06 攻略

 いやー、わっかんねえな。

 強靭な健康って、なんだろう。私が自分で頼んだんだが。

 不老不死を手に入れた者が、死ねずに永劫の生に苦しむ。

 よくあるパターンだ。しかし、自分が悩むことになるとは思わなかった。

 たもっちゃんが看破スキルで見たところ、やはりあの宝箱からふき出したのは毒霧だった。それを浴び、でも無事な私。

 神様、強靭にもほどがあると思います。

「なー、モフ吉。どう思う?」

 私は悩みながら、モフっていた子牛サイズの電気ウサギに話し掛けた。モフ吉は当然ながら返事をせず、神経質そうにタンタカタンと後ろ足で地面を踏み鳴らしている。

 モフ吉は九階層のモンスターだ。九階は今までと違い、細い通路や小部屋などはない。だだっ広い一部屋に、これまでに出てきたフロアボスたちが今までの復習的に各一匹ずつ集合していた。

 このダンジョンのフロアボスは各階層のモンスターが大きく強くなったものばかりなので、でかい爪モグラとでかい謎鳥とでかい毒蛇がカーニバルである。

 例外はフロアボスのいなかった一階二階だが、ちゃんと電気ウサギのモフ吉もいた。名前は私が勝手に付けた。

 爪モグラが穴を掘り、謎鳥がクチバシやかぎ爪を繰り出して、毒蛇が毒の霧をまき散らす。若干のカオスをかもし出すフロアで、私以外の三人はもりもりと敵を倒していた。

 忙しいところをジャマしないようフロアの隅でしゃがみ込んでいると、もふもふとしたものに体当たりされた。

 通常の電気ウサギは日本で見る普通のウサギくらいのサイズだが、目の前にいたのは子牛サイズだ。

「お前も……一人なの?」

 と言う小芝居をまじえつつ、魔石が露出した頭をなでると電撃を食らった。でも、それだけだ。ビリビリしてちょっと痛いが、ダメージは感じない。健康って、なんだっけ。

「ふははははは。ムダなあがきよ」

 魔王の小芝居に切り替えてモフり続けると、電気ウサギが戸惑っていた。

 これが、モフ吉と私の出会いである。

「何やってんだよ」

「こいつかわいい。飼おう」

 ほかのモンスターを倒し終え、たもっちゃんが戻ってきた。そこで私が提案すると、その瞬間に手の中から電気ウサギが消えていた。

 たもっちゃんが魔力で作った大きめの火の玉をぶつけ、消し飛ばしたからだ。

「モッ……モフ吉ー!」

「このフロア、モンスター全部倒さないと次に行けないんだよ」

 ひとでなし! と騒ぐ私を意にも介さず、行くぞ、と尻を蹴っ飛ばされた。しぶしぶと腰を上げ、フロアを見て回る。この九階層では、二体分の骨を回収した。

 たもっちゃんの言う通り、モンスターを全て倒すと階下への階段が現れた。十階層にいるのは、ダンジョンボスだ。

 さすがにわくわくしながら下りて行き、その姿が目に入った瞬間。

 たもっちゃんと私は、爆笑して吹き出した。

「鵺! 鵺!」

「キメラ! キメラ!」

 ゲームとかで見たやつや!

 十階層も九階と同じく、だだっ広い部屋が一つのようだ。そこに、一匹だけのダンジョンボスがたたずんでいる。

 謎鳥の顔。モグラの爪。電気ウサギの足。尻尾の先には毒牙を持った蛇の顔が付いている。さながら、合成モンスター。

 そのビジュアルに、たもっちゃんは特にはしゃいだ。

「なぁ、俺こいつ飼いたい」

 モフ吉の恨みを晴らすなら、今だと思った。

 テオとレイニーにやっちゃってくれ、と言いながら、私は待ってとわめくメガネをしばき倒して止める。

 レイニーの魔法で蛇の毒を抑え、テオが素早く確実に剣を振るって胴を裂く。

 ボス戦は、たもっちゃん不参加であっさりと終わった。テオは釈然としないような、どことなく複雑そうな顔をしていた。

 倒したダンジョンボスが消えると、地上に戻るための転移陣とアイテムが出てきた。アイテムは魔石や爪で、今までの階層でドロップされたものと変わりなかったが、品質が段違いとのことだ。

 ボスのいる十階層にはやはり高く売れる草があると言うので、刈っていると冒険者の成れの果てを三体ほど見付けた。結構いる。

 遺骸も回収したし、草もむしった。じゃあ帰るかと転移陣に乗っかったところで、たもっちゃんが言った。

「骨さぁ、上戻る前に出しといた方がよくない?」

「骨? なんで?」

「いや、回収依頼なんだから、渡さなきゃいけないだろ? で、戻った時に持ってない骨をどこからともなくいきなり出したら、アイテムボックスもろばれじゃん」

 ほんまや。

 同時に気付いた。アイテムボックスに入れたまま戻ると、草も売るに売れないと。

 転移陣の中にあるものは一緒に移動できると言うので、アイテムボックスから出した人骨をせっせと並べる。骨にまでなっちゃってると生々しさがないぶんマシかな、とか思っていたが、さすがに十体近くを並べてみるとなかなかの雰囲気があった。

 採集した草で肩掛けカバンをぱんぱんにして再び私が転移陣に乗ると、足元の模様が光り始めた。テオが魔力を送り込み、転移陣を起動させたのだ。

 戦いながら進んだ道も、戻るのは一瞬だ。戦ったのは私ではないが。

 周囲の景色がぶれるようにぼやけたかと思えば、次の瞬間には地上にいた。


「回収できた遺骸は九体か……。この二十五年で戻らなかった冒険者とも数が合う」

 ひとりごとのように言ったのは、クラインティアで冒険者ギルドの長を務める女性だった。栗色の長髪を一つにまとめ、シャツの上に革の胸当てを付けている。

 捜索依頼は、結果として上々。

 それは、前回の遺骸捜索が二十五年前だったからだ。その間にダンジョンで消えた行方不明者の数と合うなら、新しく増えた人骨は回収できた計算になる。

「報酬はどうする?」

「頭割りで」

 ギルド長が問い、テオが答える。その返事に、彼女は後ろに控えていた職員を呼ぶ。指示を受け職員が部屋を出て行くと、ギルド長は足を組んで座り直し、改めてこちらを見た。

 私たちがいるのは、冒険者ギルドの一室だ。ソファに座った私の両隣はたもっちゃんとレイニー。低いテーブルの向こうには、同じような長いソファにギルド長が腰掛けている。

 ダンジョンを攻略して地上に戻ると、帰還ポイントにギルドの職員が待ち構えていた。そのまま一緒に連行されて、今にいたる。

「それで?」

 ギルド長は、正面にいる私たちを見ながらに問う。笑みの浮かぶ目の中に、にじんでいるのは好奇心だろうか。

「冒険者になる前は何を?」

「おい」

 テオがとがめるような声を上げたが、ギルド長は軽く肩をすくめただけだ。

「無粋なのは承知さ。でも、気になるじゃないか。確かに、クラインティアのダンジョンは難攻不落ではないがね。それにしたって、Fランクが攻略するのは前代未聞だ」

「F? まさか」

 あ、ダメだ。

 テオまで興味を持ってしまった。一人掛けのイスから少し身を乗り出して、ギルド長と一緒になって視線で圧を掛けてくる。

 まあ、駆け出しだと思ったら意外とやるから意外とやるじゃんと思ってたら実はやっぱり駆け出しだったのだ。気になるわ。

 だが、神様に大体の感じで魔法使い放題にしてもらった男と、鉄槌の手入れ中に手を滑らせたせいで地上に落とされた天使などとは言える訳がない。

 レイニーは私を見て、私はたもっちゃんを見て、たもっちゃんはテオを見て口を開いた。

「料理人やってました」

 それはお前の日本での職業だ。

 それでいいならと、私も普通に働いてましたー。とか言っていると、先ほど席を外した職員がトレイを持って戻ってきた。

「普通ねぇ……」

 ギルド長は首をひねりながらも、届いたトレイを引きよせて話題を変えた。

「これは遺骸の捜索と回収の報酬だ。頭割りにすると少ないが、勘弁してくれ。予算がなくてね」

 運ばれてきたトレイの上から硬貨を取ると、テオだけでなく私たち三人の前にも置いた。

 金貨一枚と銀貨一枚に、銅貨五枚。

「いや、でもその依頼はテオの」

「受け取って欲しい。ダンジョンの捜索は手間が掛かる。順調に終えられたのは、お前達のお陰だ。……感謝する」

 たもっちゃんを押しとどめ、テオがさっと頭を下げる。そして一方的に言ったかと思えば、返事も聞かず席を立った。

「では、これで。縁があればまた会おう」

 急ぎ去って行く背中をあっけに取られて見送っていると、ギルド長がボソリと言った。

「遺骸の中に、知人がいた様だ。故郷に連れて帰ってやるのだろうよ」

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