第2話 婚約破棄

 それは突然でいきなり後ろから突き飛ばされて、顔を上げた瞬間に頭から飲料水をかけられた。


「……これは、何事ですか?」


 突然の仕打ちに苛立ちながらも必死に抑えて婚約者に問いかける。高いヒールを履いていたから突き飛ばされて足が痛い。私の味方の最後の侍女がどうにか用意してくれたドレスには色がついた。せっかく用意してくれたのに申し訳ない。

 目の前にいる、私に飲料水をかけた婚約者は腹立つ笑顔を浮かべている。


「ふん、お似合いだな、シルヴィア。──私、クリスタ王国第一王子、フランツ・クリスタはシルヴィア・アーネットとの婚約を破棄し、ブリジット・アーネットと婚約することをここに宣言するっ!!」


 大声で宣言するのは私の婚約者の第一王子。

 …何を言っているの?


「…理由を、お尋ねしても?」

「ふん、とぼけるのか? ブリジットが全て教えてくれた。彼女のドレスや宝石を奪い、男爵の娘と罵倒する。歩み寄ろうとする妹への数々の暴言、少し魔力が多いからとひけらかす性悪女がっ!」

「……はっ?」


 はっ? なんのこと?

 ドレスに宝石を奪われた? 罵倒に暴言? …それ、全部そこにいるブリジットがしているんだけど。

 そもそも、もしそれが本当なら、なんでそんなに宝石つけているか疑問に持たないの?


 ブリジットは最先端のドレスを着ていて、髪飾りは勿論、大きな宝石がついた耳飾りにネックレス、ブレスレットをつけている。

 一方の私は第一王子の婚約者だというのに、一つ前流行りだったドレスを着て飾りは何一つつけていない。それなのに私が奪った? 王子の目はどうなっているんだろう。


 ──そもそもこの婚約は王家から来て、国王陛下が私を望んで婚約したのに、勝手に婚約破棄していいのだろうか。


 私、シルヴィア・エレイン・アーネットはクリスタ王国、アーネット公爵家の長女として生まれた。ちなみに十六歳だ。

 婚約者であるフランツ王子と婚約したのは八歳で、王家の強い要望だった。

 その理由は、私の魔力量だ。


 この世界には「魔法」があり、その魔法を使うのに魔力が必要だ。

 「火」「水」「風」「土」「雷」「光」「闇」の七つの属性があり、殆どの人は一つの属性しか使えない。

 二つ以上使える人は少なく、二つ使えたら王宮魔導師の中でも将来を約束され、三つ使えたら筆頭魔導師になれる。

 特に七つの属性の中でも、「光」と「闇」の術者は少なく、重宝される。


 私はそんな中でも火と雷と光の使い手だった。

 ここまで言ったらわかるだろう、私は同世代の中でも抜き出て魔力が高く、家柄も公爵家ということで見事フランツ王子の婚約者に選ばれた。

 魔力量は必ずではないが、親の魔力量が高いと子どもも高くなりやすい。

 フランツ王子は両親共に二属性の使い手なのにフランツ王子は一つの属性しか使えず、異母弟の第二王子は二属性の使い手で、息子を国王にしたい正妃様が私を推して、陛下が認めて私たちは婚約した。

 次の王族は高い魔力を持つことを望まれての政略結婚であったのは明白であった。


 それをこの王子は貴族が通う魔法学院の卒業パーティーで暴れた。

 しかし、どれも身に覚えがないのを糾弾されるのは気分が悪い。訂正させてもらう。


「私はそんなことしていません」

「はっ! 言い訳か!」


 言い訳じゃねぇ。……おっと、つい口が悪くなってしまった。


「形だけでもこの私がプレゼントしたアクセサリーを投げたのだとブリジットから聞いている! 本当にとんでもない女だ!!」


 いや、それブリジットから「お義姉様には似合いませんから私が貰ってあげます」って言われて奪われたんだけど。

 ブリジットの方を見るとビクッとすごい肩を揺らし、フランツ王子にすがりつく。


「フランツ様ぁ…!!」


 うるうると涙を流しているブリジットを冷めた目で見つめる。

 腹違いの私たちはあまり似ていない。

 私は母譲りの金髪に父譲りの緑色の瞳を持ち、身長も平均並みにある。

 一方のブリジットは継母譲りのストロベリーブロンドと金色の瞳を持ち、小柄で庇護欲を与える子だ。


 私の実母と実父は政略結婚だ。

 私の母が正妻で、そのお母様は私が十歳の時に病死している。

 その葬儀の後にすぐやって来たのが継母と一つ下の義弟のミゲル、そして二つ下の義妹のブリジットだ。

 継母たちを嬉しそうに迎え入れる父を見て、すぐに理解した。


 父はずっと母を裏切り続けていたのだ、と。


 男爵家の令嬢だった継母と父は身分差で結婚が不可能で、隣国の公爵令嬢だった私の母を継母はずっと恨んでいたらしい。

 そしてやっと正妻である母が亡くなったことで後妻として入り込み、私へのいじめが始まった、ということだ。


 蝶よ花よと両親に溺愛されて育ったブリジットは我儘になり、嫌っている私が王妃になることが気に食わず、嘘を言ったということだ。

 フランツ王子も正妃様に甘やかされてプライドが高く、自分より魔法の才能がある私を嫌っていたしきっと意気投合したのだろう。


「ずっと…我慢していました。でも黙ってて王国が酷くなるのはダメだと気付きました…。お義姉様、罪を認めて下さい!!」

「していない罪をどう認めろと?」


 ってかそれなら自分が認めないと、ブリジット。


「──往生際が悪い人です。まったく、こんな人と半分血が繋がっているなんて恥ずかしいです」


 そう私を非難し、忌々しそうに私を見るのは義弟のミゲル・アーネット。ちなみに突き飛ばしてきたのはミゲルだ。


「……ふぅ。殿下、証拠はどこに?」

「ブリジットが言っているのだ。公爵家の使用人の証言もある!」


 それは私の味方はみんな追い出されたからね。今は継母側の使用人しかいない。

 このドレスを用意してくれた味方の侍女も私の魔法学院卒業を期に退職したから、みんなブリジットの味方だ。

 学院を卒業したら王宮で最終の王妃教育に入り、半年後に結婚するはずだったからだ。

 はじめは私の味方の使用人がたくさんいた。私を自分の子どものようにかわいがってくれる人もいた。

 だけどそんな使用人たちに対して継母はいじめて次々に辞めさせていった。

 おかげで公爵令嬢なのに料理・洗濯・掃除・裁縫と全て覚えてしまった。


「その証言は当てになりません。なぜなら公爵邸の使用人はお義母様に媚び売っていますから。それにしてもミゲル、いきなり義姉を突き飛ばすのはどういうこと? 殿下も頭から飲料水かけるなんて何考えているんですか?」

「うるさい! 本当はもっとしたいのをブリジットが止めたんだぞ!!」

「そうですよ。ブリジットに感謝してください」

「まぁ、公衆の面前で暴力振るって我慢? ふふ、ミゲルったら面白いこというのね」


 笑える。これで我慢したって言うの? 全然我慢できてないだろう!って言いたい。


「この!」


 腕を伸ばしてくるミゲルを避ける。


「光よ、集え。今一度、我に害をなす者を閉じ込めよ」


 そして光魔法を唱えてミゲルを金色の光が混じった結界の中に閉じ込める。

 

「おいっ! 開けろシルヴィア!」

「怖くて開けられないわ」

「うるさい! 早く開けろ!」

「なら頑張って開けなさい」


 でもまぁ、ミゲルは魔法の才能があまりないから開けられるだろうか。


「シルヴィア! 生意気な! せっかくブリジットが減罰で許してやろうと言っているのだぞ!」

「あらどんな減罰で?」


 クスリと笑ってしまう。冤罪なのに減罰を与えるから感謝しろというのか。誰が感謝するのだろう。ふざけている。

 そう尋ねるとフランツ王子が声をあげる。


「本当は処刑したいがブリジットの嘆願で平民となり、国外追放で許してやろう!!」


 ざわっ、とざわめきがなった。


「──わかりました、殿下。では私はこれで失礼致します。しかし、私は本当にやっていません」

「見苦しいぞ! さっさと消えろ!!」


 フランツ王子に怒鳴られ会場を出る。……あ、ミゲルの結界解くの忘れてたけどいいか。


 国外追放…上等だ。

 私を毛嫌いする家族、最初から冷たかった婚約者なんかと二度と会いたくない。こっちから出ていってやる。


 ──それに、賢い人はあの現場を見て思うだろう。

 公衆の面前での婚約破棄、飲料水を頭からかけて突き飛ばし、一方的な言い分で平民にし国外追放。

 あまりにも理不尽な処罰にどう思うか。

 ブリジットと王子を怒らせたら私と同じ目に遭う、そう思って距離を置くだろうなぁと呑気に考えながら歩いて帰った。


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