第31話

「ねぇ、君可愛いね……ウチの店で働いてみない?」

「結構です」


 色街を抜けて西地区の中心部へ足を進めていた。

 ギャンブル街に立ち並ぶお店は昼間でも営業しているのでそれを目的にやってくる客も居るのですれ違う人も多くなってきた。


「君————「結構です!!」」


 彼女の隣で歩いているミナトを無視しながら勧誘する西地区で働く男たちに若干の苛立ちを乗せながらきっぱりと断るライザ、それでもめげないとその手の道で働いている男性はライザの俺とは反対側の横を陣取り、その笑みを絶やさず勧誘を続けてきた。


「いやぁ、君なら私の店ですぐにナンバーワンになれる逸材だよ!お給金もいいしね……どうだい?」

「興味ないので」

「そんなつれない事言わずにさ……彼氏さんの前でこういうのは無粋だったかな?」

(しれじれと何を言っているんだが)


 普通考えれば男と一緒に歩いている女性に娼館で働くように勧誘する輩は居ない


「勿体ないなぁ、君ならもっと上を目指せるだろうに」


 この男が喋った言葉には幾つもの意味が含まれているのだろう


(やっぱり元の姿では侮られるか)


 ライザを勧誘する男性の体格は良い、身長も俺やライザより二回りも大きく物腰は柔らかだが良く鍛えられた肉体は一般人ならその姿を見ただけで畏縮するはずだ。


「……私は興味が無いと言ったんです。いい加減失せなさい」


 ギャンブル通りへやってきて人混みが増えるとライザを狙った不埒な人間は確実に増えていた。


(ライザ綺麗だもんなぁ)


 彼女は帝国人と呼ばれる女性らしく、カーメリア人のように白い肌と輝かしい銀髪が特徴な美女だ。

 歳は15だというが、それでも主張の激しい豊かな胸は地味な服装でも通りを歩く男性の目線を釘付けにした。


 不快であれば帰ろうか?とライザに提案したが彼女からすればこのような不埒な視線は慣れたもので一々気にしていてはきりがないとの事


「……君さ、ここどこだか分かっている?」


 ライザにきっぱりと断られた事が頭にきたのだろう、ニコニコと笑っていた大男は凄むように言葉に圧をかけてきた。


「……囲まれているね」


 通りを歩いていたらいつの間にか大男の部下と思われる人たちに囲まれていた。通行人も何事か?とこちらへ視線を向けるがこの手の荒事は何時もあるのだろう、あぁと言った様子でミナトとライザの顔を見たら納得した様子で去っていった。


「前にもトバリと一緒にいた時に似たようなことあったんだけど、ラノンって意外と治安悪い?」

「……私の所属する部隊は西地区の管轄外なのでと言い訳したいのですが、これに関しては申し開きできませんね」


 囲んできた男たちはみな屈強な身体を持つ人たちだ。西地区は第4都市警備隊で管理されているという事らしいが、今相手にする人物が警備隊所属だとは思えない

 下部組織の人間は民間の連中なのだろう、こうやってスカウトが来る辺り警備隊の人間では出来ない事はこうやって都市の荒くれ者たちにやらせているのかもしれない


「おい、お前」


 ライザの連れである俺に対して囲んでいた男たちの内の一人が掴みかかってきた。人質にでもするつもりだろうか、見た目的にも俺が一番御しやすいと思われたのかもしれない


「があっぁっ!」

「俺もさ、居ない者として扱われることに頭に来ているんだよね」


 見た目からして侮られるのは仕方の無い事だというのは分かっている。身長も女性であるライザと同じぐらいの背丈しかないし体つきも相手にしている男たちに比べれば随分と貧相だ。


 それでも男としての矜持がある。この姿でも前の姿でも侮られる事だけは一番嫌いだったそれが例え格上でも変わらない

 実際に俺とトバリ、ライザを見比べてみれば見た目麗しい彼女たちに比べたらこの姿はとても釣り合っていない、人によっては実力で埋め合わせをするだろうがトバリはともかくライザはカラーズクラスの実力者だ。


 彼らがライザの実力を分かっていて事に及ぼうとしているかは謎だが、どの道俺が侮られる事には変わりない


 正直言えばこのような荒事が起きるのは分かっていた事ではある。幾ら治安の良いラノンの都市でも色街やギャンブル街を仕切る場所の人間が礼儀正しいとは思わない


 カルゼラさんから変化の指輪を貰って、やっと姿を晒して羽を伸ばせるかと思えば結局は遊べないし面倒事だけが残った。


 その怒りを込めて掴もうとしてきた男の腕を強く握る、ギシリと締め付ける音と共に男の叫び声が響く


「てめえ!」


 仲間の叫び声に呼応して囲んでいた男達が一斉にこちらを睨む、腕には隠し持っていた短剣がその武器を見た瞬間隣で静観していたライザが不敵な笑みを浮かべて笑っていた。


「正当防衛成立です」






 ミナトが一人の男を絞め落とす間に、スカウトをしてきた男を含めた6人を瞬時に無力化した。ライザはにやりと笑った瞬間、左手の拳がブレて的確に男たちの顎を穿った。

 張ってあった糸が切れてしまったかのようにその場で倒れこんだ男たちを見て周囲で見守っていた通行人からは一瞬叫び声が聞こえた。


「大丈夫です。私は警備隊の人間ですので」


 ライザが取り出したのは警備隊が胸に付けているバッジ、二つのえ剣が交差してその中心にはアイリアと呼ばれる花が描かれている銀のバッジ、それはこの都市で働く警備隊を意味していた。














「で、天帝様はどうでしたか?」

「はい、本日西地区の色街を始めとした歓楽街を楽しそうに見学なされていました」


 北地区に存在する第3都市警備隊本部、その一室には騒動の一件の引き渡しを行う為にやってきたライザとカルゼラ組長の秘書である女エルフのミネスが、彼女とライザの二人以外誰も居ない一室で話し合っていた。


「そう……あなたの感想は?」

「色事に関しては関心がある様子でした。実際に私の胸にも視線が何度か向かれることもございましたし、奥手ではあるようですが……」


 今回の事件はある程度予測されて作られた事件だった。


「まぁなんといいますか、このような事に対して経験はありませんが、ここまで西地区の荒くれ者たちが接触してくるとは思いませんでした」

「それはそうでしょう、人間の男なんて皆そんなものです……しかし天帝様が色事に興味があるのはとても良い事です」

「ですが……」

「えぇ、当然分かっています。今は関係を築くことを重視しなさい、事を急いでは不興を買いかねませんので」


 ミネスは独断で動いていた。ミナトに対して西地区がどのような場所か噂を通じて興味を持たせ休日に合わせてライザを餌に荒事に巻き込ませた。所謂マッチポンプに近い事である。


 ミネスにとって西地区の状態は不快の極みではある物の、その実態を熟知していた。彼女の知り合いには第4都市警備隊の者もいるし、今回の計画もその知り合いを通じて行われた。


 人間においては容姿端麗なライザを餌にすれば西地区で娼館を経営する男たちは放置しておかないだろうし、その為に案内するルートも事件に巻き込まれやすいような場所を選定した。


「了解しました。引き続きミナト様の護衛を続行します」


 規律よく敬礼をミネスにしたところで退室したライザを片目にはぁとただ一人部屋に残ったミネスはため息をついた。







「彼女を女として見るのであれば私にも当然チャンスはあるはず」


 部屋を出ていったライザはエルフであるミネスから見ても容姿端麗で綺麗な少女だと思う、彼女の故郷は代を重ねるごとに実力と容姿を洗練してきた国家であり、その努力の結晶が彼女達帝国貴族の子息たちである。


 事実、エルフの男性の中には彼女たちに篭絡された者もいるという、同じエルフとして腹立たしい事この上ないがそのお陰でライザと言う都合の良い手駒を天帝様へ献上出来たし、今回の件も彼女が容姿端麗だったことが計画の肝であった。


 そしてミネスは疑っていない、ライザぐらいの容姿で天帝様が気に入るのであればエルフである私にも当然その眼を向けてくれるだろうと


 上司であるカルゼラ組長は天帝の御子の母は人間でも獣人でも構わないと言っていた、しかしミネスからしてみれば天帝の御子に下賤な人間や獣人の血が混じることはその話を聞いていたミネスの強く握っていた手から血が滲むほど許され難い事だった。


 ただそれでもミネスはエルフの女だ。現在天帝が置かれている特殊な状況は彼女であっても彼女個人では早々に打開することは不可能だし、上司であるカルゼラ組長が慎重に事に当たっている事から大それた事は起こせない


 それでもミネスは今回の事件を引き起こす決断をした。その為に第4都市警備隊の巡回網を調べ入念な調査によって今回の件は引き起こされた。そして護衛していた手駒であるライザからもたらされたレポートを読んでミネスは微笑んだ。


「男としてのプライド……そこを刺激すれば喜んでくれるかしら?ただその御心を弄ぶのは不敬?」


 カルゼラ組長の天帝を第一に考えるその思想は同意する。彼女自身熱心なロマ教の信者であるし、ハイエルフであるミナトに対してもその向ける敬意の気持ちは確かにある。


 だけども


「下賤な者たちと共に生活する……天帝様にとってこれはどうなのかしら?」


 彼女は熱心なロマ教でありながら一般的な価値観を持ったエルフの女でもあった。


 ライザを始めとする帝国貴族の子息たちがなぜエルフの女を狙わないか、それはアリアナやナディスを例外として殆どの女性は人間や獣人を下賤な者として見ているからであった。


 その発端となるのは、未だ無くならないエルフの誘拐事件に端を発する訳なのだが、彼女の心の内を知る者は誰も居ない




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