その6

 ドン、ドン……。


「まだ、随分遠いのに、撃ってきたか……」

 ハイゼル侯爵は意外そうな表情だった。

 

 彼は老齢の域に達しており、杖を突いていた。


 だが、揺れる艦上でもぐらつきもせずに、しっかり立っていた。


 意外そうな表情をしていたが、特に何か指示を出そうとは一切しなかった。


 歴戦の勇士と呼ばれるのに、相応しい態度だった。


 戦場では色々な事が起きる。


 一々過剰に反応していたら、逆にピンチに陥る事が多々ある事をよく知っていた。


 そして、この出来事は敵に不利益があるにせよ、味方の体制には何の影響もない事を良く知っていた。


「ルドリフ艦隊が停止」

 副官からそう報告を受けた。


「ルドリフ、ちゃんとした戦いが出来ているようじゃな」

 ハイゼル侯爵は報告に対して、少し目を細めたようだった。


 突出した息子を心配していたが、これまで表情には出さなかった。


 だが、この時、頭が冷えた行動をしたルドリフを見て、初めて安心したようだった。


 こちらの親子は、向こうの親子より、歳はいっているが、こちらもこちらなりの絆を感じる場面であった。


「全艦停止、敵の出方を伺う。

 オーマ艦隊にも停止するよう伝達せよ」

 ハイゼル侯爵はルドリフの意図を察して、そう命令を下した。


 侯爵の命令により、現状、不思議な事が起きていた。


 ホルディム艦隊以外は全艦停止し、次の戦いの場面に備えていた。


 これは戦線を拡大したい人間と拡大したくない人間の綱引き状態だとも言えた。

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