第22話

 ナディスさんが紅蓮の冒険者と呼ばれるなら、シスターのアリアナさんは氷の魔女と呼ばれていたそうだ。

 魔女という言葉は冒険者たちにとっては特別な意味を持ち、この魔女の二つ名を持つ冒険者は少ないと聞く


 それだけでもシスターが優れた冒険者だったことを表すのだが、そこに氷と名前が付けばその意味合いはより一層深まる。


「特殊魔法属性・氷、私の持つ特殊技能にはその様な物がございます。私の冒険者カードはご覧になられなかったのですか?」

「はい、借り物を余り見るのもいけないと思ったので」

「そうですか……この様子だとナディスは特殊魔法について教えていないとも割れるので私の口から説明させていただきますね」


 そう言うと以前借りたシスターの冒険者カードを取り出した。


「特殊魔法とは特殊技能によってしか発現しない特別な属性の魔法の事です。現在分かっているだけで氷、鏡、血、時間と言った物が確認されています」


 実際には他にもあるそうだが、秘匿性が高くシスターでも全貌は知らないとの事


「そして私が持つ特殊魔法属性・氷は文字通り氷を操ることができます」


 シスターはそう言うと手のひらには以前ナディスさんが見せてくれたように球体状の白い球が出現する。


「これは氷の球体魔法である『氷球』ですね、そして私は魔法言語で行使文を唱えていません」

「特殊属性の魔法は魔法言語が無いと?」

「えぇ、この魔法はレベルアップで覚えることのできるスキルに近い性質を持ちます。なので特殊魔法はイメージが発動条件になるのです」


 なんだそれ、と一瞬思ったが聞けば特殊魔法は俺が持つ〈光学迷彩〉カモフラージュのような枠組みみたいなもので、光学迷彩と同じように魔法言語を介さず能力を発揮できるそうだ。

 その割には汎用性高すぎんだろ、とは思う物のシスター曰く氷魔法は発動条件の全てを感覚で行うので戦闘の際、少しでも感情が揺れると行使できないそうだ。


 例えば魔物との戦闘の際、重傷を負ってしまうと魔法を行使するために必要なイメージが激痛で纏まらないし怒りで感情が高ぶっても発動しにくい


 ある意味魔法言語で行使文を唱えればある程度アバウトに魔力を込めたとしても発動する普通の魔法の方が場合によっては使い勝手が良いそうだ。そう言われれば納得はするが


(でも魔法言語を覚えなくていいって便利だよなぁ)


 突貫工事で千里眼の中級時空魔法を覚えたのだが、やはり火球のような初級魔法に比べて随分と複雑で予想以上に習得に時間がかかった。今でも戦闘中だと使えないし実践レベルまで持っていくのは中々に困難だった。










「アリアナ様、普段はあのような感じなのでしょうか?」

「……そうかもね」


 俺がシスターに氷魔法について話を聞いていたことでシスターからの怒りの矛先が逸れたナディスさんはホッとした様子で安心していたが、シスターがある程度話が終わった後、ナディスさんを連れて店を退室した。


 どうやら今回の件も含めて良くお話をしなければいけないとの事なので今日はこのまま戻ってこないそうだ。料金は既にナディスさんが払っているので追加で食事をしたければその分の料金はこちらで持つので食事をお楽しみくださいと周りの人々を畏縮させるような綺麗ながらも威圧感のある笑みでナディスさんと一緒に店を出た。


 シスターとナディスさんが店から出て行って、残された俺とトバリはポツンと静かになった一室でシスターの意外な面を見てそう話し合った。それでもシスターを尊敬しているトバリはどこか別の面を知れたので嬉しそうだったけど








 色々と問題はあったものの、俺とトバリは無事にHR1の鉄等級冒険者へ昇格することが出来た。

 その為、俺とトバリが挑める階層の範囲は五層までになっており次の昇級に必要な討伐モンスターが書かれてある紙を見ながら第二層を歩いていた。


 じめっとしたような湿度の高い第二層は全体が暗い洞窟となっていて、死角も多く突発的な戦闘も起こる。

 この層から出現する宝箱には簡易的な物ではある物の罠が設置されていたりもする。


 その為、この第二層から本当のアビスの大穴が始まると言われているぐらいで、第二層へ挑めるようになる鉄等級冒険者からがちゃんとした冒険者と認められる。

 ただ第一層と違い第二層で探索する冒険者は少ない


 冒険者擬きと呼ばれる白等級冒険者が多かった第一層と違い、第二層からは常に深い階層へ挑戦する冒険者が多い事から挑戦できる範囲でどんどんと奥へ進むことが多い

 あとは単純に第二層は狭く暗く戦い辛い、肌に纏わりつくようなじめっとした湿度に空気もよどんでいるので人気が無い


 第二層で探索するぐらいならさっさと降りて第三層に行った方が良いと判断する冒険者が多く、昇級に必要な第二層に生息するモンスターを討伐したらさっさと第三層へ移動するのが普通だった。


『キッッッ!』


 湿った空気を切り裂くようにトバリの剣が第二層で出現する蝙蝠の様なモンスターの首を掻き切る。

 短い悲鳴がダンジョン内に木霊する中、トバリの頭上に張り付いて隙を伺っていたスパイダーに電撃を浴びせる。


 バチィ!と細い稲光がスパイダーに直撃して若干黒ずんだ様子でポトリと張り付いていた天井から落下する。それを見てトバリは落ちてきたスパイダーを避け蝙蝠と一緒にスパイダーの剥ぎ取りも行う


「周囲にモンスターが潜んでいる様子は無いね」


 今では使用率が一番高い千里眼を使用して周囲を警戒する。俺を中心にして円状に広がる索敵範囲内には付近にモンスターは見当たらなかった。安全が確保できると戦闘時の張り詰めた緊張感が霧散し近くの壁にもたれ掛かり吹き出る汗を布で拭う


「第二層に挑んでから二日目ですが、昇級に必要な素材は集め終わりました。街道に戻って第三層に行きますか?」

「うーん、見るだけ見てみようか?時間も中途半端だし探索する時間は無いかも」

「そうですね、では私が先導します」


 ふぅ、と一息ついたところで昇級に必要な討伐モンスターの証明部位が集め終わったのでこの第二層にはもう用は無くなっていた。


「第三層からは当分切り開けたエリアが広がっているそうです。その分魔物も強くなっているようですが戦いやすくはなりそうですね」

「あぁ、第二層時点で魔物に対する火力は十分だし戦いやすい方が利点が大きくなりそうだな」


 今現在では俺もトバリも第二層に住むモンスターを一撃で屠ることが出来ていた。使用している武器の質も良くトバリは剣士の特殊技能持ちなのでステータスの伸びも良い

 俺も人間だったころに比べたら筋力や俊敏の伸びも良く魔法に関して言えば未だ各属性の球体魔法でも十分すぎる火力があった。


 入り組んだ洞窟を擁する第二層でも先人たちが壁をぶち抜いたおかげで第三層への道はまっすぐ地面も整備されているので移動がしやすい、ただ10層以降は壁が破壊できない程硬くなっているそうなので、第二層の様に移動しやすいのは今だけだと言われた。







「ここが第三層か」


 整備された街道を歩き、階層を降りるとじめっとした苔を生やした岩肌から一変して草木が生い茂る場所へ出た。

 第一層と同じように天井には日光の様な光が差し込んでいる。アビスの大穴はこのように地上の様な解放感が溢れる階層が比較的多く、第二層の様な洞窟みたいな場所は結構少ない


 草原の様に開けているので所々同業者だと思われる冒険者もちらほらと見かけることが出来る。人型モンスターの代名詞であるゴブリンもこの階層から出現するようになりいよいよモンスターとの戦闘も本番を迎えると言った様子だ。


(4人か、まぁ妥当な人数だな)


 冒険者がパーティーを組む人数に上限は無い、ただ人が多すぎると動くために必要な物資の量や、報酬の分け前だったり戦闘の際の連携だったりで不備が出てしまうので大体は4人組を結成するパーティーが多い

 中には6人組だったりもするそうだが、10層までで大人数で徒党を組むといった冒険者は余り居なかった。


「第三層ぐらいだと小規模なパーティーが多そうですね、これなら目立ちにくいかと」


 トバリの言葉に軽く頷く、実際に俺とトバリは二人でこの第三層に居る。何故かは分からないが殆どの冒険者は3人以上7人未満の規模のパーティーが殆どだ。

 これが10層以降であれば報酬の額や敵の強さが跳ね上がるので10人規模のパーティーも多くなるそうだが二人組でダンジョンに挑む冒険者を殆ど見かけなかった。


「戻ろうか、ナディスさんにも聞きたいこともあるし」

「はい、それが良いと思います」

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