第13話 勇者の戦い

ニマがいなくなってもう三か月経った。


王国からは勇者エマの出現と活躍の噂がこの小さな町にもとどいてきた。


勇者エマ・ニアンブラル


若干12歳の少女が勇者として現れ魔族の軍団を追い払ったという。

そんなに経っていないのにどれだけ強くなっているんだと感心するヴォルフ。


最近ニマから手紙が届き、彼女の視点で近況を教えてくれた。


ヴォルフはあまり字が読めないために代わりに上司に手紙の内容を読んでもらった。


普通の恋文ならば他人に読ませるわけがないのだがヴォルフはあまり気にせずに上司に呼んでくれと頼んだみたいだ。


手紙の内容はというと、


王都に帰ったニマは再度神殿に赴き、神からの祝福と加護を得て勇者の真の力に目覚めたらしい。


そして魔族との戦いに参加し、前線で魔族を叩き伏せ、なんとか魔族を引き帰らせたらしい。


まだ魔族との戦いは終わっていないものの、勇者が現れたことで王国はかなり活気に溢れているようだ。


勇者となってまだ戸惑いがあるみたいだが、早く魔族を倒して俺たちに会いに行きますとのこと。


手紙の内容は以上だ。読み終えた上官はお前も早く文字を読めるようになれと説教してきた。それならちゃんと教えてくれと言い返したら、「知らん自分でやれ」と一点張りだ。


なんて上官ヤロウだ。いつか後ろから刺してやろうと密かに心の中で誓う。


しかし、


「やっぱりアイツはすげえな」


もう二度と勝てないなと呟くヴォルフ。


せっかくなのでマンサに手紙を届けてようと思い、仕事が終わってから酒場にいった。


「あれ、マンサはいないのか?」


俺がそう言うと店の一人がマンサは休みで家にいるよと伝えてくれた。

俺はいつもの酒を買って家に帰る。途中でマンサの家に寄ってみた。


「おぉい、マンサいるか?」


家に入るとマンサの母親がでてきた。


「マンサなら部屋にいるよ?なんか用事があるんならいってきな」


仕方なしに俺はマンサの部屋に行った。


「マンサいるか?」


扉を開いて中に入ると着替え中のマンサがいた。

大きな胸と細く引き締まった身体。下着姿はとても美しかった。


「あ、あんた、なんでこんな時に来るのよ!この馬鹿!下衆!!死んじまえ!」


真っ赤な顔で拳を握りしめ、俺はぶん殴られた。


「あー、痛え」


部屋から追い出され、リビングで待たされた俺は殴られた頬を濡れた布で冷やしながら待たされていた。


「で、変態さんがわざわざ何の用事で来たのかしら?もしかして欲求不満で私を襲いに来たのかしら」


痛々しいセリフで俺を責めるマンサ。俺は反論できず、不機嫌な顔で手紙を渡した。


「ニマからの手紙だ。おまえの分もまとめて便箋にいれて送ってきた。これはお前宛の分だ」


そう言って手紙を渡した。


「それを早く言いなさいよ。勘違いしちゃったじゃない」


俺はお前の母親に言われて中に入っただけなのにな。

声には出せず、心の中で愚痴る。


マンサは手紙を読み出した。


「なあ、お前はニマが女の子だって知っていたのか?」


俺がそう聞くと、


「は?あんたあんなに長い間あの子と一緒にいたのに気がつかなかったの?」


思わずしまったと言って後悔する俺。

さらにマンサは追い討ちをかける。


「まあ、鈍いアンタには一生わからない事ばかりでしょうね。きっと何も知らないまま一生一人孤独に生きていくんだわ」


さっきの恨みか、言葉のナイフが俺のやわな心に突き刺さる。


「言ってくれたら良かったんじゃねえか。俺ずっとアイツを男だって思い込んでたんだ。いまさら何て言えばいいんだ?」


マンサはなぜか意地悪そうな顔で微笑んだ。


「あら、今まで通りで良いんじゃない?いきなり態度を変えたほうがニマは悲しむと思うわよ」


「しかし、何で名前まで変えたんだろうな。ニマって名前も少し変わった名前だとは思ったが、正体がバレたくなかったんならもう少しありきたりの名前で良かったんじゃないか?」


「さあ、そんなこと本人に聞かなきゃわからないわよ。誰かが勝手に名前決めちゃって言いづらかったんじゃないの?」


「そうだったら可哀想だな」


「そんなに変な名前だったかしら」


「あんまり聞かない名前だろ?」


「まあ、そうかも、ね」


「まあ、俺の用事も済んだし、帰るわ。今日はいきなり来て悪かったな」


「ま、待ちなさいよ。一杯ぐらいお酒でも飲んでいきなさいよ。夕飯の余ったのもあるから少し食べてっても良いわよ」


「あ?いいのか?んじゃ、お言葉に甘えて少し食べさせてもらおうかな」


「それじゃ、そこに座って待ってて、いまお酒持ってくるから」


「いや、酒は酒場で買ったのがあるから飯を食べさせてほしいかな」


「わかったわ、いま用意してくる」


機嫌も直ったのかそう言ってマンサは台所に向かった。


「少し冷めてるけど、はい」


ゴトっとテーブルに何品かの料理をのせた皿を置いてくれた。


「すまないな」


そう言って俺は料理を食べさせてもらった。


「ねえ、あの子元気かな?」


「死ななければ良いんじゃないか?魔族と戦っているんだ。元気なんて言ってられるような状況じゃないだろう」


「なんであの子が勇者に選ばれたのかしら。戦いたくなかったって言ってたんだけどね」


「神様から選ばれたんだからどうしようもねぇよ。選ばれない奴の方が多いんだからアイツも苦労するだろうな」


嫉妬、やっかみ、人の醜い面とどう向き合うのか。


わずか12歳の少女が大人たちに良いように利用されてしまうのが二人には到底受け入れられることではなかった。


「はやくお役目御免になってこっちに来れるようになれたらいいのにね」


マンサは息を吐いてそう言った。


「まあ、神様次第かもな」


遠い地で小さな女の子が独りで困難と立ち向かっている。

二人はそう思いながら自分たちの力の足りなさを噛み締めていた。


♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢


ここは王国と魔族の領域の境、前線の地。


勇者エマは王国から下賜された鎧と剣を携え、魔族と戦っていた。


「はぁぁ!」


剣を横に振り、一閃。


剣から放たれた衝撃波のようなものが付近にいた魔族を残らず薙ぎ倒していた。


エマは勇者となって神から凄まじい力を授けられる。


頭の中にイメージしたものが力となって現れる。

魔法に近いものだ。


魔術師たちも戦いに参戦しているが遠距離での戦いしかできないため、前線では勇者一人が一般の兵士たちと混ざって一緒に戦っていた。


あともう少し、


数千いた魔族と魔物は大軍となって王国軍を蹂躙していたが、勇者の登場で戦況は一変した。


もはや近づくことも出来ないぐらいの強力な攻撃で勇者は魔物を殲滅していったのである。


ジェノサイドと化した勇者はもはや一騎当千。


兵士たちは驚きを隠せず戦いの最中であるにもかかわらず勇者の戦いに目を離せなかった。


とうとう魔族の軍団も少なくなったとこらで魔族のリーダーが逃げ出した。そして後を追うように残された魔物たちも逃げていった。


エマは息を整えて剣を下ろした。


兵士たちは賞賛の声を上げ、全軍の兵が勝鬨を上げて勇者を称えた。


「はやく、ヴォルフに逢いたいな」


エマはボソリと呟いた。

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