そうめんの日


 ~ 七月七日(木) そうめんの日 ~

 ※千呼万喚せんこばんかん

  大声で何度も呼びかけること




「七夕には、おそうめんを食べるの……」


 一般知識がないくせに。

 妙なことを知っているこいつは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 飴色のロングヘアーをなびかせて走りながら。

 俺の湯がいた麺をざるに取って竹に流す。


「なんで七夕にそうめん?」

「知らない……」

「誰から聞いたんだよ」

「青空レストランのマスターに教わったような……?」


 あの、俺だけ開いてるのを見たこと無いはす向かいの店か。


 ほんとに営業してるのか? あそこ。


「まあいいや。流しそうめん、楽しいし」

「そうめん流し……」

「え? なにそれ」

「流しそうめんじゃなくて、そうめん流し」

「誰から聞いたんだよ」

「…………だれだっけ? お姉さん?」


 どこのお姉さんだか知らないが。

 こいつに余計なこと覚えさせんでくれ。


 そうでなくても記憶容量が少ないんだから。

 また、この間みたいな記憶探しが始まったらたまらない。



 ――教室を横断する竹のレーンが横に五列。

 東西に別たれた男性陣と女性陣。


 この間、教室内で焼肉した時に。

 なんて拷問みたいな真似をしやがると文句を言われたので。


 今日は罪滅ぼしに。

 流しそうめんを振舞っているわけなんだけど。


「お前さ」

「なあに?」

「これで食っていけるぞ、多分」

「そうめん流し機?」


 そう。


 麺を床に置いたプールに放り込むだけで。

 五本のレーンから、ひとすくい分にして次々と弾き出し。


 下流まで流れた水と麺をプールへ戻すパイプには。

 冷却機能が備わっている。


 これをたったの二時間。

 俺が秋乃の代わりに立たされ続けている間に作り上げるなんて。


 今更ながら。

 こいつの才能は常軌を逸している。



 ……まあ。

 性格も常軌を逸しているわけなんだけどね。



「くそう! 右から流れて来るから上手くつかめん!」

「男子に厳しくねえか? この配置」

「立哉君を筆頭に、男子はもろもろ反省すべきだと思うので……」

「おいこら誰が筆頭だ」

「…………なにか文句でも? ほさスケたつベくん」

「連日申し訳ございませんでした」


 秋乃のご機嫌は、この竹くらい。

 掃除用具入れの件で傾いだままだ。


 文句や突っ込みをほどほどにしとかないと。

 竹の角度は増していき。

 そうめんが滝から落ちる事になる。


「それはそれでいいアトラクションか?」

「いいアトラクションとはなんだ立哉!」

「女子ばっかりガツガツ食って、どえらいハンデなんだけどこれ!」


 男子は上流が右側に来るエリアにいるせいで。

 まるですくえないと不平たらたら。


 しかもこいつらの取り箸は。

 韓国風のステンレスと来たもんだ。


「うん! おいしいわね!」

「男子が下手くそだから取り放題!」

「くそう、背後からだと取りづらい!」

「この箸もひでえぞ! 麺が全部滑り落ちる!」


 左利きな上に握力が強い数名を除き。

 圧倒的女子優位のハンディキャップマッチ。


 さすがに男子が可哀そうになって来た。


「……秋乃。これでは男子が食えん」

「で、でも……。今日は七夕だから……」

「天の川を隔ててあっちとこっち?」

「ろまんちっく」

「ろまんは、腹が満たされて初めて生まれるものだと思うけどな」

「じゃあ……、せめて……」


 ハンデを軽くするためか。

 秋乃は、紙を一枚ずつ男子に配って歩く。


 そんな紙を受け取った誰もが。

 むすっとしたまま、教室の後ろに飾った竹にぶら下げているんだが。


「なにその紙」

「はい……」


 秋乃が手渡してきたものは。

 なにも書かれていない短冊だったんだけど。


 裏を返してみれば。

 そこにはすでに書かれていた、誰もが思う願い事。



 『そうめん』



「うはははははははははははは!!! 願い事、叶うと良いね!」

「七夕の願い事は、必ず叶うから……」

「そんな都合のいいイベントじゃねえだろ。そもそも知っとるのか? 七夕の話」

「プルトーンに、地上に戻るまで奥様のエウリディケの方を振り返ってはいけないと言われたオルフェウスの琴が星座になって……」

「彦星が一生出てこねえぞその話」


 織姫の方。

 つまり琴座のベガしか関係してねえ。


 でも、物語と聞いて黙っていないこいつらが。

 無理やり彦星を舞台に上げて来た。


「ああ! ボクの織姫! 君は本当について来てくれているのかい!? 振り返ってはいけないという茨の戒めがとうとう僕の首を縛り上げて来た! もう耐えきることはできないよ!」

「私の愛する彦星様が苦しんでいるのね? でも、二人でこの冥府から出るために、私は声を上げてはならない決まり。今すぐ彼に伝えたい! どうか私を信じてください!」

「織姫よ! 信じる勇気を奮い起こすために、どうか一滴の確証を届けて欲しい!」

「彦星様! どうか私を信じてください! そしてこの想いが翼となって、彼の心に届きますように!」

「そうだ! 後ろさえ振り返らなければ!」

「そうよ! 彼に間接的に伝えることができれば!」


 そして織姫は、短冊に『ここにおるで』と書いて笹に飾ると。

 それを見た彦星は、彼女が付いて来ていることを確信して……。


「おお! 織姫よ!」

「ああ! 彦星様!」

「ブッブー。反則です」


 プルトーン役を買って出た俺によって。

 再び天の川を隔てた元の位置に連れ戻されたのでした。


「ああ! いい手だと思ったのに!」

「なんて残酷な結末なのでしょう……」

「小賢しいことするんじゃねえよ。それにそもそも、織姫のこと座の方がオルフェウスだ」

「男女逆転!」

「なんというTS!」

「やかましい。……そうだちょうどいい。ちょっとこっち来い、織姫彦星」


 俺は、麺茹でを秋乃に任せて。

 王子くんと姫くんの手を引くと。


 いつもの秘密基地へと向かったのだった。



 ~´∀`~´∀`~´∀`~



「おお、とうとうその気になったか。あとロッカー狭い」

「面と向かって言われると、ちょっとショックを受けるね。あと三人も入るの無理だよ」


 ショック?

 ああ、そうか。

 びっくりしたって意味か。


 俺は二人に相談してみたんだが。

 芝居っけなしでと枕詞しただけで。


 まるきり返事が出てこねえとかどうなってんだよお前ら。


「あっは! せめて衣装はありにしてくれない?」

「無しだ無し」

「ならば大道具くらいは……」

「なんで書き割りの前で告んなきゃならんのだ。却下」


 身近な知り合いなんて。

 もうおまえらしかいないんだ。


 助けると思って。

 なにかヒントでもくれないか?


「……そう言えば。姫りんごんの告白、かっこよかったよね!」

「だれが姫りんごんだ!」

「あいたあああああ!」

「確かにな」


 姫くんの告白シーン。


 ちょうどその場に。

 俺たちは立ち会った。


 姫くんは。

 雪の中、東京に向かう彼女の元に自転車で突っ込んできて告白したんだ。


 今まで見たどんな映画よりもドラマティックで。

 告白っていうのはあんな感じにやるものなんだなって、巨大なハードルを目の前に置かれた気になったんだ。


「じゃあ……、別れのシチュエーションを準備しないといけねえのか?」

「台本なら書くぞ」

「あっは! フィクションにしてどうするの!」

「確かに」

「確かに」

「きっと頑張らなくていいんだと思うよ? かっこ悪くてもかっこいいのが理想だな、ボクは!」


 なんだその禅問答。


「意味わからん」

「シチュエーションとかいらないんだよ。でも日常的じゃないサプライズ」

「具体的には?」

「えっと……。か、川を挟んだ遠くから、凄い大声で名前を呼ばれたり?」

「またそれなんか!?」


 なにそれ流行ってるの!?

 きけ子に続いて王子くんまで言い出すなんて!


 ……あと。

 なにをもじもじしてるんだよ王子くん。


「かっこ悪いのに、かっこいい?」

「うん。凄くうれしかった」

「嬉しかった?」

「ああ、いや何でもないよこっちの話」

「そうか。……なるほど、参考にしてみる」


 一応お礼は言ったけど。

 結果、役に立たないアドバイス。


 大声上げて。

 秋乃の名前を呼ぶ?


「…………むり」


 こうなったらしょうがない。

 明日はあいつに頼るしか?


 俺は、闇金融の扉を開く心の準備をしながら。

 教室へと向かったのだった。

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