第10話

 エルフが支配するダンジョン都市『ラノン』の北地区は世界三大迷宮と呼ばれる『アビスの大穴』のすぐ傍に面し、多くの冒険者が行き交う都市の中でも最も人の量が多い場所だ。

 摩天楼と言わんばかりの背の高い建物が所狭しと並び、人間以外にも獣人やドワーフなど多種多様な種族たちが通りを歩いていた。


 ラノン一日目はシスターの厚意によって教会の施設内で泊まらせて貰ったが、これからは自ら宿を取り、装備を整えダンジョンへと挑まなければならない、一度はアビスの大穴に挑む冒険者をやってはいたがその時に暮らしていたエルニアの都市は存在しない


 まずは拠点となる宿泊施設を探す事だろうか、北地区に入った場所は見た感じ装備類を販売する店や工房が立ち並ぶ商店街のように見えた。

 鈍色に輝く武器を背負い、使い込まれた傷のある防具を身に纏いそれまで経験してきたであろう冒険者としての自信を表情に浮かべながら道を真ん中を歩く冒険者


 多くの冒険者が行き交うメインストリートだが、自信のある実力者は通りの真ん中を肩で風を切るように歩き、下っ端と思われる貧相な装備の冒険者は道を譲って道の端を歩く、その光景は如何にも実力社会の冒険者が集まる街と言った様相を見せており、どこか懐かしさも感じる。

 店の入り口では店員と冒険者が値下げ合戦を繰り広げ、喧騒と言える程の騒がしさが耳に響く


「ここは商店通りの部分ですね、主に装備類を揃える際に訪れることになりそうです」


 トバリはシスターから貰った手書きの都市のマップを広げながら現在地について説明してくれた。

 澄ました顔をしている彼女だが、よく見れば如何にもダンジョン都市らしい都市の光景にどこか興奮している様子だった。


「装備類はナディスさんに会ってから相談してみよう、素人が適当に選んでも買い直したら勿体ないからね」


 一応自分も冒険者をやってはいたが、人に教える程実力があったと言われたら不安が残る。シスターが言うにナディスと呼ばれる女性はソロで活動している冒険者だがその実力は折り紙付きだそうだ。


 それなら余計な事はせず、まずは拠点となる宿を探しその後にナディアさんを探すのが良いだろう、そしてナディアさんから身に纏う武器や防具の相談をして購入すべきだろう


 随分と他人任せな行為だが使える縁は使うべきだろう、下手にプライドを出して死ぬリスクを高めるよりは余程良いと思う

 店頭に並べられる見事な武器の数々に瞳を盛大に輝かせながら、放置していたらそのままずっと見て良そうな雰囲気のトバリの手を取り、宿のある東側へ歩く






 喧騒に包まれていた商店通りから東へ歩き、少し進むとラノンの宿場通りが顔をのぞかせる。騒がしかった商店通りと違い、宿場町は比較的静かだ。それでも人通りは多く目印のある場所で待ち合わせをしているであろう冒険者がよく見かけられた。


「中々部屋が空いている場所が無いですね」


 俺とトバリは宿場通りに入ってから幾つかの宿屋を見たがどれも満室、もしくは門前払いを受けた。

 アクセスのよいダンジョンや商店通り、冒険者ギルドから近い宿は人気でその周囲も高位の冒険者じゃないと宿泊できないと言われた。


 最も立地の良い一等地はエルフ専用のエリアとなっており、従業員の人間以外は入る事さえ許されないという徹底ぶりだ。

 特区と呼ばれたエルフ専用のエリアはまさに別天地と言える程の光景で、特区と区切られた場所には都市の警備兵が目を光らせている。


 その為、俺とトバリはダンジョンがから遠い人気のない宿を取るしかなく、段々北地区の中心から離れていくにつれ行き交う冒険者は少なくなっていった。


「一か月間だね?一部屋二人で7000ゴルドだよ、飯は別料金ね」

「はい、分かりました」


 シスターから貰った銭袋から大金貨を1枚取り出す。フードを深く被っている不審者っぽい姿の俺が貴重な大金貨を取り出したことに店主の婆さんは目をまん丸にして驚いた後、どこか疑った様子の表情を俺や後ろに居るトバリに向けて来るが特に喋る事もなく御釣り3000ゴルド分の金貨3枚を渡し、俺は部屋の鍵を貰う


「二人で一か月7000ゴルドは安いですね、立地は良くないですが部屋も悪くないですし当分はここが拠点になりそうですね」


 ガチャリと部屋の鍵を閉め、部屋の両端に設置されたベッドの片方に腰を下ろす。

 反対側にトバリが座り、持っていた荷物を下ろした。やっとの思いで見つけることが出来た宿は北地区でも端の方、殆ど東地区と言える程の場所で、冒険者ギルドと言った施設からは最も遠い場所に位置する宿屋だ。


 その為かこの宿屋に泊まる冒険者は少ない、居たとしても俺のように不審者みたいな恰好をした冒険者が多くどこかどんよりした暗い雰囲気を醸し出していた。


 それでも部屋の内装は二人で一か月7000ゴルドと破格でありながらしっかりとしている。部屋は狭いが清潔なベッドが二つにテーブルが一つ、椅子も人数分用意されていてランプも置いてあった。


 燃料は別途かかるようだがそればかりは仕方ないだろう、清潔というだけでもストレスは大幅に軽減されるし、水浴びも出来る。清掃も二日に一回行われるようでその際は空いた別室を宛がわれるようだ。

 そう思えば良い場所を見つけたかもしれない、ギルドまでは遠く移動は億劫なのだが、俺がエルフたちから隠れなければいけない都合上、条件としては揃っていると言えた。


 部屋に付けられている窓を開け、そろそろ正午を迎える頃合いだろうか、温かな風が部屋に入り込む

 とりあえず一か月分の拠点は見つけた。まだシスターから頂いたお金は残ってはいるもののこれから装備を整えたり、食事代といった物に使われるため、なるべく早い段階で収入を得る段階まで持っていきたい


 クゥ――――――


 静かな部屋の中でお腹の鳴る音がする。正面を見れば少し赤面した様子のトバリが顔を伏せていた。


「……ご飯にするか」

「―――はい」










 昼食を宿の食堂で取った後、早速冒険者ギルドに足を運んだ。

 ダンジョンを管理運営する『冒険者ギルド』はアビスの大穴へ通じる入り口の道を挟んだ正面に存在する。

 摩天楼の様に巨大な建物が並ぶ中でもひと際目立つ冒険者ギルドの建物には多くの冒険者が出入りをしていた。


 広々としたロビーから人間冒険者専用の受付カウンターに並び、中には横暴な冒険者に割り込まれたりしたものの、何とか窓口受付嬢に話を持っていくことが出来た。


「す、少しお待ちください!」


 サービス業という都合上、整った顔立ちをした受付の女性へシスターから預かったギルド側へ渡す手紙を取り出して渡した。


 最初は訝しげな表情で俺を見ていたが、出された手紙に描かれている模様、そして手紙を封している封蠟のマークを見てその様子は一変した。飛び出すといった勢いでその場を後にした受付嬢を見て俺や後ろで並んでいた冒険者が何事かと言った様子で見ていたが担当していた受付嬢は大した時間もかからない内に、上司と思われる男性を連れて戻ってきた。


「アリアナ様がギルドへ手紙を寄越されるとは……内容は私、イネロが承りました」


 受付嬢が上司の男性を連れて来てから二階にある別室へ案内された。簡素な造りではある物の、しっかりと掃除が行き届いた部屋には担当した受付嬢が立っておりその上司が自分の正面に位置する椅子に座った。

 俺とトバリが並ぶように反対側の席に座り、話が始まる。


 ギルドの上層部と思われる男性は先程渡した手紙を読みながらどこか感嘆とした様子で話し始めた。


「マイネが無礼を働き誠に申し訳ございませんでした。上司として深くお詫び申し上げます」


 そう言うとイネロと名乗った男性は深々と頭を下げ、横に立っていた受付嬢の女性も慌ててイネロさんに続く形で頭を下げた。


「いえ、私も紛らわしい恰好をしていたのが悪いので……それで手紙の内容とは」

「えぇ、アリアナ様からはミナト様とトバリ様を支えて欲しいと、あとギルドの方からナディス様への連絡を付けて欲しいとの内容がありました」


 アリアナ様……昨日お世話になったシスターから出された手紙は事前に聞かれていた内容と同じなようだった。

 聞けばギルドでも大きく分けて二つの部署があり、人間や獣人の冒険者を担当する部署とエルフの冒険者を担当する部署に分かれているそうだ。

 巨大な冒険者ギルドの建物には二か所の出入り口があったが、片方は人通りが少なかったので、念の為出入りの多い方の出入り口から入ったのだが俺が選んだ場所は正解だったようだ。


 巨大な建物には実質二つのギルドが存在しているようなもので、イネロさんは人間や獣人を担当するギルドのギルド長をやっているそうだ。イネロさんクラスだとエルフ側の人達とも連絡が取れるようでこれからナディスさんに連絡が行くとの事

 二つのギルドが存在するこの建物内には人間とエルフが共同で使える部屋があるそうで、そこで待つ事になるそうだ。部屋までは案内するそうだがそれ以外は当事者で話して欲しいとの事


「その……シスターとはどんな方なのですか?」


 イネロさんから説明を聞き終わった後、話を続けるように横に座っていたトバリがイネロさんにシスターが冒険者だったころについて聞いた。トバリの質問を聞いて話すべきだろうかとイネロさんは悩むが、コホンと軽く咳をして話始めた。


「アリアナ様はHR10まで到達したエルフの冒険者の中でも突出した実力を持った冒険者でした。アリアナ様は人間である私たちにも分け隔てなく接してくれる方でアリアナ様が引退してから早10年が経ちますが今でもアリアナ様を信奉する冒険者は多いです」

「HR10ですか」

「えぇ、改定後のランクではありますが、アリアナ様は現在でも最高位のHRを持つ実力者です。引退後は教会で従事するようになってからギルドとは全く関係がなかったのですが……」


 俺の知っているHRとはまた変わっているそうだが、それでもシスターはHR10という歴代でも最高位のランクを持つ一流の冒険者だったそうだ。シスターは30年の落日と呼ばれる俺が寝ている間に起こった悲劇で一変したダンジョンで53層まで到達した経験を持つ攻略者と呼ばれる称号を持つ冒険者だったそうだ。


 そんな彼女が10年の月日を経ていきなり彼女の名前が記された手紙が届く……彼女の偉業を言い伝えで知っている受付嬢は酷く驚いたそうで、俺やトバリを放置してイネロさんの所まで行ってしまったらしい


 解呪の魔法が使える時点で高い実力を持つ人だとは思っていたがまさか攻略者の称号を持つ程の冒険者だとは思いもしなかった。


 攻略者とはアビスの大穴にて未踏破階層を攻略した冒険者に贈られる称号だ。30年の落日後、その称号を持つ冒険者は多く居た物の一般的に攻略者と呼ばれる人物は落日前の段階で50階層以上を攻略した冒険者、落日後であれば40階層以上を攻略した人を指すそうだ。


 そんな中でも特別有名なのがシスターであるアリアナ様だという、現在最高到達地点である53階層の攻略者でありエルフでありながら人種問わず分け隔ての無い人柄が彼女を英雄視する理由だ。その為、彼女が教会で従事するようになってからは彼女を信奉する冒険者からの援助が多くなったとも言われるそうだ。


 昨日、奴隷紋を解呪してもらい泊まる場所も用意してくれたこともあってかシスターの信奉者になったトバリはイネロさんの話を聞いてどこか満足げな表情をしていた。

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