優秀すぎた俺が隠居生活を決め込んだ結果。〜鍛治とポーション作りを始めたら、思っていたのとは違う方向に注目を集めてしまっていたらしい〜

カミキリ虫

第1話 あなたは鈍い男だわ


「おい……見ろよ。あいつが帰ってきたぜ。今日もご苦労なこって」



 冒険者ギルドの中を歩いていると、厳しい視線が向けられているのが分かった。


 体の大きな者、ぎょろりとした目つきで猫背の者。

 ここにいるのは、この町で活動している冒険者たちだ。


 そんな彼らの注目を受けながら、俺は報告のために受付へと向かう。


「さすがエディ様です! 今日も完璧です! 依頼を完璧にこなしてくださいました!」


 チッ、と受付嬢の言葉に、舌打ちの音が聞こえた。


「もう優秀すぎます! ここにいる冒険者の人たちとは、比べ物にならないです!」


「勘弁してくれ……」


 ……切実にそう思った。


 案の定、その言葉を聞いた周囲の冒険者たちが殺気立ったのが分かる。比べられ、見下される発言をされたのだから、無理もない。


 そして、ギルド内にいる他の職員はというと、苦笑いをしていた。『新人ちゃん、しょうがないなぁ』……という顔だ。


 でも、違うだろ……。お姉さん。このままでいいのか。


「…………」


 くそ……。

 こうなったらしょうがない。


 俺は目の前にいる受付嬢の顔に手を伸ばすと、その顎に指を添えて、クイっとこっちを向かせた。


 そして言った。


「褒めてくれてありがとう。でも、その言い方はナンセンスだよ。人を上げる時、周囲を下げる言い方はいけないね」


「やんっ」


 ぽっと頬を赤らめた彼女は、腰から崩れ落ちた。まるで熱にでも浮かされたかのように俺のことを見つめていた。


 うるうると揺れる瞳と、力が抜けて緩くなった口元。


「き、気をつけましゅ……」


 そう言ったっきり彼女は昇天してしまった。


「さすがです……」


 と、他の職員が頬を赤く染めながらこっちを見ているが、本来ならお姉さん、あなたがこれを教えてあげないといけないんだぞ……。


「やれやれ……」


 まったく、しょうがない……。


 俺は報酬を受け取ると、受付を背にして、出口へと歩き出した。


「おい、待てよゴラ」


 その時、立ちはだかったのは、身長2メートルほどの大男。


「この俺様に挨拶せずに行こうとは、相変わらず気に入らねえ奴だぜ」


 俺はそんな彼の顔に手を伸ばすと、顎クイをして、


「その言い方もナンセンスだよ。そっちも今日は依頼で大活躍だったと聞いた。頑張ったね」


「て、テメェ!! な、なに、人の顔に勝手に触ってやがんだ! 殴り殺されてえのかぁ!」


 鬱陶しい!と俺の手を振り払った大男が、自分自身の頬を両手で包んでいた。


 その全身が熱を持ったように赤くなっていた。歯を食いしばった大男が拳をワナワナと振るわせる。


 直後、周りにいた冒険者が立ち上がろうとする気配があった。


「許せねえ……。うちのアニキをコケにしやがって! 刻んでやる……!」


 ギョロリとした目つきの猫背の男が、ナイフを舐めながらこっちへと駆けてくる。


 そうして到達した彼だったのが……。


 直後、ゴリッという鈍い音が響き、彼は壁まで殴り飛ばされて頭からぶつかることになってしまった……。


 彼を殴ったのは、アニキと慕われる大男、張本人。


「あ、アニキ……ッ!? どうして……!?」


「どうもこうもねぇ! このムカつく野郎は俺の獲物だ……! 誰にも譲らねえ……。こいつは、俺だけの男なんだ!」


「あ、アニキ……!?」


 大男は筋骨隆々のその逞しい肉体に力を込めて、憤慨した様子で子分の男に説教する。


「他の奴らも聞きやがれ! こいつに手を出しやがったら、この俺様がただじゃぁおかねえからなッ! なんたってこいつは、俺だけの男なんだからなぁッ!」


 ……おい、待て。いつから俺がお前の……いや、もういい。もう、今日はいい。これ以上はもう、やめとく。流石にこれ以上は、こっちが保たない……。


 俺は早歩きで、一刻も早くこの場から失敬するのだった。



「けっ、見てろよ。ライバル。いつかお前に俺の凄さを見せてやんよ?」




 * * * * * * * *



 ……なんだか、思ってたのとどんどん違う方向へと進んでいる気がする。


「はぁ…………」


 休憩がてら入った食堂で、俺は重いため息をつきながらがっくりと肩を下ろした。


 今日も、どっと疲れてしまった……。ギルドに行くと、いつもこうだ。

 この街で冒険者活動を始めて、もうすぐ1年ぐらい経つけど、全然よくならねぇ……! むしろ、悪くなってやがる……! 一体、どうなってるんだ……!


 俺は冒険者になる前に、ある程度これからの自分をイメージしていた。


 のだが、想定にない方向へと、向かっている。


 ちっとも思った通りにいきやしない。


「その様子だと、相変わらずものすごい好かれようみたいね」


「クラウディアか……」


 静かに、俺の席の近くにやってきた人物が、どこか可笑しそうに笑みを浮かべながら腰を下ろした。


「人気者なあなたが羨ましいわ」


 皮肉だ。


 さては、面白がっているな……?


「今日も、ご一緒していいかしら?」


「好きにすればいいさ」


 視界の端で、ブロンドのロングヘアが揺れるのが分かった。


 歳は俺と同じ20歳ほど。銀色のジャケットに身を包んでおり、腰に下げられているのは、銀竜の骨から打たれた剣。鞘に収められた状態でもその美しさが分かる。


 その使用者は、その剣よりもさらに美しいと評判だ。


 冒険者の彼女。

 名を、クラウディアという。


「奇遇ね。あなたとは、毎回この席で一緒になるわ」


「確か昨日も一昨日もその前もだった。昨日に至っては、別の食堂だったのに遭遇した」


 本当に奇遇だ。


「……たまたまよ」


 普段そうしているように表情を消した顔で、こちらから顔を背けるクラウディア。


 彼女がやってきたからだろうか。食堂にいた客の視線が、集まっているのが分かった。


 店の端っこの、地味な場所にいるというのに、この注目度。


 そこには感心した顔、近付き難いといった顔、普通に見惚れている者までいる。


 原因は考えるまでもない。

 隣にいるクラウディアだ。


「……言っておくけど、本当にたまたまなんだからね」


「わ、分かってるって」


 念を押すように。キッと視線だけを向けられて、なるほど……さすがこの街で一番有名な冒険者、孤高Sランク『クラウディア様』というのが改めて実感できた。


 とりあえず注文していた料理を、二人でそれぞれ口にしていくことにする。


 食事をしている間の会話はない。


 別に俺たちは、仲がいいわけでもないし、冒険者のパーティーを組んでいるわけでもない。


 接点も、ほとんどこうして偶然食堂で会うぐらいだ。

 一度は行動を共にしたことがあるが、それは例外中の例外。


 彼女は、あまり人付き合いを好む性格ではないらしい。ずっと一人で行動している。そっちの方が楽だという。

 だから、ソロで活動しているとの話だった。


「さっき、私もギルドに行ってきたわ」


 食事がひと段落した所で、クラウディアがそう切り出した。


「そしたら、みんながあなたの話題を口にしていたわ。大半が悪口だったけれどね」


「そんな報告はしなくていい……」


「ふふっ」


 まったく……。こういう時だけ笑うんだな。


 でも、不思議とそれが嫌ではないからおかしなものだった。


「あなたが優秀すぎるから、みんな嫉妬しているのよ」


「じゃあ、クラウディアと同じだな」


「否定はしないわ。あなたも否定はしないのね」


「まあな」


 俺は自信を持って頷いた。

 優秀、最強。それは俺のためにある言葉だと思っている。


「でも、当然か。あなたの実力は飛び抜けているものね。ある日突然現れたダークホース。みんなあなたに注目してる」


「普通、この世界で名をあげようと思ったら、幼少期の時点で勝手に有名になっているもんな」


 彼女、クラウディアもそうだったと聞いている。


「そうね。けれど、あなたは違った。急に現れて、みんなを驚かせた」


 ……だろうな。


 そもそも、俺が今のようになったのは、この街に来る直前ぐらいだったからな。


 それ以前までの俺は、そこらへんの子供にも負けるぐらいに弱かった。


「……あなたの力の秘密、やっぱり気になるわ。絶対にいつか、解き明かしてみせるんだから」


 そう言うクラウディアは、毎回楽しそうな顔をする。


「……まあ、でも、もう少ししたらあなたも周りに認められてくると思うわ。強すぎる力を持っていると、どうしても軋轢を生んでしまうから」


 クラウディアが少しこちらを気遣うように言ってくれる。


 実感がこもってそうな言葉だった。彼女も彼女で、苦労してきたのだろう。


「ありがとう、クラウディア」


「別に私は大したことは言ってないわ……」


 そう言って、こっちを見ようともしないクラウディア。


「……本当に、大したことなんて言ってないんだから」


 念を押すように。


 そして、しばしの沈黙が流れる。


「……でも変なの。あなたと一緒にいると安心するわ。……普通の人とは違う気がする」


 ぽつりとこぼされたそんな言葉。


「……なんで、あなたのそばにいるとこう思うんだろ」


 綺麗な髪の毛先を手でいじりながら、クラウディアが微かに呟く。


「普通の人とは違う感じがする、か」


 俺はその疑問に、答えることができる。



 ……それは、多分、俺が転生者だからだろう。



 実はこの俺エディは、別の世界で死んでこの世に転生していた。

 日本という国で、車に轢かれそうだった子供の代わりに死んだ結果、この世界で新しい人生を送ることになった。


 だから、彼女が感じているというその変な感じは、俺が元異世界人だったからだろうと思う。


 だが、さすがクラウディアだ。

 俺が異世界人だということを、見抜くとは、大したやつだ。


「完敗だ。君は鋭い女だよ……」


 ボキッ!


 隣から、フォークが折れたような音が聞こえた気がした……。


「……あなたは鈍い男だわ」


 ガタガタとまるで静かに怒りを抑えるような……。


「……ばか」



 それからフォークを元通りに直したクラウディアと俺は、飲み物をおかわりして、喉を潤していくことにした。


「それで、これからどうするつもりなの? あなた、この前今日の依頼が終わったら、街を離れるみたいなこと言ってなかったっけ?」


「よく、覚えてたな」


「……っ。……別に普通よ」


「そうだな。一旦、家に帰ろうと思っている」


「故郷?」


「故郷からはとっくに追い出されている」


「…………」


 ごめん……と謝るクラウディア。


「山奥に家があるんだ。別の人から譲り受けた場所なんだけど、しばらく帰ってなかったから、掃除しに行くついでにゆっくりしてくるよ」


「そう……。こっちには、また、帰ってくる?」


「どうだろうな……」


「…………」


 本来、やっておきたいと思っていた冒険者ギルドへの登録はもうとっくに終わっているから、この街にきた目的はすでに達成されている。


「でも、買い物とかも必要だし、その時は来るかもな」


「……そう。別にどうでもいいけれどね」


 グラスの中の氷が、カランと音を立てる。

 そうしてクラウディアは、何かを誤魔化すように飲み物に口をつけるのだった。


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