第19話

 アビスの大穴の第二階層以降はHR1になる必要がある。冒険者プレートの色からして鉄等級冒険者と呼ばれるこのランクへ上がるためには特に難しいことは無い


「ミナト様、スパイダーの牙を採取しました」

「うん、こっちも指定された素材を取れたよ」


 スパイダーの牙、カメリアの花、群竜の鱗これらの指定された素材はHR1に上がるために必要な素材だ。

 どれもが広大な第一層で出現するモンスターの素材で唯一の採取素材であるカメリアの花は街道から少し離れた水辺の付近に多く群生している。


 巨大蜘蛛の魔物であるスパイダーも問題なく倒せる魔物だ。蜘蛛らしく壁や天井に張り付いていたりするが、それ以外は群竜やガドラータよりも脆く牙も冒険者として覚醒しているなら大怪我をするほど鋭い物でもない


 なので冒険者になっていればそのままHR1まで上がる冒険者も多いのでHR0の白プレートは実質冒険者擬きと呼ばれる第一層だけで日銭を稼ぐ冒険者ぐらいしか付けていない


 そのせいか



「お~、やっと鉄級に上がるのかよ、大丈夫かぁ?」


 ねっとりとどこか馬鹿にした口調で俺らに話しかけてくる冒険者、彼らの首に掲げるプレートはHR2を示す銅のプレート


「トバリもよ、こんな暗い奴のパーティー辞めて俺らの組もうぜ」


 ニヤニヤと俺の反応を楽しむ銅のプレートを首に下げた人間の男の冒険者

 後ろには鉄プレートを首に下げた男が二人、どれも人間で構成された三人組のパーティーだ。


「今時白プレートの奴なんてみねぇよ、そんな立派な装備していて白プレートって笑ってくださいって言ってるもんじゃねぇか」

「……で、何の用だ?」


 白プレートを掲げている人間なんぞ、本当にギリギリの生活をしている冒険者ぐらいしかいない

 アイアンの冒険者は一定期間内に現在の等級に見合う素材をギルドに納品するかクエストをこなさないと階級が下がるシステムがある。中にはお金がなく腕や足を再生出来ない冒険者なども存在し、それらの冒険者は段々と階級が下がって白プレート落ちする者も存在する。


 ある意味白プレートを首に下げているのは嘲笑を買う行為になっているそうだ。


 これに関してはカラーズという遥か上の冒険者であるナディスさんでは分からない事だろう、しかしアインズの冒険者の間では白プレートは嘲笑の的で数日間フードを深く被った不審者に様付けで付き添う少女の二人組が居ればこうやって絡んでくる輩が出てきたと言う訳だ。


「だからよぉ、お前に女は勿体ねぇって言ってんの、ほらトバリって可愛いじゃん?こんなフードをずっと被ったままの辛気臭せぇ奴についていく必要ねぇって」

「いえ、私はあなた達に興味はありませんので」


 ニヤニヤと撫でた声の様に話しかける冒険者、俺も不快だし余り感情を出さないトバリですらどこかピリついた雰囲気を纏っていた。


(ぶっ飛ばすのは簡単だけど……)


 魔法を使って威嚇するのは簡単だ。エルフの耳を出せば絡んでくる彼らも逃げるように退散するだろう

 ただそれらは目立つ行為だし、ナディスさんの名前を出しても信じて貰えないだろう


「なんだよ、擬きのくせに」


 トバリが明確に拒否するとそれが癪に障ったのか、撫でた声で話しかけていたリーダーの男が冷めた様子で話す。

 武器を取り出す様子はない、そりゃそうだ。第一層はその擬きを含めた冒険者が多くいて人目に付く、冒険者同士の私闘は禁止されているのでこのような場所では武器を抜く奴は居ない


「あーあ、せっかく誘ったのに断られちゃった」


 やけに大声で残念がる様子の男たち、すんなりとその場を立ち去ったが俺の経験上、このまま大人しく居なくなるという事は無いはずだ。


「……どうしますか?」

「ナディスさんに相談してみよう、こういうのも経験だと思う」


 正直言うとトバリの顔立ちは綺麗だ。


 ヤマト国という黒髪が目立つというのもあるし、見た目も将来が楽しみな美少女だ。男である俺から見てもトバリは美少女だと思うし、あのような絡んでくる輩も居る事から間違ってはいないのだろう


 俺がおいそれと顔を出せずフードを被った状態の不審者の様な姿であるのと、彼女が様付けで呼ぶことから要らぬやっかみを買うのは今後も起きうる案件だ。

 それこそ俺がエルフとして顔を出せばこれらの問題は解決されるが、この都市は思っていた以上にエルフ同士の横の繋がりが強いと言えばいいのか、一回でも姿を晒すとその界隈から接触が来るようだった。


 実際にこの都市へ初めてやってきたであろうエルフの少年もあれよあれよと他エルフの冒険者たちに囲まれギルドに連れていかれているのを見かけた。見た様子悪意はなく善意で案内した様子だったがどこか同気相求というか、同族を見るとお節介を焼くエルフが多いようだった。


 そんな訳でエルフとしても顔を出すのは憚られる、どうしようもなければ顔を見せるぐらいはするかもしれないが、出来ればこのまま穏便に事を済ませたいが……








「へぇ、アインズの冒険者だとそんなことが」

「はい、今後のこともありますのでこの際はどう対処すればいいかと思っていて……」

「まぁアインズの冒険者の殆どは俗物だよ、素直に退いたってことは闇討ちかな、やるなら第二層だろうね」


 間違いない、と断定する様子で話すのは次の階層である第二層だ。


 第二層は開放感ある第一層と違い、暗く全体が巨大な洞窟になっている。


「第二層は視界が悪く死角も多い、彼らに昇級アイテムを見られていたってことは構えている可能性は高いよ」


 確かに絡んできた冒険者達にはHR1へ上がるための送球アイテムであるスパイダーの牙、カメリアの花、群竜の鱗を見られている。彼らも昇級した経験があるから俺たちが次第に第二層へ挑むのは分かっているとの事だった。


「まぁトバリは人間にしては顔立ちが良いし君は顔を出せない事情がある。私が出て止めてもいいが10層以降では私の影響を受けない輩もいるからね」


 ラノンを拠点にする冒険者ならナディスさんの名声はアイアンの冒険者達にも轟いている。『紅蓮のナディス』火魔法が得意な彼女に合ったその異名は常にソロで活動するという話題性もあってラノンでナディスさんを知らない者はいない

 ただそれもラノンの冒険者界隈の話であって、他の都市なら知らない冒険者も多いとの事、勿論知っている冒険者の方が多いが中にはどうしようもない奴らも居るそうで、名前は知っていてもエルフを軽視や敵視する人間が居るのでいずれは直面する問題だと言う


「安易に仲間も増やせないしね、私としては襲ってきたやつらを返り討ちにするのがおススメかな」


 冒険者らしく実力行使が一番だとナディスさんは言った。

 真実薬という質問されたことを正直に話すという自白剤と呼ばれる物がこの都市には存在し、主に争いごとが起きた時に使用される薬がある。


 本来であれば人間通しの争いごとでは使われない薬だが、最悪それを使ってもいいと言われた。エルフならそれらの仕入れは簡単でその日で用意も出来ると言われた。


「まぁでも返り討ちに合っても騒ぐ馬鹿は余り居ないけどね、ただ10層以降だと都市間で険悪だったりすると冒険者から嫌がらせを受けたりするから経験することも必要だ」


 ラノンと関係が悪いのはあの白人至上主義の都市であるラスティールの都市ぐらいだが、所属するギルドが違う冒険者通しだと喧嘩を吹っ掛けてくる輩は結構いるそうだ。

 10層以下はモーヴの支配下にあるのでエルフ以上に人間に対して関心が薄い精霊が支配する街なので精霊や精霊使いの冒険者以外は実力主義の無法地帯みたいな様相を呈しているそうでこのような争いごとはよくある事らしい


 何とも冒険者らしい殺伐とした世界だがこれも経験との事だそうだ。



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