第10話

「柚香のことか、はっ!」


 思わず名前で呼んでしまった。エリカは「ふぅん」とつまらなさそうに笑う。


「もう名前呼びなんだ。もうそこまですすんじゃってるんだ……。ふぅん」


 エリカが顔を近づけてくる。


 甘い香りが俺の鼻腔をそそり、エリカは耳元で囁いた。


「これは私から行くしか、シュウを他の女から守ることはできないのかもね」


 探偵が犯人を椅子に座らせて、自分の推理を語るように、俺のいる場所(椅子の周り)をコツコツと音をならしながら歩く。


「(早くシュウを私にメロメロにさせないといけないのに……。なんでシュウは私じゃなくて、他の女と仲良くなってるの!このまえ、ちょっと、ほんのちょっとだけやり方が強引だったけど、頑張って迫ったのに、なんで私に時めいていないの!!シュウのバカ!!!)」


 探偵というのは常に落ち着いているものだ。しかし、エリカのその音は少しずつテンポは速くなっていき、イラつきを含んでいるように思えた。


「……シュウは好きな女の子がいるの?」


 エリカはペースを変えずに聞いた。


「いない」


 エリカのことが好き、と言ってほしかったのだと思う。言うだけならば簡単だ。だが言った瞬間にその言葉というのは責任を伴うことになる。


 俺はエリカのことを幼馴染としか思えていなかった。


「そうなんだ」


 特に声色を変えることなく、淡々とエリカは言った。だけどさっきまでの足音ではなくなっていた。


 まだチャンスはあると思ったのだろう。


「シュウ」


 エリカは俺の頭に手をまわして、俺の視界を遮っていた布をほどいた。エリカが俺を抱いている形になった。心臓が脈打つ音が聞こえてくる。


「お付き合いしてください」


「……」


「この前も言ったけど、私、本当にシュウのことが好きなの」


 エリカが更に強く抱きしめる。俺は彼女に包まれた。エリカはじんわりと汗ばんでいた。


「シュウは私のことを好きになってくれる? 今は好きじゃなくてもいい。これから好きになってくれたらいいから、私とお付き合いしよ?」


「……ごめん。俺はエリカのことを彼女って思えない」


「……そっか」


 エリカは俺から離れた。その顔はどうなっていたかはわからない。俺は俯いていたからだ。幼馴染から告白されて、断って、断った相手をまっすぐみるほど大人じゃないからだ。俺ができる最大限は言葉までだった。


「ごめんね。急にわがまま言って。さっきのことは忘れて……」


 エリカは本心でもない言葉を残して部屋から出て行った。


 何も言えなかった俺は一歩も動くことができなかった。いや、動こうとさえ思えなかった。俺とエリカの望んでいることが正反対で、どうしようも思えなかったからだ。何が正しいかが分からなかった。


 そんなあとも無慈悲に時間というのは進んでいく。


 月曜日の朝。俺は固まっていた


「おはよ、シュウ」



追記。お久しぶりです。ポン酢です。楽しみにしていただいた皆さま、お待たせいたしました。今日から更新が再開です。よろしくお願いいたします!

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