第14話「旅立ちの朝」

 タガサの家で一晩お世話になったウモンは、清々すがすがしい朝を迎えていた。

 ベッドを出て部屋を片付け、少ない手荷物を整理する。

 いつでも王都に戻れるようにしておき、さて朝飯はどうするか……そう思っていたら、なんだか焦げ臭い。

 思わず部屋を出れば、キッチンの方から騒がしい声が聴こえてきた。


「タガサ、卵が割れたわ! ド楽勝ね!」

「ふふ、十五個目にして大成功ですね。あと、温めてるミルクが焦げてきてますよ」

「はっ! いけないのだわ、急いで火を……それにしても便利ね、錬金術」

「でしょう? これは電力竈エレキコンロです。さ、駄目になった卵はボクがスクランブルエッグにしましょう」


 キッチンでウモンは、驚きの光景を目にした。

 エプロンをしたマオが、料理をしている。どうやら、朝食を作ってくれているようだ。

 あの、マオが……信じられない。

 でも、確かにマオだ。

 ウモンは思わず、目頭めがしらが熱くなった。

 女の子なのに、掃除も洗濯も駄目、勿論料理もまるで駄目……そんなマオが、不器用ながらも悪戦苦闘しながら朝食を準備してくれている。

 そして、その隣で視線に気付いたタガサが振り返った。


「ああ、ウモン殿。おはようございます」

「おはようございます。マオも、おはよう」

「あっ、お兄ちゃん! 待ってて、ド美味うまい御飯がもうすぐできちゃうから!」


 相変わらずタガサは、フリフリのエプロンドレスを着ている。

 なんだかちょっと、メイドさんみたいだ。

 やはり、どう見ても男には見えなかった。

 そんなタガサに席を進められ、テーブルに座って朝食を待つ。すでに食卓の上には、いい匂いのパンがバスケットに山を作っていた。ポットには熱いお茶があって、寝起きの一杯を飲めば意識がすっきり澄み渡る。

 そして、ウモンは頬杖突いて妹の成長に目を細めた。


「タガサ、失敗したわ! ベーコンが先だったのね!」

「まあまあ、大丈夫ですよ。ささっと端っこの方で焼けばいいでしょう」

「知らなかったのよ……お兄ちゃんが作ってくれるベーコンエッグ、あれは恐ろしく高度な技術を要する料理だったのね!」

「ふふ、誰でも最初の一歩は苦戦するものですからね」


 タガサが丁寧に料理を教えつつ、それとなくフォローしてくれてる。

 なにからなにまで、頭が下がる思いだ。

 ウモンはお茶を飲みつつ、その背中へと語りかける。


「タガサ、今日このあと王都に戻ろうと思う。本当に世話になったな」

「ん、そうですか。では、ボクも荷造りを急がないといけませんね」

「うん? それはまた、どういう意味で」

「さっきから、マオと色々話していました。やはり、王都の方が研究が何倍も進んでるみたいで」


 マオがフライ返しを手に「そうよ! そうなの!」と元気よく応える。だが、彼女の視線はフライパンの上に集中していた。

 ぎこちない上に危なっかしいが、見守ることもまたマオのためだ。

 それより、ウモンはタガサの突然の申し出に驚いた。


「ボクの錬金術というのは、見ての通り便利なアイテムの発明みたいなものです。ボクは、魔力に頼らない道具の開発を色々やってみてて」

「王都にはエクスカリバー……カリバーン様はないぞ?」

「知ってます。このアンスィ村のインフラはもう、十分に整いました。ボク、やることがなくなっちゃったんですよね」

「なるほど」

「それに、マオの研究してるテーマにも興味があります。ボクだって、錬金術で目指すのは『魔力の低い者、持たない者のためのアレコレ』ですからね」


 マオは昨夜、教えてくれた。

 自分の研究が、ウモンのためだと。

 ウモンは自然と、手首のブレスレットをさする。ゼロロはキュピーン! と光って、まるで返事をしてくれたようだった。

 ウモンは魔力が低く、召喚魔法には失敗してばかりだった。

 そして、ようやく召喚にこぎつけたのが、スライムのゼロロである。

 外法種エクストラのEランク、これも最低の評価だ。


「ウモン殿、ボクは思ったんですけど……ああ、マオ。もういいでしょう、お皿に盛り付けてください」


 山盛りのスクランブルエッグをサラダボウルの上の野菜に添えて、タガサもテーブルにつく。彼はグイと身を乗り出すと、真っ直ぐにウモンのことを見詰めてきた。


「召喚術とは、亜空間とよばれる仮想領域を通じて、異なる時代や世界のモンスター等を呼び寄せる……そうですよね?」

「ああ。基礎中の基礎だな」

「この、亜空間を構築するために魔力が使われるんだけど、錬金術師としては魔力に頼らず道具の力で……それこそ、別のエネルギーでやってみたいと思うんですよ。それと」

「それと?」


 そこから先は、マオの独壇場だった。

 彼女はウモンの前に、ベーコンエッグの皿とミルクを置く。

 そして、隣にどっかと座るやパンを手に取った。


「アタシ、前から思ってたの。亜空間って、魔力によって大小が変わったり、繋がる世界の数、その世界との距離なんかも変化するんだけど」

「お、おう」

「本当にそれだけなのかなって。魔力という絶対の要素だけが、召喚術の優劣全てを決めてるとは思えないわ」


 マオが言うには、ほぼほぼ同じ魔力量を持つ複数の人間が召喚を行っても、全く違う結果になることが多い。マオのような高レベルの召喚師は、意図的に任意の亜空魔デモンを呼び出すことができるが……そうでない者は、なにが出るかは運次第である。

 ウモンにいたっては、来てくれるなら何でも来い、であった。


「さっきね、タガサと話してたの。亜空間……人間は入れないのかなって」

「おいおい……そりゃ滅茶苦茶めちゃくちゃな話だぞ、マオ」

「でもさ、亜空魔が行き来する仮想領域だとしても、そこにまだ謎があるんじゃないかって」


 マオはそう言いながら、パンを丸ごと一つ平らげてしまった。そして、次のパンを取りつつスクランブルエッグを自分の皿によそう。これでもかと大盛りによそう。一方で、野菜は葉っぱ一枚取ろうとしなかった。

 しれっとウモンは、マオの更に追加で野菜を少し乗せる。


「うっ、野菜……お兄ちゃん、イジワル」

「いいから食べな? それで……亜空間か。そういや、気にしたこともなかったな」


 このブリタニア王国で主流となっている、召喚術。召喚師の力量次第で、とても強力な亜空魔を呼び出すことができる。それは王国にとっても術者本人にとっても、大きな戦力だ。

 だが、その仕組はまだまだ解明されていないことが多いとマオは言う。

 ウモンも、仕組みは知っていたが疑問を持つことがなかった。

 そこが多分、凡人と天才の差なのかもしれない。

 そして、タガサはマオに協力する気満々のようだ。


「とりあえず、ウモン殿たちが召喚術を使う時に出る魔法陣。あれから亜空魔が出てくるのですから、その下が亜空間となって別世界に繋がってる訳ですよね?」

「多分な。魔法陣の大きさは魔力量で決まるし、マオなんか一度に複数の召喚をやったりするけど」

「魔法陣がつまり、亜空間へのゲートなんです。なら、そこから人間……は難しいけど、観測機械を入れることはできそうですよね」


 そう、それよ! と、マオがフォークでタガサを指差す。

 お行儀が悪いとたしなめつつ、なるほどとウモンも納得した。

 そんな研究が進めば、魔力の弱いウモンでも大規模な召喚が可能になるかもしれない。そう思っていると、ブレスレットになってるゼロロが不安そうに回転を始めた。

 そっと手を添え、体温を伝えてやるウモン。


「大丈夫だ、ゼロロ。俺の相棒はお前だけだよ。どんな亜空魔が召喚できるようになっても……名前をやったお前だけだ」

「ロロ! ローロロ~」

「安心しろよ、ずっと一緒だから」


 そういえば最近、ゼロロはどんどん賢くなっている。

 昨夜など、完璧にマオの姿をコピーするまでに至った。

 ウモンは確信している……召喚時のランクが低くても、戦闘力がなくても、亜空魔だって成長するのだ。それが自分のことのように、今は嬉しい。

 ゼロロは戦えば弱いかもしれないが、その可能性は無限大だ。


「よし、じゃあ飯を食い終えたらすぐに出発するか。それと」

「わかってますよ、ウモン殿。ナユタさんにも朝食ですね。サンドイッチでも作りましょう」

「俺も手伝うよ。な、マオ? おい、マオ?」


 気付けばマオは、また例の手帳を取り出しなにかを書き込んでいる。こうなるともう、マオの集中力は彼女を一人の世界に閉じ込めてしまうのだ。それでいて、食べる手は止めないのでどんどんパンが減ってゆく。

 彼女はガリゴリとメモを取ってから、パン! と手帳を閉じた。


「だいぶ考えがまとまったわ! さ、王都に帰りましょ! ゼルガードでひとっ飛びよ、っぐ!?」


 んー! と苦しげにマオはドムドムと自分の胸を叩く。

 どうやらパンを喉につまらせたようだ。

 彼女は慌ててマグカップのお茶を飲み、ふー! と大きく溜息を一つ。

 なにはともあれ、王都に戻れるのがウモンも嬉しかった。今度は、クラスメイトの皆と同じ教室で一緒に学べる。召喚実績ゼロ故の、一人だけの特別授業からはもう卒業だ。


「ふー、死ぬかと思ったわ。うん、そうね、サンドイッチ……挟むだけならアタシにもできそうな気がするわ!」


 どうやらマオは、料理の面白さに目覚めてくれたようだ。なにより、彼女がナユタを特別大切に想っていることをウモンは知っている。それは亜空魔だからとか、銘冠持ちだからというのが理由ではないようだった。

 しかし……このあとマオは常識を無視した失敗を繰り返し、出発が大きく遅れることになるのだった。

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