第42話 胃痛デート
そんなわけで、2人を引き連れたまま商業区までやってきた。
職人区ではなく、雑貨などを扱っている商業区だ。
こちらは職人区よりも混雑している印象を受ける。
俺は普段外食か寮での食事ばかりなので自炊はしないが、この商業区では食材なども売っている。調査団に所属していない人や、現地人はここで食材を買っているのだろう。
「貴方は私に、どんな服装をして欲しいんですか?」
「似合う服装であれば何でもいいんじゃないか?」
「葉っぱとか似合うのではないかしら。涼しくていいと思うわよ」
うーん、胃が痛い。俺を挟んで常にバチバチしている。
幸い、ヒナミはレイアの嫌みを全て聞き流していて、相手にしていない。おかげでケンカにはならないのが唯一の救いだろう。というか、ヒナミはまるでレイアがいないかのように振る舞っている。その態度がさらにレイアを苛立たせるのだが。
「じゃあ、とりあえずあの店を見てみるか」
「はぁい」
俺は引きつった笑みを浮かべながら、一番近くの店に入った。
中には、なんとも言えない服が置かれている。下半身がジーパンで上半身が着物のようになっている上下一体型の服といえば分かりやすいだろうか。
「これを着こなすことができれば、立派な異世界人だな…」
俺が店員に聞こえないように囁く。
するとレイアが一番近くにあったその民族衣装を手に取る。
「あら、私たちが転生者であることを忘れているのかしら。立派な異世界生まれ異世界育ちなのよ」
つかつかとそのまま試着室に消えていく。
ヒナミも、気がつくと隣から消えていた。
「着てみたかったのかな」
俺は2人が出てくるまで少し待つ。服の構造的に着るのには少し時間がかかるだろう。
それから、数分待っただろうか。先に出てきたのは、ヒナミだった。
「どうですか?似合います?」
彼女が選んだのは、無難な…いや無難と言うかは分からないが、ミニスカ着物のような者だった。いつも黒いセーラー服でいる彼女が纏う白と水色の衣装はとても新鮮だ。
「似合うと思う」
可愛いと思う。だが俺にはとてもそんなことは言えない。照れくさいから。
「うーん、そうですか」
彼女は、そう言うとカーテンを閉めて引っ込んだ。
続いて、レイアが入った試着室のカーテンが開く。
「どうかしら」
どや顔でポーズを取る幼馴染。
レイアは、俺が最初に見たジーパン着物を着ている、ヒナミとは逆に、黒系のものを選んだようだ。
似合っている可と言われればそんな気もするが、ぶっちゃけ顔面力とスタイルでゴリ押している感じも否めない。
「いいんじゃないか?」
結果、曖昧な返事で誤魔化した。
いいんだ、服を着るのは自分なんだから、自分が気に入ったものを着れば良いのだ。
うんうん、と、したり顔で頷いていると、彼女は不満げに試着室の中に引っ込んでいった。
それから、何度か違う服を試着してきた2人に、俺は感想を言い続けた。
少し経って、2人が元の服装になって戻ってくる。
「どれか気に入った?」
俺が訊ねると、2人とも難しい顔をして頭を捻る。
「紳弥、貴方、デート下手くそ」
「え?」
「ちょっと微妙ですねー。まあ、嫌いじゃないですけど」
さっきまであんなに敵対していた2人が、少し落ち着いた気がする。
すごく釈然としないが、まあ、俺の精神ダメージと引き替えに2人がケンカしなくなるなら、良しとしよう。
「納得いかないけど」
結局、ヒナミは服を買わなかった。これしか服がないというのは、この種類の服しか持っていないという意味で、実は何着も持っているらしい。そう言われてみると、確かに前回別れたときは、変身によって服が破れ、全裸で去っていた。
なら別に服を買いに行く必要はなかったのではないかと思ったが、流石にこれを言うとさらに2人から攻撃されることが明らかだったので、心の中に留める。今度、調査団の皆に愚痴ることにしよう。
§
ところ変わって、俺たちはメーシィの食堂に来ていた。
あのあと、もう少し服やら雑貨などを見たがったレイアだったが、俺は精神的体力が尽きかけていたので、勘弁してもらった。
今日の主賓であるヒナミは、食堂に行こうと言ったところ、予想通り、
「貴方と一緒ならどこへでも行きますよ」
と言ってくれたので、不満げなレイアには悪いが俺の憩いの場へ行かせてもらった。
「今日は見ない顔がいるわね」
何故か鍛冶場ではなく食堂にいるブーギーがヒナミを見て言う。
過去に少なくとも一度は来ているはずだが、ブーギーは普段鍛治場にいるので会えていないはずだ。
ヒナミは転生者だ。武器に頼らずとも、十分強い。武器屋の世話になることはあまりないだろう。
「どうも、ヒナミと申します。幼馴染の彼が、いつも彼がお世話になっているようで…」
「あ、紳弥の幼馴染って1人じゃなかったのね。よろしく、アタシはブーギーよ」
にこやかに握手しているが、俺はヒナミの幼馴染ではない。この場で否定して暴れられても困るし、関係性を説明するのも面倒なので口を出さないことにする。
「………」
本当の幼馴染が抗議の視線を送ってくるが、許してくれ。
「おまたせしました~。イースタリアの実のチーズ焼きです」
ナイスなタイミングでメーシィが料理を持ってくる。
イースタリアの実は、果実ではあるが甘くは無く、焼くとパン生地のようになるものだ。
それにチーズが乗っているということで、簡単に言うとピザ。
最近の俺の一押しであり、皆で食べるにもうってつけの一品である。まあ、一応果実なので、噛むとしょっぱい果汁が出てくるところがピザと違うところだ。ただ、それがうまい。
「初めて見ましたねえ」
ヒナミが珍しそうにしている。
「あれ、結構こっちの世界ではメジャーな果物じゃなかったか?」
それこそこっちで言う桃くらいの知名度はあったと思うが。
「私はあんまり料理を食べないので」
「あ、そうなのか。意外だな」
俺に料理を振る舞ってくれたこともあったので、少し驚く。
「基本的に自分の肉を…」
「ストップ」
咄嗟にヒナミの口を塞いだ。
究極の自給自足をしていたようだが、食事時には聞きたくない。
ただまあ、ヒナミの本当の姿を知ってから少し抵抗は減ったが。いややめよう。例え見た目はイカでもこの発想は危険だ。
「いつまでイチャイチャしてるのよ」
ヒナミの口に当てていた手をレイアに払われる。
「幼馴染を主張する割に、基本的に放置されてますよね。私ばかり沢山構って貰ってすみません」
さっきまでずっと無視するスタンスだったくせに急に煽るな!?
「は?尻ぬぐいされて喜んで良いのは赤ちゃんまでだと思うけど。むしろ恥ずかしいことだと思うわ。私は御免ね」
「じゃあ、私は沢山構って貰いますね。聞きました?あの女のことは無視して構わないみたいですよ」
頼む、こっちに振らないでくれ。
「ああ痛々しい。やり方がいちいち幼稚なのよ。成人しているくせにいつまでも学生服なんて着て幼く振る舞って。ぶりっ子って気持ち悪いわ」
「素直が一番ですよ。そうやって格好付けてるから…」
俺は隣で始まってしまった争いから目を逸らした。
メーシィはおろおろしている。ブーギーはニヤニヤしている。何笑ってんだお前。
「いやー紳弥モテモテね」
「これがモテモテだというのなら、俺はモテなくて良い」
これがエスカレートすると、ここで転生者同士の超次元バトルが始まるわけだが、君らは大事な店が壊れてもいいのか?
「ま、ケンカするほど仲が良いとも言うし。紳弥が変に干渉しなければ、次第に落ち着くわよ」
「それならいいんだが」
助言に従って、俺は食事に専念することにした。
うん、うまいうまい。
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