19、氷結の扉の鍵
寒い――。
転移陣に乗った直後、見覚えのある部屋の扉に着いた。
あたり一面が氷で埋め尽くされていた。
「エステ!グリム!!どうやってここに!」
フェリ兄の声で周りを見渡すと、コーライ国王や側近の人々、同盟国であるドルドナ国の女王であるルコク様までいた。
「精霊王様達が力を貸してくれました――ルコク陛下までお越しとは」
「グリムテール殿、ゼルファー殿下は私がとても可愛がっていたのは知ってるでしょう。孫みたいに思っていたのだから」
ルコク様はとても心配そうな様子で、扉を見つめている。
「コーライ陛下、みなさま。庭まで退避して下さい――フェリ兄様、お願い」
私の言葉にフェリ兄様は頷くと、近衛兵達に指示を出し、国賓達を退避させる。
人々がいなくなった部屋の前で、私達は3人は頷き合うとグリムとフェリ兄様と扉目がけて攻撃魔法を繰り出した。
いつもこの4人で苦楽を共にし、困難を乗り越えてきた。
きっと大丈夫。
(ゼルは私達で助ける……!)
中に入ると、その様子に唖然とした。
全身に黒い靄を纏い、意識ない状態のゼルが宙に浮いている。
意志のない様子のゼルの虚ろな目に、最悪の状態を危惧する。
(大丈夫。私達なら!)
私達が近づこうとすると、黒い靄は意識を持ったように妨害してくる。
「ちっ!瘴気か!」
フェリ兄様は舌打ちをし、そのまま風魔法をゼルには当たらないように繰り出す。
「ゼル!しっかりしろ!」
グリムもそう言いながら、剣を振い近づく為の道を開けようとしている。
「ゼル……」
私は近づきながら、名前を呼ぶ。
(ごめんなさい……)
1歩1歩前に進みながら、私は祈る。
彼の無事を。
また冗談言いながら笑いあえる日々を。
喧嘩しても仲直りできると、まだ思ってる。
(私も好きよ……)
だから戻ってきて――。
あたたかい黄金の光に包まれて、私は彼の頬に触る。
うっすらとゼルの目に光が灯る。
「エステ……?」
いつもの彼の目の光に安堵する。
(まだ彼は、此処にいる)
まだ許されるのなら――。
貴方と歩む未来を私に頂戴――。
彼にそっと口づけをした。
*********
なんとも神々しい一瞬だったと思う。
突然、妹と僕の身体が黄金の光に包まれ、結ばれた後、部屋が王宮が王都が、眩い光に包まれた。
眩しい――。
目を閉じていたのは一瞬だったはず。
光が収まり、目を開けると。
エステとグリムは抱き合って、倒れていた。
「エステ!グリム!」
慌てて駆け寄ると、2人が息しているのを確認する。
先程まであったはずの禍々しい空気も瘴気も、もうどこにもなかった。
(あんな事があった後なのに……なんて幸せそうな顔で眠ってるのだろう――)
2人の頭をそっと撫で、僕は立ち上がる。
部屋を出て近くの兵士に声をかけると、2人を別室に運ぶように手配した。
僕たちでやらないといけないことがある。
「フェリ兄」
「ああ」
「必ず――」
――僕たちの敵は排除する。
***********
ゼルの部屋から黄金の光が輝きだした時。
宮殿中を覆っていた氷が一気に割れ、七色に輝く光の粒へと変化した。
「なんと……」
「幻想的だわ」
宮殿中の人々から感嘆の声が上がる。
「コーライ陛下」
近衛から声がかかり、皆の無事がわかるとほっと安堵する。
「コーライ」
「はい、ルコク陛下」
「この始末はどうつけるおつもり?」
「……」
常に僕の前に、姉のように、先輩のように慕うルコク陛下の声は硬い。
「……わかっています」
この事の顛末。
ゼルファーの心を壊そうとした原因。
緘口令を引いていたのも関わらず、フランクリン伯爵の娘にまで届いてしまった。
この王宮に蔓延る害虫を駆除しなければならない。
「貴方は女性の扱いはどうも不慣れなようね――本来であれば王妃が補うところだけど――私が同席するわ」
長年の付き合いだから、ルコク陛下の感情が見てとれる。
怒り。
冷静な表情の裏側には激情が潜んでいる。
「至らない僕の為に……ご厚意感謝します、ルコク様」
「貴方を弟のように思っているわ――それに私が表立って助けてあげられるのは、今回限りでしょうから」
「それでは本当に――」
「それもあって、今回は私が来たのよ、コーライ」
譲位するおつもりだということは、噂では聞いていた。
だけど本当にするだとは――。
「息子は苦労すると思うわ。本来、王の器ではないでしょうから――だけど逃げずに努力してきたのは知ってるわ」
「耳が痛いですね……」
「貴方が若い頃、あの前国王のせいで苦労してきたのは知ってるわ、この国はゴタゴタしていたから。それでも長年、放置してきたのは貴方の責任よ」
同情していた――といえば聞こえがいい。
そうじゃない。
ずっと先送りにしていただけだ。
逃げていただけ。
(僕は卑怯者だ)
ずっと利用してきたのだ。
彼女たちの優しさに、甘えてきた。
だけど、正さないといけない時が来ている。
「兄上」
「フェリメル、無事か」
「ええ――ゼルとエステは眠っています」
「そうか……」
「実はお耳に入れたいことが――」
「わかった。ルコク様、いきましょう」
息子まで同じようにはさせない。
僕は長年の責任を果たす。
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