち良さそうに目を細める。


「お前も心配?」


 当然猫なので返事はない。

 考えてもわからない。この男の子に名前を聞いて直接確認する方が楽だ。


「ただねぇ、気になることがあるんですよね」

「気になることですか?」


 三十代半ばのお医者さんが診察書を見てうーん、と言っている。


「実は、魔力があまり感じられなくて」

「魔力が?」


 魔力は人間なら誰でも多かれ少なかれ持っていて、枯渇していると生命の危機になることもある。


「大袈裟かもしれませんが、子どもが持つ魔力にしては少ないんですよね。勿論、モンスターがいる森の奥で見つかったと聞くので、魔法を使ったせいで魔力が減っている可能性はあるのですが、それにしても少ない気がして…」

「……そう、ですか」


 この子に何があったのだろうか。

 頭を触れる。髪がサラサラとしている。


「……んっ?」


 男の子が首に何かかけている。なんだろう。

 何か男の子の身元の手がかりになるかもしれない、そう思って見えるように手を伸ばしてみると──。


「──えっ?」


 それはダイヤ型の琥珀色の石がついたペンダントだった。

 思わず、裏を見てしまった。


「なんで」


 裏にはレラ・セーラの所持品の証である名前が刻まれていた。

 このペンダントは知っている。元は私──レラの物だから。


 あれは十四歳の頃。

 隣国の使節団が父王に超一流の献上品をたくさん持ってきた。

 愛し子を保有するセーラ王国と友好的にいたいという意味の使節団だった。

 その使節団との応対に父王と自国の王女で愛し子の私も一緒に連れられてその場にいた。


 そこで目についたのは美しい琥珀色の石がダイヤの形になっていたペンダントだった。

 シンプルで私と母様と同じ瞳の色で、きれいだなと思った。

 それを目敏く気づいた父王が特別に私に与えてくれたのだ。


 私の名前のレラを刻み、時折つけては大切に保管していた。


「なんで…それを…」


 どうしてレラの物をこの子が…?

 今すぐ起こして問い質したい。でも我慢して見守る。


「……君は誰なの?」


 ぼそりと呟くも返事はなく、私の声は静寂な空間に消えた。




 ***




「ええっと、シルヴィアさん? 君にお客さん」

「私ですか?」


 男の子の側で寝て、翌朝。

 男の子は未だに寝たままで見つめていたらお医者さんに声をかけられた。


「騎士団からだって」

「ああ…」


 騎士団か。たぶんこの男の子のことだろう。

 病室から出て廊下に出ると騎士と目が合い、会釈する。


「初めまして、私は王都勤務の騎士のニコル・ウォルフです」

「初めまして、冒険者のシルヴィア・エレインです」


 お互いに自己紹介する。

 ニコルさんは二十代前半くらいの騎士に見える。


「冒険者? 君が?」

「はい、一応シルバーです」

「……もしかして、火と雷と光の使い手の?」

「? はい」


 ニコルさんに返事するけどなんだろう。


「なるほど。女性の冒険者の中で珍しい三属性、しかも光の使い手がいるって聞いたことあるけど君か。女性で冒険者って珍しいね」

「あははは……、そうですね」


 ニコルさんの言葉に苦笑いを浮かべる。ニコルさんの言うとおり、女性で冒険者はそう多くない。確かに珍しいだろう。


「そんなに魔力が多くて才能があるのなら王宮魔導師にだってなれるのに。三属性なのだから」

「私は……その、他国から来た人間なので」


 言いにくいが、正直に言う。

 それに、自由に活動できる冒険者は楽しい。もしかしたら、縛られずに働くのが合うのかもしれない。

 ニコルさんが驚いた顔をするも、それ以上は触れずに次の話へ移動する。


「そうか…。よし、では昨日保護したという少年のことについて尋ねてもいいかな? 一応、薬師夫婦にも尋ねたけど、もう一度確認をしたくて」

「はい、わかりました」


 そして昨日の出来事を話していく。

 依頼としてパウルさんたちの薬草採取の護衛をしていたこと、その途中で男の子を見つけて保護したこと。男の子が怪我していたから治したこと。


「うん…、ありがとう。少年の身元がわかるものはなかったかい?」

「いえ…ありませんでした」

「そうか…。じゃちょっと様子を見てくるよ」

「あ、あの! 私も…見てもいいですか?」

「君も?」


 ニコルさんが不思議そうに声を出す。


「その…心配で。十歳くらいの子があんな森の奥で倒れていたから気になって…」

「あぁ、確かにそうだね。いいよ」

「ありがとうございます!」


 ニコルさんと一緒に再び病室に入る。


「あ、起きたかい?」

「え」


 後ろから見ると男の子はベッドから起き上がり、周りを見渡していた。


「……ここは」


 私の知っている師匠より声は高いものの、声が似ている。

 珍しい、美しい青紫の瞳が警戒しながらこちらを見る。


「ここは病室だよ。私はニコル・ウォルフと言って騎士だよ。こちらの彼女は君を保護してくれた女性だ。君の名前は?」


 ごくっ、と息を飲む。名前。この子の、名前。


「……ディートハルト」


 ──どうして。

 その名前は、師匠の名前。


 ディートハルト。レラの名前が刻まれた琥珀色のペンダント。黒髪に珍しい青紫の瞳。

 どうして、レラの師匠で魔力マナの愛し子のディートハルト・リゼルクがここにいるの?

 呆然とする私を置いてニコルさんはディートハルト──師匠に近づく。


「お父さんとお母さんは?」

「……いない」

「そうか…。…どこから来たのかな?」

「……あっちこっち転々としてる」

「…そっか。年は?」

「……十」


 淡々と答えていく。

 聞いていると苦しくなる。

 いつから子どもの姿に? あっちこっち転々としているって、その姿で?

 聞きたいことがたくさんある。


「どうしてあそこで倒れていたのかな?」


 ニコルさんが優しい声音で尋ねる。


「……あそこは…わからない」


 口をつぐんだ。あ、あれは嘘だな。だって目線が左に向いたから。師匠が嘘をつく癖である。三百年経っても癖は同じのようだ。


「……記憶喪失かな。覚えていないのはそれだけ?」


 ニコルさんが尋ねるとこくりと頷く。


「モンスターに襲われたショックかな…。どうする? このままだと騎士団で保護した後、君を孤児院に行かすことになるけど…」

「子どもは嫌いだ」

「えっ?」


 しーしょーうっ!! 貴方今子どもでーす!!

 師匠は子どもが嫌いだ。だから初めは私の師も嫌がっていた。

 大師匠様の命令+私の図太い突撃作戦でやっと師匠が折れた。

 どうやら師匠は年齢三百歳越えでも子どもが苦手らしい。すごいよ、七歳の私。師匠を屈服させるなんて。

 

 やべっ、という顔をする師匠。よし、元弟子がお手伝いします!


「それなら私のところに来る?」

「えっ?」

「……あ゛?」


 前の声はニコルさんで後ろの声は師匠。え、なんで機嫌悪いの? えーい! 師匠の弟子歴九年の私をなめるな!


「お父さんにお母さんもいない。だけど孤児院は嫌なんでしょう? ならお姉さんが面倒見てあげようか? 心配だもの」


 だからそんな警戒しないでください、師匠。


「でもエレインさん。よろしいんですか?」

「構いませんよ。どうする?」


 正直、どうして師匠が子ども化になっているのかわからない。

 呪いならそれを解く手助けをしたい。だから同居しましょう、師匠。

 するとゆっくりとこくんと頷いた。やった!!


「…お願い、してもいいですか」


 無愛想ながらも下手に出てお願いしてくる。やだ、かわいい!


「勿論! よろしくね!」

「……エレインさんがいいのなら構いませんよ。それではよろしくお願いします」

「勿論です、ニコルさん」


 そして、元弟子シルヴィア師匠ディートハルトの同居生活が幕をあげた。


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