第7話 全知

本部ということでやってきたのは、沢山の人が書類仕事をしているところだった。

少しでも雰囲気を良くしようというのか、円形状の部屋の中心は吹き抜けになっており、大きな木が生えていた。


「パソコンとか…ないんですね」


「ん?あぁ、電気だけはないんだ、この世界」


「手作業だと、なんだか事務仕事も大変そうです」


「まぁな」


そんな話をしながら樋口さんと俺は部屋の中心に向かっていく。

彼は部屋の中央で足を止めた。


「連れてきたぞー」


彼が声をかける。

どこにいるのだろうか、トップらしき人を探すものの見つからない。


「やぁ、随分と早いじゃないか。怪我の具合の報告から、あと数カ月後になるかと思っていたよ」


部屋の中央に生えていた木に突然顔が現れ、喋りだした。


「うぉお!?」


あまりに驚いた俺は思わず声を出してしまった。

どっかの吸い込みアクションゲームのボスで見たような見た目の木だった。


「ははは、良いリアクションだね、新人くん」


木は楽しそうに笑い、枝葉がゆさゆさと揺れていた。


「僕はハルキ。向こうの世界だと有名人だと思ってたんだけど、違ったかな?」


ハルキ…って言ったら…。


「私はこっちの世界で生きているってメモを書いたハルキか!?」


「はは、作家として有名なんじゃなくて、そっちで有名なのか…」


何故か少しガックリとした様子でハルキと名乗った木は言った。

彼が言っていることが正しければ、最初に異世界のことを知らせた人物だと…いや人物…?だと言える。


「調査団の司令が転生者でビックリしたか?」


樋口さんがそう言うが、考えてみれば確かにそうだ。調査団は元の世界から送られてきた人間によって結成されたはずの組織で、転生者が所属しているはずはない。


「確かに、どうして転生者が調査団の司令に?」


「それは僕の能力が関係しているのさ!」


訊ねる俺に得意げにハルキは話す。

そうか、転生者は皆、特殊な能力を持つとヒナミが言っていたっけ…。


「どんな能力なんですか?」


「おっと、敬語はやめてくれたまえ。僕はアットホームな職場を心がけている。それはさておき、僕の能力は全知!転生した瞬間時点での世界の全てを知っているよ」


「は…?」


あまりにスケールが大きすぎてリアクションすらできなかった。

世界の全てってなんだ…?


「ちょっと抽象的過ぎたかな。僕は転生した瞬間に、あらゆる知識が脳に流れ込んできたんだ。ただし、知識に限るから、あくまで辞書に載っているような客観的な事柄だけなんだけどね」


「それでも十分すごい能力ですよね、司令」


「いやいや、僕がトップでいられるのは、皆に信頼されている君が信頼してくれているからさ。本当にすごいのは君かもしれないよ?」


「勘弁してください」


そんなやり取りをして2人で笑っている。

周りで事務仕事をしていた人たちも笑っていた。

どうやらだいぶ愛されている司令らしい。


「さて、新入りくんが置き去りになっているようなので、話を戻そうか」


ひとしきり場を和ませたあと、ハルキは少しだけ真面目な顔に戻る。


「つまり、僕はその知識と、もう一つの能力をもって、この組織の司令を任されているわけだ。それに、この世界のことを初めに知らせたのは僕でもあるしね」


確かに、世間はハルキのメモからこの世界のことを知っただろう。


「君は日本でどの程度聞いてこちらに来たかな?」


「どの程度も何も…大穴に飛び込んでもらうとしか言われなかった気がするな…」


ほんの1日も経ってないのに遥か昔のことのように思えるが…確かあの偉そうな男からは特に何も言われなかったと記憶している。


「そうかそうか、では改めてこの調査団の目的を説明させてもらおう。まずはこれを見てくれ」


ハルキ身体を揺すると、ボトッと木から何か落ちてきた。

一見でかい葉っぱに見えるが、よくよく見ると、それはスマホのような端末だった。


「は…?」


「そう驚かないでくれ、それは僕の身体の一部で、もう一つの僕の能力みたいなものだ。まぁそれはあとで説明するとして、それの画面を見てくれ」


画面を見ると、地図のようなものが表示されている。中心の点は恐らく現在地で、周りには建物が表示されている。つまりこれが拠点の街で、その周りは少し東側に土地が広がって、他は全て真っ黒だった。


「それは今我々が調査を終えた区域が表示されている。つまり、黒いところはまだ調査ができていない、未踏区域だね」


「これしか調査できているところないのか!?」


「まぁそう言わないでくれ…この5年間、拠点を建てるだけでも大変だったんだから…」


まぁ、確かにこの街は人間たちが来て初めて作られたものだとすれば、その苦労は窺えるが…。


「つまり、簡単に言うと、その黒いところを調査するのが我々の目的だ」


「分かりやすくていいな」


「そしてもう一つ、大きな目標がある」


「大きな目標?」


「それは、元の世界に帰る方法を探すことさ。調査団の中には半ば強制的にこの世界に送られてきたものもいるし、僕たち転生者だって元の世界に帰りたい。…まぁ、こんな見た目になってしまったけども」


そういうハルキは少し悲しそうに見えた。

事故で死んでしまっても、転生できたのは嬉しかったかもしれないが、人間の姿ではなくなってしまっているのだ。しかも元の世界に帰る方法も分からない。俺が同じ立場なら明るく振る舞えるかどうかも分からない。


「まあでも!人の姿を失った代わりに僕らには特別な能力が発現したからね!」


湿っぽくなってしまった雰囲気をわざと振り払うようにハルキは話題を変える。


「僕は物知り能力だったけど、他にも色々な能力の転生者がいたなぁ。単純に力が強かったり、天候を操れたり、はたまた手のひらから和菓子を生み出せたり」


「おい最後」


そんなどっかのゲームで聞いたような能力なんてあってたまるか。コイツさてはオタクだな。


「そうなると、紳弥くんを襲った転生者の能力は再生と吸い寄せとかかもな」


樋口さんが補足してくれる。


「そういえば、転生者ってどれくらいいるんだ?」


ハルキなら知っているかもしれないと思い、俺は訊ねる。

それに、この質問はかなり大事な質問となる。レイアがこの世界にいるのかどうか、それも全知の能力を持つハルキなら知っている可能性が高いのだ。


「あぁ、転生者は他にも結構いるよ。飛行機事故で死んだ乗客は皆転生してるんじゃないかな」


「本当か!?」


「うん、多分ね。この近辺にも僕を含めて2人の転生者がいるし」


2人、ハルキとヒナミか…。


まぁ、レイアが転生していると分かったんだ。慌てる必要はない。


「僕とその転生者の子は、拠点を建築するときの現地人との大きな戦いにも参加していてね。特に彼女は6つの腕を振るって鬼神の如き活躍をしていたよ。彼女は今では戮腕なんて呼ばれて恐れられているくらいだ」


腕が6本…?そしたらヒナミじゃないな…。どう見ても彼女に腕が6本あったようには思えないし、もし彼女がその戮腕とやらならば俺は多分助かっていないだろう。

俺が考え込んでいる間にもハルキはペラペラと喋り続ける。


「彼女はねぇ、当時の恨みから結構頻繁に襲われてるんだけど、頑なにこの街から離れなくてねえ。なんだっけかな、誰だかの迎えを待ってるとか…」


「名前は分かるか?」


「名字は忘れたけど…レイアだよ」


「礼亜!?どこにいるか教えてほしい!!」


俺が急に大きな声を出したので、本部の中の人たちは皆こちらを見る。


「まぁまぁ、落ち着けよ上島くん。司令がビックリしている」


樋口さんに引き離されて、俺は自分がかなり興奮していることに気がついた。


「すみません…でも、俺、その子に会うためにこの世界にやってきたんです。どうか教えて下さい」


反省しつつも、情報を求める。

やっと、やっとここまで来たのだ。

もう二度と会えないと思っていた彼女が、目前まで迫っている。


「教えてもいいんだけど…問題が2つあるんだよね」


ハルキが言う。


「まず1つ、君は調査団に入るってことでいいのかな。なんだかんだそういう雰囲気にはなっているけど、別に僕らは強制はしない。まして、聞けば半強制的にこの世界に送られてきた人間も少なくないみたいだし、そういう人たちを無理やり組織に加えようとは考えていない」


少し冷静になって考える。確かに俺は穴の調査をするということでここにやってきたが、それは目的のための手段であり、本当の目的はレイアに会うことだ。

異世界に来れた以上、調査団に加わる必要は確かにない。


「あぁ、もちろん調査団に加わらないからといって街から追い出したりはしないよ。この調査団本部には気軽に立ち入れなくなるけど、調査団運営の病院とかも使えるし、ただ街の住人として暮らしていけば良い」


今ハルキに補足された内容を踏まえれば、なおさら調査団に残る入る理由はない。

ただ義理というものもある。この世界に来れたのは間違いなく穴の調査機関のおかげだし、なんなら1年間の訓練も受けさせてもらった。それに俺をヒナミから助け出してくれたのは調査団の部隊長の樋口さんで、樋口さんは俺が調査団の新入りになるであろう人材だから捜索に来てくれたんだろう。


さらに、調査団の目的、未踏区域の調査はさておき、元の世界に帰る方法は俺も知りたい。

礼亜を見つけた後、俺は彼女を連れて元の世界に帰り、礼亜の父親に会わせなければならないからだ。

調査団に入ることのデメリットとしては、組織のルールに従わなければならないことだろうが、礼亜と一緒にいることさえ許容してもらえれば気にすることではない。


ここまでじっくりと悩んでみたが、答えは決まった。


「俺は調査団に入るよ」


「そっかそっか、それは僕としても嬉しいことだ!これから宜しく頼むよ、上島紳弥くん」


ハルキの枝が握手を求めるかのように伸ばされたので、俺はそれを握った。奇妙な光景ではあったが、それを眺める樋口さんはとても嬉しそうに見えた。


「さて、であるならば僕は、なぜそこまで彼女に執着するのかを組織のトップとして聞かなければならない…のだが、実はそれは知っているんだ」


「そういえば、俺、ハルキに名乗ってなかったよな」


「そう、それが僕のもう一つの能力。共鳴だ。僕は誰かに設置してもらった僕の枝や、今君が持つ端末を通して物を見聞きすることができる。この能力で、調査団全体の様子を観測し、的確に指示ができるというわけだ」


動けない代わりに、他の人間の力を借りて色々なところに行けるようなものだ。まさしく司令官向きと言えるだろう。


「というわけで、司令官として、君が戮腕を迎えに行くのは賛成しよう。調査団の戦力がアップするわけだからね」


「そうか!助かる!」


「ということで、1つ目の問題はクリアだ。そして2つ目の問題だが…」


ハルキが俺の身体を眺める。

そして、残念そうに言う。


「銃火器は例の転生者に襲われたときになくしちゃったんだってねぇ…勿体ない。つまり、2つ目の問題は、君が丸腰であることだよ」


確かに俺は今、ズボンにTシャツという休日のお父さんスタイルだ。ヒナミに助けられた…助けられた?ときには最初に日本でもらった銃はなくなってしまっていた。


「この世界でも銃火器は一定の有効性を持つんだけど、残念ながらメンテナンスかできなくてね。使い切りのような状態になっている。だから銃火器は最終兵器として保管しているんだ」


「それじゃあ、調査団はどんな武器を使うんだ?」


銃火器を持たされて穴に飛び込んだ後、銃火器は回収されるという。まさか丸腰で調査を行うわけではないだろう。


「この世界の原生生物の素材を使った武器を使う」


おお、途端にゲームみたいになってきたなと俺は思った。


「よくファンタジーでは、モンスターなんて言われる存在がやっぱりこの世界にはいて、この世界の住人は獣と呼んでいる。彼らの身体からは彼らの特性を引き継いだ武器が作られるんだ」


「なるほど。例えばどんな獣?がいるんだ?」


俺が訊ねると、ハルキは樋口さんを見る。実際に戦っている人間の方が説明に適しているということだろう。

視線を受けた樋口さんが俺に説明してくれる。


「例えば、水中に住む虎のようなものや、火を纏う30センチほどの蝶など…まぁまるでファンタジーだな。そういう奴らの素材を使って、剣やら槍やら弓を作るんだ」


「そういう意味では、この端末もある意味、僕の素材から作られているっていうことになるね」


そういえば確かに、この端末も元々はハルキの葉だったものだった。


「もしかして、強い獣の素材であるほど凄いものが出来上がるってことですか?」


転生者のハルキから出来たこの端末は最早電子機器にしか見えない出来だし、他の木から採取してもこうはならないだろう。


「そうだ。そして、獣から作られる、その特性を大きく引き継いだものを俺たちは骸具と呼んでいる」


「骸具…」


「お前の察する通り、司令の端末は、司令の骸具だといえるな」


つまり調査団は獣を狩り、その素材を使って武器を作り、更に強い獣を狩って、骸具を作るというわけだ。


「ただし、骸具とまで言えるほどに生前の特性を受け継いだ武器や道具を作れる獣は稀だし、かなり強い。それこそ転生者に匹敵するほどの力を持つものからしか作られないから、かなり貴重なものになるな」


「なるほど、よくわかりました。ありがとうございます」


俺が礼を言うと、樋口さんは笑いながら敬礼をして、話のバトンをハルキに戻した。


「とまぁ、かなり説明ばかりになってしまったけど、簡単に言うと丸腰じゃマズいから、なんか装備を見繕ってから行かないとねって話だよ」


「装備は…調査団で支給されるのか?」


「支給してもいいけど、まぁ街に慣れるためにもお店で買いなよ。樋口部隊長、彼に少しだけお小遣いを渡してくれ」


「はい」


返事をした樋口さんはハルキの元を離れて、事務仕事をしていた1人に話しかけ、その団員を伴って、部屋を出ていった。

少し待つと、小さな袋を持って戻ってきた。


「おまたせしたな。この中には2万円が入っている」


「2万円…」


袋を受け取った俺は、ジャラジャラとした小銭のような感触を感じた。

中身を覗いてみると、銀貨のようなものが何枚か…多分20枚あるんだろう。


「ありがとうございます。通貨、円なんですね」


「まぁ、穴があるのが日本だから、どうしても調査団には日本人が多くてね。馴染み深いのが円なんだ」


ハルキが答えてくれる。


「では、今から君にレイアくんの場所を伝えるから、その支度金で装備を整えてから向かってくれ。そしてぜひ彼女を味方に引き入れて、調査団の戦力アップとなることを期待するよ」


「分かった、行ってくる」


「いいかい、紳弥くん。ここには警察もいないし、街中だって安全とは言えない。まぁ、身を持って体感したとは思うけど、くれぐれも気をつけてね」


「分かった」


俺はハルキから礼亜の場所を確認し、店が並ぶ通りの場所と、礼亜の場所が記載された簡単な地図を描いてもらったうえで本部を後にした。

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