わんッ!わわんッわわわんッ

副音声:ちゃらりーん♪ちゃらッちゃらッちゃらッちゃらッちゃッちゃッちゃッ♪



【第➃わん! ポチ、話し相手を見付けるの巻】



ごぉおぉぉッ


 小鬼種ゴブリンは問答無用でポチに対して棍棒を振り下ろしていた。不細工な棍棒は不快な風切り音を奏でながらポチ目掛けて強襲していったが、魔術が使えない事を思い出した衝撃によってポチは動けないでいた。

 だから、決して足が竦んでいたとかそういう事ではない。ただ、避けようとしなかっただけだ。避けるまでもないと考えていたのだ。

 だって相手はただの小鬼種ゴブリンだ。最弱種の一翼だ。下手をすれば粘性種スライムにすら負ける小鬼種ゴブリンなのだ。流石に棍棒を喰らえばダメージは多少負うかもしれないが、死に至る事はないと考えていた。

 俗に言うただの慢心である。



 確かに千勝の覇者ウォーロードであれば避けるまでもないだろうが、ポチはただの犬だ。

 それ以上でもそれ以下でもない犬ごときに、魔獣の相手が務まるワケがない。拠って、多少どころではないダメージを負う事を理解していなかったのもまた、事実だった。

 だからこそ、このままでは生後3ヶ月経つ前に魔獣による撲殺という死亡フラグが成立するのだが、ポチはそれでも避けようとしなかった。


 「強者を殺すのは慢心である」と誰かが言ってそうだが、まさにこの事と言えるだろう。

 まぁ、ポチは強者ですらないのだが。




 一方で小鬼種ゴブリンは余裕の笑みを浮かべており、目の前の子犬をったと考えていた。だが、確実に仕留められるハズの棍棒が目の前の子犬に届く手前で、小鬼種ゴブリンの視界は暗転していくのだった。



ざしゅうッ


『な、な、な……なんだアイツは!!』


 ポチの目の前で、ポチを撲殺しようとしていた小鬼種ゴブリンは喉を咬み切られて轟沈した。そしてポチの目に映っていた一部始終は、小鬼種ゴブリンを襲ったのもまた、魔獣の姿をした何かであって、その魔獣の凶悪な全容を捉えていたのだった。



『あ、新手か?!それにしても小鬼種ゴブリンを一撃とはなかなかやるな。まぁ、吾輩も小鬼種ゴブリン如き、デコピンで倒せるがな』


“あ゛っ?なんだ、犬っころじゃねぇか。こんなところでどうした?まったく、1匹取り逃がしたと思って慌てて来てみれば、まさかあのザコに襲われていたなんてな。まぁ、犬っころじゃ足も震えて逃げらんねぇかもしんねぇけどな”


『吾輩は震えてなどおらん』


“なんだ?言葉が通じるのか?おい、犬っころ。おれが何を言ってるか分かんのか?”


『ちゃんと聞こえておる』


“こりゃ面白おもしれぇ。ただの犬っころが言語を話せるなんてな”


『魔獣よ、吾輩をバカにしているのか?』


“魔獣?おい、犬っころ。おれは“元”魔獣だが、今は魔獣じゃあねぇ”


 ポチと“元”魔獣の会話は続いていく。そして話しを進めていくうちに、次第に分かった事があった。

 要するにポチの種族は「犬」と呼ばれるモノであって、ただの愛玩動物ペットと呼ばれる存在という事。

 よって、魔術を使う事は疎か、マナも編めないしオドすらないのだそうだ。


 まぁ、「魔術を使えばあの程度の小鬼種ゴブリンなど簡単に倒せる」とポチが“元”魔獣に話した為に知り得た知識であって、ポチとしてはそれは夢が潰えた瞬間だった為にガックリと肩を落としていたのだが……。



“そんで犬っころ、おめぇは迷子か?”


『さっきから犬っころ犬っころと、吾輩にはちゃんとした名前があるのだ!その名で呼んでもらいたい』


“へぇ。名持ちって事は飼い犬だな?まぁいいぜ、何て名前だ?”


『うむ、心して聞くがよい。吾輩の名前は……』


“あ、すまんな、犬っころ。おれのマスターが呼んでるからすぐに戻らなきゃなんねぇ。ところで迷子なら、おれのマスターに頼んでみるけど、どうする?”


『吾輩の名は……聞いてくれんのか?ふ、ふんッ!そのマスターとやらの元へと早く行くがよい。それに……だ!吾輩は絶対、決して、断固として迷子などではないッ』


“ま、それじゃあそーゆー事にしといてやる。でもま、マスターには念の為聞いておいてやっから、あんまりウロチョロすんじゃねぇぞ”


 こうして“元”魔獣はポチの元を去り、マスターの元へと行ってしまった。ポチは結局のところ、帰り道が分からないままだったが“元”魔獣の言いつけを守る事はせずに、家に帰る為にウロチョロし始めたのであった。


 しかし、臭いはさっきの小鬼種ゴブリン達のせいで、やっぱり途切れてしまっており、もう臭いを辿る事は諦めざるを得なかったのだった。更に付け加えれば迫っていた夕闇は紫色のマジックアワーを呆気なく終わらせており、夜の帳は完全に降りてしまっていた。

 星や月の明かりさえ届かない森の中では足元さえ見るのも覚束なかった。



『うわっ!?なんだ、吾輩の身体が浮き上がっていく!なんだ、さっきの魔獣が言ってた事はやはり嘘だったのだな?この吾輩がいつの間にか前人未到の飛翔航行フライの魔術を習得していたとはな!』


“あー、盛り上がってるところ悪りぃが、ウロチョロすんなって言ったよな?”


『なっ!?お前は!マスターとやらの所へ帰ったのではなかったのか?それとも、吾輩を食べる気……なのか?』


 ポチは首根っこを咥えられた事で身体が浮かび上がっただけだった。まぁ、結局の所、魔術が使えるハズもないのは当たり前の事だ。

 だってただの犬だもの。



“マスターにおめぇの話しをしたら連れて来いってさ。マスターが知ってる犬っころなら家も分かるから……とかなんとか言われたわ”


『いや、吾輩はそのマスターなんぞ知らんぞ?会った事もないと断言出来る!』


“ま、スグそこだから大人しくしてろ。犬っころ”


『うむ。それじゃあいい機会だから、吾輩の名前を教えておいてやろう。吾輩の名は、ジョン・ジョー』


「ーーーーポクフイ?」

(副音声:ーーーーポチ?)


 ポチは衝撃を受けた。自分の名前を知らない“元”魔獣になら、本来の名前を伝える事が出来ると思っていた矢先に今の名前ポチが聞こえて来たからだった。

 どうやら、マスターとやらは会った事がない吾輩の名前を知っていると見受けられる。

 どこでそれを知ったのか甚だ疑問だったが、どうやらポチの首にぶら下がっているモノを見ている様子だった。



“ポチか。よし、ポチ!マスターがおめぇんちが分かったってよ!だから連れてってやる。このまま咥えていくから暴れんじゃねぇぞ”


だっ


『うわあぁぁぁぁぁぁ、目が目が回るうぅぅぅぅぅ』


 こうして“元”魔獣に咥えられたポチは目まぐるしく変わる視界と、度重なる上下運動によって頭がクラクラする事になったが、ものの5分足らずで家に到着したのだった。




 ポチが家の前に来ると、気配を察知した母親が抜け道ペット用扉から外に出て来た。母親は“元”魔獣の姿に大層驚いていたが、自分の前にぐったりとしたポチが差し出されると“元”魔獣に対して頭を1回だけ下げた。

 母親はぐったりとしているポチの身体をペロペロと舐めるとポチを咥えて家の中に入って行くのだった。


 “元”魔獣はその光景を見届けると満足そうに笑みを浮かべ、闇夜に紛れて姿を消したのであった。



“達者でな、ポチ”

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