夢の国の猫獣人

暗黒星雲

第1話 猫獣人の都市伝説

 この城下町には都市伝説がある。それは、「夕刻に散歩をしていると猫獣人と出会う」というものだ。


 お昼休み。クラスメイトの雑談がその話題になっていた。


「そんな事、あるわけないよね」

「阿保らしい。夕刻だから何か見間違えたんだよ」

「それ、幻覚ってやつ?」

「くだらねえな」

「何か悩んでるから見えないものが見えたりするんだよ」

「そうそう。こないだ先生も否定してただろ。そんなものいる訳ないって」


 私は、そんなクラスメイトの話には入り込めない。だって、確かに見たって証言が幾つもあるからだ。彼らが嘘つきだとは到底思えない。


「おい、亜希あき。お前はどう思うんだ?」


 突然、私に話を振られた。


「私は信じてる。あの人たちが嘘ついてたって思えないから」

「あのさあ。お前、妙な噂を流すと処分されるぞ」 

黒瀬ペガサス君。処分って何よ」


 彼の名は黒瀬翔馬くろせしょうまでニックネームはペガサス。翔(とぶ)馬だからペガサスらしいんだけど、自分で言いだしてるってところがダサいと思う。


「さあ? 色々あって転校したりってことかな?」


 露骨だ。


 彼の父は老舗旅館の経営者で、この街の観光協会の会長も務めている。母親はPTAの会長だし、祖父は県会議員もしてる。有力者の一族って事。彼らは、最近この城下町で囁かれている猫獣人の噂が気に入らないようで、目撃証言を徹底的に封じ込めようとしているらしい。実際、クラスで猫獣人を見たって言ってた子は転校しちゃったんだ。他の学年にもそういう子がいるらしい。


「ま、口には気をつけろよ。忠告はしたぞ」

「余計なお世話よ」


 本当に余計なお世話だ。


「にゃあ」


 猫? 猫の鳴き声?

 しかも私の脚元で?


 机の下を覗いてみたら、三毛猫がいた。

 多分この子は雄。だって、顔つきが精悍だから。


 三毛猫の雄は珍しいって話なんだけど、私の脚元にしっかりいるじゃない。

 

「にゃあーん」


 また鳴いた。その猫はぴょんと飛び跳ねて、私の膝の上に座った。


 え? これは困るよ。

 今から授業だし、教室に猫を入れたりしたら先生に叱られてしまう。


「にゃあ」


 その三毛猫は私のお腹に顔をこすり付けて来た。完全に寛いでいるし……私の膝、そんなに気持ちがいいの? 


 先生が教室に入ってきた。

 これは困る。でも、この三毛猫は私の膝から動こうとしない。


 私は焦って周囲を見るのだが、誰もこの猫に気づいていない。さっきから「にゃあにゃあ」と鳴いているのに。


 何で?

 誰も気づかないの?


 こうなったら開き直るしかない。見つかったらその時だ。もしそうなったら先生に言ってこの猫を外に出してもらうしかない。


 しかし、その機会は訪れなかった。


 国語の授業中ずっと、三毛猫は私の膝の上から動かなかったし、途中からはすやすやと眠っていた。いい気なものだ。


 授業が終わり、国語教師の柏原かしわばら先生が教室を出て行った途端に膝が軽くなった。今まで私の膝の上で寛いでいたはずなのに、あの三毛猫はいなくなっていた。


 夢でも見ていたのだろうか。そう思って膝の上、紺色のスカートを確認してみると、そこにはしっかりと猫の毛が残っていたのだ。


 夢じゃなかった。

 あの三毛猫は何だったのだろうか。もしかして猫の幽霊かもしれない。しかし、あの猫のお陰様で私は授業が身に入らなかった。これは家に帰ってから復習しないといけない事が確定したのだ。

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