2.第一話 3/妃泉真白の変えられない日常

「遅かったな。こんな時間まで何をしていた?」


 森浜もりはま市の郊外にある妃泉ひいずみ家の屋敷に真白ましらが帰宅すると、リビングに秘書と仕事の打ち合わせをしている父親の姿があった。

 珍しいと思いながらも、真白は姿勢を正す。


「アズルドでの仕事が思ったより延びまして」

「例のアマツヒ系列の会社の手伝いか。首尾はどうだ?」

「誠心誠意、務めさせていただいております」

「本来ならば許しはしないが、向こうたっての希望だから許可をしてやっている。そのことは理解しているな」


 高圧的な父親の物言いに、真白は「はい」と頷く。


「『女子たるもの、必要以上に前に出ず慎ましやかであるべし』。心得ております」

「しっかり奴らとのコネを作っておけ、今後何かの役に立つだろう」


 淡々と語る父親は当然のように主語を抜いている。

 それが「真白の」ではなく「妃泉家の」というのが当然だと思っているからだ。


「かしこまりました」

「言伝は聞いているな」

「はい。しばらく放課後の予定を空けておくようにと伺っております」


 そして手にした会社の書類を捲りながら父親が言った。


「お前の婚約者が決まった。近いうちに顔合わせをするからそのつもりでいろ」


 言葉が出てこなかった。


「返事はどうした?」

「かしこまりました」

「話は以上だ」

「……お父様、私から質問させていただいてよろしいでしょうか?」

「許可する」

「相手の方はどなたでしょうか?」


 真白がそう尋ねた途端、父親はどこか煩わしそうに口を開く。


「大井工業の次男坊で、そこそこ使える男だ」

「顔合わせの日取りはいつになるのでしょうか?」


 書類を見ていた父親が顔を上げ、真白を冷たく睨んだ。


「聞いていなかったのか? 私は近いうちだと言ったぞ。いつ声が掛かってもいいように準備しておけ、ということだ。その程度も分からんのか?」


 日程は調整中。そしてそれがいつになっても合わせられるように、真白に常に予定を空けておけと言いたいらしい。


「大変失礼しました。そのようにいたします」

「真白、私を失望させるなよ」


 その言葉が、真白に重く伸し掛かったように感じた。


「はい」

「以上だ。下がれ」


 話は終わりだと言わんばかりの父親に向かって一礼した真白はリビングを後にした。



 ──脱衣所で服を脱いだ真白は、浴室に足を踏み入れる。

 広い作りの浴室は、真白が妃泉の屋敷の中で落ち着くことのできる数少ない空間のひとつだ。

 椅子に腰を下ろしシャワーを浴びながら、先ほどの父親の話を思い出していた。

 いずれ父親が決めた相手と結婚することは分かっていた。

 政略結婚。妃泉家の立場を盤石にするためだ。真白の兄や姉たちも父親の決めた相手と結婚している。

 全ては妃泉家の為に。

 濡れた髪をかき上げ、目の前の鏡に映る自分を見る。


「!」


 ふと鏡の中の自分が嗤った気がした。

 思わず自分の顔に手を伸ばすも、鏡に映る自分の顔は当然ながら笑っていない。

 だからこそ思った。

 先ほど鏡に映ったのは『非日常もしも』の自分なのだろうと。

偽世界ぎせかい》において傍若無人に振る舞う彼女の眼には、今の自分はさぞ滑稽に映ることだろう。

 妃泉家の人間として生まれた真白の『日常うんめい』は決まっている。

 自らに課せられた役目に従い、日常を生きている。

 その役目を全うするために、これまで生きてきた。

 だから真白は思っている。

 彼女は私の姿をしているが、私ではない。

 それと同じように私もまた決して彼女ではないのだ。

 身体を洗い終え立ち上がった真白は、そのまま広い湯船に足を伸ばす。

 肩までゆっくりと浸かる真白は、ゆっくりと目を閉じる。

 そうして記憶を遡るように思い出すのは、8ヶ月前のこと。

 あの日、初めて《偽世界》の存在を知った真白は、カリバーンエージェントである住ノ江すみのえ郁人いくとの提案を断った。


   ***


「お話は分かりました。それでしたら一度ご見学されませんか?」


「断る」と言った真白の回答に対し、住ノ江郁人はにこやかにそう提案してきた。


「現場を見れば、私が心変わりをするだろうと、そう期待されているのですか? なら無駄なことです。私は考えを改めるつもりはありません」


 きっぱりとする真白に向かって、住ノ江は笑いながら手を横に振る。


「誤解を与えてしまったのなら申し訳ない。妃泉さんに参加の意思がない以上、僕たちとしても無理強いするつもりは一切ありません。ただその上で、実際に何が起こっているかを見ていただき、それを知覚できない人間に伝えようとすることが如何に無意味であるかというのをご理解いただいた方がいいのではないかと思ったまでのことです」


 住ノ江の提案に、真白は目を細める。


「まるで私が誰かに告げ口をするとでも言いたげですね」


 すると住ノ江が驚いたような表情を浮かべた。


「これは意外でした。もし僕が妃泉さんであったなら、当然のようにお家の方に報告しますが、本当の妃泉さんは黙ってらっしゃるつもりだったのですか?」

「……」

「これは僕なりの善意ある提案です。ご家族に下手な報告をして妃泉さんに恥を掻かせてはあまりにも忍びないと思ったまでのこと」


 鷹揚な手振りで、まるでこちらを挑発するようないやらしい物言いだ。


「随分と我が家のことについて詳しいのですね」

「お誘いする相手のことを事前に把握しておくのは、エージェントとして当然ではないでしょうか?」


 まったく悪びれた様子のない住ノ江に、真白はしばし考え、頷く。


「分かりました。そこまでおっしゃるなら見学させていただきます」

「結構。では参りましょう。ちょうどうってつけの案内役がいますので」


 そこから住ノ江の行動は早かった。

 藤麻ふじまを使い、ここまで真白を連れてきてくれた運転手に、このまま会社の車で移動するので終わり次第妃泉の屋敷に送り届ける旨を伝えた。

 あっさりと運転手が納得したのは、学園理事長である叔父の強い意向があったからなのか、事前に父親の承諾が取れていたからなのか。

 真白と住ノ江が乗り込み、藤麻が運転する黒塗りの車が向かった場所は、森浜市北区にある廃工場だった。

 不気味な廃工場の前で車を降りた真白が、住ノ江に尋ねる。


「ここに、その《偽世界》とやらがあるのですか?」

「いえ、ここは森浜市市内に点在する覚醒者クランの本拠地の1つです」

「……つまりここにいらっしゃる人たちは、全て《覚醒者》の方々ということですか」


 廃工場の敷地を進んでいく住ノ江について建物の中へ入ると、その外見とは裏腹に内部は掃除が行き届き、綺麗に整頓されていた。


ほむらさん。さっき連絡したとおり新人を連れてきました。研修をお願いします」


 案内された部屋にいたのは、赤が特徴的な衣装を纏った美女。

 焔と呼ばれたその美女は、真白を一瞥してから住ノ江を見る。


「こっちも呼び出しておいたが……本当にあいつに師匠役をさせるのか?」

「ええ、彼でお願いします」

「郁人が指名するのは珍しいな。まあいい。おい、灰空はいぞら。こっちに来い」


 そして真白の前に姿を現したのは、一人の青年だった。


「どうもこんにちは。灰空瑠宇るうです」


 どこか太々しい彼の第一印象は、いかにも悪そうな男。

 ただ、着ている制服が地元屈指の有名進学校のモノであったことで、真白は彼の評価に若干迷った。


「それじゃ、行きますか」

「? 行くとは、どこにですか?」

「《偽世界》を見に行くんでしょ? 話は聞いているんで案内しますよ」


 さっさと歩き出した彼に戸惑う真白が住ノ江を見ると、「どうぞ安心してついていってください」と手で示してくる。


「待ってください」


 さっさと部屋を出て行ってしまった彼を追いかけるように慌てて部屋を出ると、彼は廊下で真白のことを待ってくれていた。

 追い付いた真白に向かって「こっちです」と行き先を指し示し、隣に並ぶようにして歩き出す。


「名前も聞いても?」

「妃泉真白です」

「妃泉?」


 彼の視線が真白に向く。


「何か?」

「いや、その制服の女学園と同じ苗字だなと思って」


 どうやらこの制服に見覚えがあるようだった。確かに彼が通う優成高校ほどではないが、お嬢様学園と呼ばれる妃泉女学園の知名度はそれなりにある。


「何か問題でも?」

「いいえ別に」


 そのまま廃工場を出て、彼と並び閑散とした道を歩き出す。


「灰空さん、行先はどちらになるのですか?」

「ここから歩いて10分ほどの場所にある公園です。ちょうどそこに今『穴』があるので、そこで偽世界観光ツアーでもしようかなと」


 おそらく《覚醒者》用語なのだろうが、彼の話はどうにもちんぷんかんぷんだ。


「公園まで歩くのですか?」

「なんならタクシーでも呼びますか、お嬢様?」


 どこか皮肉めいた笑みを浮かべる彼に、真白は頷く。


「ではそうしてください」


 そう足を止めた真白を見て、彼は驚いた表情で目をパチクリさせている。


「……えっ? 本気で言ってます?」

「? 違うのですか?」

「いや、歩きましょうよ。たったの10分だし」

「構いません。では案内してください」


 再び歩き出した真白に、彼はなんとも言えない表情で並び歩く。


「……妃泉さん、変わってるって言われません?」

「それは初耳です。私はどこか変わっているでしょうか?」


 尋ね返す真白のことを、彼はジッと見てくる。


「へぇ、面白い。本当に言われたことないんだ」


 そしてなぜかひとりで納得した様子。


「……」


 一方でそう言われた真白は、その態度が理解できず、どうにも変な感じがしていた。


「私もお聞きしたいのですが、《覚醒者》の方々はどのような活動をされているのですか?」


 真白がそう尋ねると、彼は色々と教えてくれた。

 攫われた被害者を《偽世界》から助け出すべく、《覚醒者》たちはチームを組んで事に当たること。公式クランというモノが5つあり、それぞれにナワバリと呼ばれる担当エリアがあること。さらにCainカインと呼ばれる覚醒者専用アプリのことなど。

 事前に住ノ江から聞かされた説明もあったが、実体験として語られる彼の説明はどれも分かりやすく理解しやすかった。


「えっ、妃泉さん。スマホ持ってないの?」

「別になくても困るものでもありませんから」

「いや、あって困るものでもないでしょ」

「親の許可が下りません」

「随分と前時代的な親だね」

「ええ、他の方々からも、よくそのように言われます」


 そう真白が笑顔を向けると、彼は「そっか」と何かを察したようにさっさと話題を変えてしまう。


「だけど随分と熱心に聞くんですね。郁人さんの話じゃ、妃泉さんは《覚醒者》をやる気はないんでしょ?」

「どうせなので色々と知っておこうと思いまして」


 彼に向かって真白は微笑む。

 すると彼は、「へぇ、そうなんだ」とどこか嬉しそうに笑う。


「気になることがあったら、なんでも聞いて。素直に答えるから」


 そんな彼を見て真白は思う。

 どうやら彼は、私が心変わりをして《覚醒者》となることに期待しているようだ。そのために色々と教えてくれようとしているのだろう。

 申し訳ない気持ちもあるが、せいぜい利用させてもらおう。


「逆に俺も聞いていいかな? 妃泉さんが《覚醒者》をやらない理由」

「構いませんよ」


 真白は、ここに来る前にあった住ノ江とのやり取りについて、彼にかいつまんで説明した。


「……なるほど、それで断ったのは『理由がないから』か。それってどういう意味?」

「そのままの意味です」


 あえてはぐらかす真白のことを、彼がジッと見てくる。


「なるほど。本当に自分がやる意味がないと思っているのか」


 またひとりで勝手に納得している彼の態度は、どうにも引っ掛かる。


「もう1つ質問。もし偽世界事件が一般人に見えるのなら《覚醒者》をやってもいいということ?」

「そうですね。それなら私がやる意味はあったと思います」


 彼は少し考える。


「つまり社会的評価に繋がる行動であれば、妃泉さんとしてはやる価値はあった。でもそうではないからやる意味がない……」


 ブツブツと考える彼は、改めて真白に尋ねてくる。


「妃泉さんは目立つのはお好きですか?」

「いいえ」

「好きではない。……いや、目立つ行為がよくないと思っている。……少し違うか。慎しむように教えられ、それを守っているってところか」


 ふむふむといった感じで再び納得する彼の態度に、真白は足を止める。


「灰空さん、少しよろしいでしょうか?」


 真白につられて足を止めた彼が振り返る。


「なんですか、妃泉さん?」

「あなたは先ほどから、どうにも私のことを自分勝手に決めつけるような発言をしてらっしゃいますが、そういうのは止めた方がよろしいと思います。される方は大変不愉快です」


 相手の失礼な態度を真白は指摘する。

 これで彼は反省し、態度を改めるに違いない。

 真白はそう思っていた。

 しかし彼の反応は、真白のまったく予想していなかったモノだった。


「別に合ってるからいいじゃないですか」


 そう答えてさっさと歩き出した。

 その姿に、唖然としてしまった。

 まさかの反省の色ナシ。それどころか反論してきた。

 慌ててその後を追いながらも、真白の胸中は穏やかではない。

 なんて無礼な男だろう。

 あまりのことに、きつく言い返そうとも思った。

 だが真白の口から言葉は出てこなかった。

 なぜなら彼の言う通りだったからだ。

 確かに彼は真白を勝手に決めつけるような発言を繰り返した。

 しかしそのどれもが、彼の言う通り、間違ってはいなかったのだ。

 どうにも理解できない状況に、言葉が出てこない真白。

 その様子に気付いたのか、彼は「ああ、ごめん」と真白に歩調を合わせる。


「ここだけの話。実は俺、相手が本当のことを言っているか嘘を吐いているが分かるんだ」


 しれっととんでもないことを言い出した。


「……冗談、ですよね?」

「じゃあ冗談ということにしておいて」


 いよいよもって訳が分からない。

 そんな真白の隣で、彼が手を叩いた。


「そうか。主語が違うのか。社会的評価に繋がる行動によってメリットを受けるのが妃泉さん本人とは限らない。家や学校などの評価が判断基準になっているなら辻褄は合う。だから自分がやる理由がないになるのか」

「そうとは限りませんよ」


 真白が咄嗟にそう口にしたのは、自分の考えを見抜かれたからか、それとも彼が口にしたありえない特技を否定したかったから?

 警戒の色を強めた真白を見て、「ああ大丈夫、大丈夫」と彼は笑いながら手を振る。


「別に深く詮索する気はないから、安心して。それに妃泉さんがやろうとしていることについても邪魔するつもりはない。むしろ出来うる限り情報提供するから」

「ちょ、ちょっと待ってください!」


 捲し立てる彼の言葉に、思わず足を止めて、ストップを掛ける。


「どうしたの、妃泉さん?」

「その……私が何をしようとしていると……」

「えっ? だから察するに《覚醒者》の内情を知って、どこかにチクるつもりなんでしょ? この感じだと……たぶん、親とか?」

「そ、それは……」

「あー隠さなくていいよ。それに安心して、このことを誰にも言うつもりは……」

「待って! 一回待ってください! 状況を整理させてください! 灰空さん、先ほどあなたは、私に対して何でも教えてくれるとおっしゃいましたよね?」

「言ったね」

「それは、私を《覚醒者》に勧誘するためでは?」

「勧誘? しないしない。だって妃泉さん。本当にやる気ないじゃん」

「……そうか。住ノ江さんから事前に聞いていたんですね!」

「? 聞くって何を?」

「ですから、私がこの事を親に報告する可能性があると……」

「いいや、聞いてないよ。それってプライベートなことでしょ? あの人、見た目がアレで、頭の中もアレだけど、そういうところはきちんとしている人だから」

「なら、この状況は説明がつかない!」

「いや、説明はつくさ。もし俺が本当に他人の言葉の真偽を見抜けるならね」


 混乱していた。真白は激しく混乱していた。

 ただでさえ、《覚醒者》やらカリバーンやら訳の分からない状況に巻き込まれたというのに、ここでさらに嘘発見器みたいな男まで登場して、本格的に訳が分からない。

 とにかく落ち着こうと深く深呼吸をする。

 そうして改めて目の前で、ニヤニヤしている男を睨む。

《偽世界》とやらが本当であるか、真白にはまだ分からない。

 でも少なくとも、今目の前にいる男はペテン師だとは思っている。

 他人の言葉の真偽を見分ける? そんなことできるわけがない。

 この男は嘘吐きだ。

 そんな程度の低い人間を見過ごすわけにはいかない。

 何かに駆り立てられるように、真白は思考を巡らせる。

 この男を否定する方法を考える。

 そして、とある必勝の策を思いついた。


「なら灰空さん。あなたの言葉が嘘か真か試させてください」

「というと?」

「今から私があることを言います。その言葉が本当であるか嘘であるかを見破ってみてください」


 そんな真白の提案に、彼はニヤリと笑う。


「面白そうだ」


 ──それはほんの気まぐれだった。

 突如として提示された『ありえない』を否定するための都合良い題材として。

 どうせもう会うこともないであろう他人に向けた、たった一度きりの戯言として。

 妃泉真白は、自らの胸に手を置き、その言葉を口にした。


「私、妃泉真白は妃泉家のために行動すること、ひいてはお父様の命令に従い生きることをよしとしていない」


 彼が真白をジッと見つめてきた。

 笑顔を引っ込め、真剣に。

 真白も見つめる、彼がなんと答えるか?

 嘘か真か? その通りか違うのか? イエスかノーか?

 そんな真白の前で、彼は右手を自分の首横に伸ばしたかと思うと不敵に笑った。


「良い性格しているね、妃泉さん。そんなこと考えるなんて」

「……? なんのことですか?」

「俺が『イエス』と答えようが『ノー』と答えようが妃泉さんは『正解です』と口にする。だけど内心ではこう思うわけだ、『ああ、やっぱりコイツは嘘吐きだ』ってね」


 彼のその言葉に、真白は目を見開く。

 ……まさか、まさか、まさか!


「その言葉は、本当でも嘘でもない。なにせ妃泉さん自身にもその答えが分からないから」


 彼のその視線に心の中を射貫かれたように、真白は自らの胸元に置いた手を強く握る。

 驚愕する真白に向かって、彼は肩を竦めてみせる。


「別に、他人の言葉が本当か嘘か分かるだけとは言ってない」

「……灰空さん、あなたまさか……他人の心が、考えていることが分かるんですか?」

「いいえ、他人の心が盗み見れるだけです」


 真白の考えはあながち間違ってはいなかった。

 確かに真白が考えていた通り灰空瑠宇という彼は、れっきとした嘘吐きだった。

 そして不用意にも、真白はそんな彼に、自身の葛藤を曝け出してしまったのだ。


   ***


 湯船につかる真白は、当時のことを思い出し苦笑する。

 なぜあの時、自分はあんなにムキになったのだろうか?

 そしてなぜあんな問題を彼に出してしまったのだろう?


「もしかすると、言葉の真偽が分かると言った彼に見破ってほしかったのかもしれない」


 自分でも分からない胸中を彼に見透かしてほしかったのかもしれない。

 だけど、そんな思惑は上手くいくわけもなく。

 真白自身、未だにその答えが分からないでいる。


「それにしても、彼は変わらないですね」


 人をおちょくるような態度は出会った頃から変わらない。

 それに嘘吐きだ。

 今日もそうだった。

 振り返ってみれば分かることがいくつもある。

 彼女であったから見逃していて、私であるからこそ気付けたことがいくつもある。


「本当に変わらない。嘘吐きで、本当の思惑を見せようとしない」


 彼のことを考えていたら、なんだかぼーっとしてきた。

 のぼせてきたのだろうか?


「……」


 天井を見上げ、あの時から続く彼との出来事を思い出し、真白の両手は、自然と自分の体に伸びていてた。

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