第5話

 俺を含めた門前の広場にいた全員が息を飲んだ。

 殴った事で飛び散った血が辺りに付着し、それまで粘ついた笑いに包まれていた空気が一気に凍った気がした。


「き、貴様何をやっている!?」

「おい、立てるか?」


 後ろから仲間の兵士が動揺した様子で詰問してくるが俺はそれを無視して何事かと目を白黒させている様子の少女に話しかけ、優しくではあるが立たせる。


「少し大人しくしてて」


 キャッと少女の小さな悲鳴と共に麻袋を肩で担ぐように少女を持ち上げる。未だ動揺している兵士たちは皆剣を構えているが、全身金属鎧を纏っていれば幾ら少女を担いでいる俺でもすぐには追いつけまい

 思いの外見た目以上に身体能力の高い身体を使い、一気にその場から立ち去る。

 どうせなら倒れた男の装備を剥ぎ取ればよかったなんて思ったりもしたが、正気に戻った周囲から怒声が聞こえ始めたので一目散に逃げる。


「ま、まて!」


 群衆を掻き分け門の出口を目指す。その途中で門前で守衛をしていた兵士から呼び止められるが気にも留めずに直進で走り抜ける。


 ブンと大振りに振られたハルバードの棒部分を勢いが付く前に空いたもう片方の腕で掴み無力化する。まさか武器を掴まれるとは思いもしなかったのか、勢いよく引っ張り戻そうとするが俺は抵抗せずにパッと手を離した。

 すると抵抗されると思って勢いよく引っ張ったのが仇となったのか、守衛の男はそのまま体勢を崩し尻餅をついた。

 倒れて苦悶の表情を浮かべる男に内心謝りつつも何とか都市から脱出することが出来た。












(はぁ、やっちまった……)


 追跡されない様に痕跡を消しながらアビスの大穴から少し離れ、近くの森へと逃げ込んだ。

 記憶が正しければアビスの大穴周辺に森なんて無かったはずだがいつの間にか動物が行き交う自然豊かな場所が出来ていたようだ。

 アビスの大穴周辺は荒地ばかりだったはずだがどこまで時間がたっているのだろうか、先ほどの考えなしの行動も含めこの先の事を考えると思わず顔を両手で覆いたくなってしまった。


「あ、あの........助けていただきありがとうございます!」


 パチリと焚火が破裂する音を聞きながらその焚火の向こう側に陣取るカーメリア人に捕まっていたヤマト国生まれだと思われる少女が意を決した様子でこちらに頭を下げていた。


「別にいい、あれは見てて気分が悪くなっていたしな」


 彼女は謝るがあれは俺が勝手にキレて行った行為なので謝られる筋合いはない、冒険者は個人間の争いごとに第三者として干渉してはいけないという規定がある。

 なので彼女が俺を闇討ちし行政に突き出しても文句を言うつもりはなかった。ただ内心は凄くムカつくだろうが俺が勝手にやった事だ。


「いえ、あの時助けて貰えなかったらどうなっていたか……冒険者を目指してここまで来たのは良いんですが途中奴隷商に捕まりまして」


 焚火に対して懺悔するかのように俯きながら話し始めた。

 彼女から聞くには想像下通りヤマト国から態々このアビスの穴があるカイネス大陸を船で乗り継ぎ、日銭を稼ぎながらここまでやってきたそうだ。

 そしてアビスの大穴が目前と言ったところで今回掴まっていた奴隷商たちに捕縛されたそうだ。


「それは.......しかしこの大陸出身じゃないと連中の事は知らないよな」


 今がどれだけ時間が経っているか知らないが、当時から彼らカーメリア人は様々な人種を受け入れるエルニアの都市内でも浮いていた存在だ。

 彼らは同じ白色の肌の人間やエルフや雪精族などにはとても寛容的で優しい反面、ダークエルフや獣人と言った白色以外の肌を持つもの、特に黄色肌や黒肌の人間に対してはとても苛烈でエルニアの都市でもすぐに問題を起こしていた。


 勿論白い肌を持つ人間が全員その様な思想を持つわけではないが、彼らカーメリア人のお陰で人間種の白人は何かと敬遠される立場にいた。

 そして話を聞くに彼女は奴隷狩りにあったと言っていた。

 カーメリア国内では度々行われる行為らしいが、彼女の話を聞くに奴隷狩りが行われた場所はここアビスの大穴、エルニアの影響下だ。普通ではありえない


「少し聞きたいのだが、今は光歴何年だ?」


 考えが結びつかない、とりあえず現在の状況を確認する為焚火越しに俯いている少女に今の暦を聞いた。

 彼女は不思議そうな表情をしつつもこう答えた。


「暦ですか?今は光歴2553年の6月ですよ」


 彼女が言うに俺は200年以上ダンジョンの奥地で寝ていたようだ。










「えーつまりはアビスの大穴には四つの都市があってその一つがカーメリア国が支配する都市ラスティールと」

「はい、でもどうしてそんな事聞くんです?」


 当然の事、と言わんばかりに不思議そうな視線でこちらを見る少女トバリが見てくる。

 嘘だろ……何となく時間が経っている事には気が付いていたがまさか200年以上経っているとは


「まぁいい、しかしどうしたもんか」


 彼女はこの後解放するとして今現在の俺は無一文、服すら碌に無い浮浪者よりも酷い状況だ。

 なんなら4つある都市の一つには指名手配されている。

 彼女が言うにはラスティールは他3都市のどちらとも敵対しているとの事なので他三つの都市に入れないと言う訳じゃないだろうが……


「でもミナト様ならラノンに入れるのでは?あそこでしたらエルフは優遇されますし」


 ラスティール人程横暴では無いものの、似たような所でアビスの大穴の南側に位置する都市ラノンには今の俺の様なエルフが支配する国があるそうだ。


「エルフって、昔は少なかったんだけどなぁ」

「?確かにエルフは少ないですけど、やはり著名な冒険者が多いですから」


 トバリが言うにはエルフが優遇される都市ではあるもののカーメリア国のように不当な扱いは受けないそうだ。単純に税とか他の都市に比べて重い様だがその分治安は維持されており、良くも悪くも司法も人間には無関心なので公平なんだとか

 エルフの都市ラノンではエルフ種を第一市民として都市内では特区や免税などの様々な特典が受けられる。アビスの大穴で活躍するエルフの冒険者の殆どはこのラノンを拠点にしているらしい、それは当然だ。


 そしてエルフ以外の人間や獣人と言った種族はその下の第二市民、税は重たい物の基本的な都市の施設を使える。

 エルフの施策によって治安は他の都市の追随を許さない程良く、また都市全体も綺麗だ。


 その為ラノンは例え第二市民になるものの人間や獣人種たちから人気が高い都市の一つでもある。特例として妖精種や精霊種はエルフ種と同様に第一市民として認められる。


 なので一応エルフの姿をしている俺はそのラノンの都市へ行ってはどうか?とトバリから提案されたのだ。


(大丈夫か?姿形はエルフだけど元は人間だし、頬には変な模様あるし)


 気が付けばエルフみたいな姿になってるという不思議現象についてトバリに話しても信じてはもらえないだろう


「そうか、ありがとう……後は自分でどうにかするよ」

「えっ?」

「ん?」


 トバリから粗方現状について聞き終わったので、彼女を解放することにする。聞けば彼女は北部都市の『サーリ』というラスティールとは違ったちゃんとした人間の都市の方へ行く予定だったのでこれでおさらばだ。

 と解散しようとそのラノンへ向かおうとしたら何しているんだ?といった具合にトバリに呼び止められた。


「これで解散だってお前もいきなり奴隷に落とされて災難だったな後は頑張れ」


 じゃっと言った形で俺はその場で退散する。彼女から変わったアビス周辺について聞けたので助けた甲斐があったというもんだ。


「……離してくんない?」

「嫌です」


 がっしりと俺が身に纏っているボロ布の端をトバリに掴まれていた。


「だからこれで解散だって、色々聞けたし俺は満足お前はこのままサーリとやらへ行けばいい」

「いえ、まだ奴隷紋が付いているので一人ではいけません」


 奴隷紋?と聞くと瞳の奥には十字のエンブレムが書かれていた。これはカーメリア国の国旗と同じ模様だ。


「私は奴隷紋が付けられたままなのでサーリの都市には入れません、そのまま時が経てば失明してしまいます」

「解除方法は?」

「分かりません、ただエルフの教会に頼めば解呪してくれると」


 勿論お金はかかりますが、との事

 他の奴隷紋であれば解呪してくれないそうだが、カーメリア国とエルフは凄く仲が悪いそうなのでカーメリア国の奴隷紋であればお金は必要だが奴隷紋を解呪してくれるとの事


「……で、エルフの俺に手伝えと」

「包み隠さず言えばそうなります」


 何をしれっと、なんて思うが乗り掛かった舟だ。このまま放置して失明されても困るので助けてやる他ない

 俺は頭をがしがしとかきながら不本意ではあるものの旅の仲間が出来た。


「……わかったよ、ただ迷惑はかけるなよ」

「はい!」


 出会ってから初めて彼女の満面の笑みを浮かべた返事を見て面倒事は出来たが助けて良かったと思った。

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