すれ違い、勘違い、大間違い……バカじゃない?(2/4)~Their Crossing Date~
午前、十一時二十分。
といろ駅東口前にあるといろちゃん人形という大型モニュメントの近くで、俺と雪鳥は煌黄を待っていた。
ここは待ち合わせの定番スポットであり、特に休日だと多くの人が行き交っており、わいわいがやがやと賑々しい。
煌黄との待ち合わせは十一時半だが、まだ彼の姿は見られない。
雪鳥と喋りながら時間を潰していると、煌黄から『マジごめん五分くらい遅れます(泣顔絵文字)』というラインが届いた。
「煌黄、五分くらい遅れるってさ」
「りょーかいです。六峰くんってよく遅刻するの?」
「そうだな。二回に一回くらいの感覚で微妙に遅刻してくる」
「ふふっ、そうなんだね」
全く気にしてなさそうにくすくすと笑う雪鳥を、俺は改めて見やる。
今日の雪鳥の恰好は、黒基調のキャミソールとショートパンツで、その上から白いサマーカーディガンを羽織っている。靴は編み込みのサンダル。
最近駆け足気味に近付いてきている夏を意識させる組み合わせだ。
露出された鎖骨やら胸元やらふとももやら、薄いカーディガンの隙間からチラチラ覗いている肩とか腋が眩しすぎる。
「雪鳥、今日のその服、露出多くないか……」
雪鳥の白い肌をまじまじ見てしまった気恥ずかしさを誤魔化すように言うと、雪鳥はパチクリと眼を瞬かせて、きょとんとした。
「えっ、きーくん。それはもしかしてあれかな。俺にはいくら見せてもいいけど他の人には見せたくない的なあれ?」
「いやちげぇよ……」
「じゃあ、なんできーくんがわたしの露出具合を気にするの?」
ニマニマと、嬉しそうな笑みを浮かべて雪鳥がこちらを覗き込んでくる。
彼女の豊満な胸元の迫力が物凄くて咄嗟に視線を逸らした。
「あ! きーくん今わたしのおっぱい見たでしょ。ねぇねぇ!」
いや見るなって方が無理だろうが……っ!
「ねぇ、きーくんは他の人にわたしの肌を見せたくないの? ねぇねぇきーくん」
ぐいぃぃと俺と視線を合わせようとしてくる雪鳥。
こいつめんどくせぇ……っ!
「まったくもー。わたしはもうきーくんのカノジョじゃないのに、そんな独占欲出しちゃうなんて。きーくんは仕方ないなぁ♡」
「だから違うって……」
「ふふっ、きーくん好きぃ」
身をすり寄せてきた雪鳥が、俺の耳元で熱っぽくささやいた。
薄い布越しに伝わる彼女の肌のやわらかさと、ふわりと漂う蠱惑的な甘い香り、ゾクッと背を抜ける痺れに、思わず頬が熱くなった。
「おま……ッ! だから俺は――」
「――わたしはいつでもいいからね」
身が触れ合う距離感で、雪鳥が上目に俺を見つめ、そっと微笑む。
「いつでも、どんなきーくんでも、受け入れてあげるから♡」
◆〇◆
五月最終週の日曜日、午前、十一時二十二分。
晴花は、といろ駅にやって来ていた。
今日は元家庭教師の九重海羽と、彼女のカレシであるという男と会う予定だ。
待ち合わせている時刻はまだ二時間以上先だが、せっかく街に出るのだから本屋巡りでもしようと思い、あえて暇をつくるために早めに電車に乗った形である。
電車を降りた晴花は、一人で颯爽と駅構内を歩く。
丈が少し余ったロゴ入りの白Tシャツに、スキニージーンズ。歩きやすさ重視のローヒールを履き、シンプルな革製ショルダーバッグを肩から掛けて、首元には飾り気のないネックレス。
とても簡素な装いだが、それ故に彼女の容姿とスタイルの良さが際立っていた。
晴花の黒く艶やかな長髪がさらさらとなびく度、通行人たちが男女問わず目を引かれるように彼女を見やり、思わず足を止める者もいる。
――が、晴花自身はそんな衆目に晒される自己にまるで頓着していなかった。
彼女が考えるのは、元カレ――天本季刹のこと。
本日、晴花は、彼のことについて海羽と話すことになるのだが、その相談の行く末がまるで想像できなかった。
今までどんな時でも、自分がやるべき事柄は特に迷うことなく選んできた晴花である。
その選択を間違えてしまうことは今までにも何度かあったが、迷い悩んだ結果、具体的な選択が何一つ得られないというのは初めてのことであった。
己の愚かな選択のせいで別れることになってしまった季刹。
今の自分が彼とどうなりたいのか、自分が一体どうしたいのか、何をすればいいのか……何も分からない。
堂々巡りのようにそんなことを考える晴花は、首を振って無駄な思案を打ち切った。
(落ち着きなさい、私。一人で考えてもどうにもならないから、そのために今日海羽と会うのでしょう)
ふう……と、息を吐き出して冷静さを取り戻す晴花。
ひとまず本屋に行って、ここの所乱されまくっている精神を休めよう。
思考をそこに落ち着け、晴花は東口から外に出る。がやがやと騒がしい雰囲気。といろちゃん人形という大型モニュメントが、視界に入った。
そして――。
ついでに、別のモノも晴花の目に入った。
「――ッ」
ピキィ……と、晴花の額に青筋が浮かぶ。
すぐ側で晴花に見惚れていた男が慌てて逃げ出して行った。
といろちゃん人形のすぐ側に、見間違いようもなく、晴花の知っている二人がいた。
天本季刹と、囲夜雪鳥。
痴女みたいな恰好をした雪鳥が、季刹の胸元に体をこすりつけるようにして、彼のことを見つめていた。
季刹は少し照れるようにしながらも、雪鳥を見つめ返している。
……もう、自分を誤魔化しようのないワンシーンであった。
これまでは、学校などで仲良さげにしている二人を遠目に見かけながらも、もしかしたら自分の勘違いかもしれない――というような考えが頭の隅にあった。
だが、こんなものまで見せつけられてしまえば、もうどうしようもない。
やはり季刹は、晴花と別れてすぐ、あるいはその前から、あの女と――。
二人を見た瞬間に感じた怒りを通り越して、ズキズキじくじくと、胸の奥が、頭の中が、ナイフのように鋭い何かで掻き混ぜられている。
こんな情けないことで絶対に泣きたくないのに、少しでも気を抜けば涙がこぼれそうだった。
どうにかなってしまいそうだ。
(ほんと私、バカみたいね……)
◆〇◆
午前、十一時二十五分。
集合後、ボウリング場で遊んでいた緋彩たちは、早々にへばった雨月に配慮してその場を切り上げ、少し早めの昼食でも取ろうと駅前付近にまで戻って来ていた。
そして――
(げ……っ)
といろ駅東口前を通りがかった時、緋彩は、といろちゃん人形の前に広がっているその光景を目撃して、全力で頭を抱えたい気分になった。
(なに、あれ……)
背後で談笑している雨月、竹長、貴川の声が聞こえなくなるほど、緋彩の意識は視界内の三人に引き寄せられる。
そこにいたのは、緋彩の兄である季刹、幼なじみの雪鳥、季刹の元恋人である晴花。
――近い距離でくっついている季刹と雪鳥の二人を、少し離れた位置にいる晴花が睨みつけていた。季刹と雪鳥はそんな晴花に全く気付いていない。
晴花は肩に掛けたバッグの紐を強く握りしめて、射殺すような視線を季刹と雪鳥に突き刺している。
(こわ!? え、晴花さん、怖い……)
美人の怒り顔というのは、遠目に見ても中々迫力がある。かと思えば、ふっと晴花は俯いて、何かを堪えるように唇を噛み締めていた。
距離が離れているため分かりづらいが、長いまつ毛に縁どられたその綺麗な瞳は、潤んでいるように見えた。
(あー……っ。あー……。あぁぁー…………)
何とも言えなくなる緋彩。
とんでもない光景を見てしまった。
改めて確認しておくが、晴花は季刹の元恋人であり、別れたのは約二か月前のこと。
季刹が晴花と別れたらしいあの日、酷い顔で帰ってきた兄にカマをかけたらすぐゲロった。
季刹の話では、別れを切り出したのは晴花である――ということだった。
だが、今この瞬間、季刹を見つめる晴花を見てしまった緋彩は察する。
晴花はまだ季刹が――兄のことが好きなのだ。
だというのに季刹をフッたということは、どうせ雨月の時と同じように妙な行き違いがあったに違いない。
緋彩には分かる。
大方、兄の察しが悪かったり、兄の考えはどうあれ晴花にちゃんと構ってやらずに他の女の子と仲良くしていたりなどして、彼女の機嫌を損ねのだ。
でも、そんな晴花の不機嫌に気付かない鈍感な兄は今まで通りの付き合いを続けて、ついに我慢の限界に達した晴花が半分冗談のつもりで別れを仄めかしたら勢いそのまま後戻りできなくなって別れることになってしまった――とか、まぁそんな所だろう。どうせ。
緋彩も晴花とは面識がある。
一見つんと澄ましてクールに見える超絶美人の彼女だが、だからこそ、いかにも面倒な女のタイプの典型であることは分かっていた。
それが分かっていたから、緋彩は時折、『お兄ちゃん、ちゃんと晴花さんには構ってあげなよ。ああいう人は無駄にプライド高くて自分から甘えたりできないんだから』とアドバイスしてやっていたというのに……。
季刹は、緋彩がそう言う度に、『大丈夫だいじょうぶ』と、特に心配した風もないお気楽な返事をしていたが――。
(お兄ちゃんの大バカ……。やっぱりこうなってるじゃん)
しかもタチの悪いことに、恐らく兄は晴花のそういった気持ちに全く気付いていない。
たぶん、晴花の気持ちが冷めたからフラれたのだと本気で思っている。
そして、それに塗り重ねるようなタチの悪さとして、今まさに季刹にくっついている雪鳥もまた季刹の元恋人であり、季刹のことをまだ諦めていないのである。
季刹に身を寄せる雪鳥を見て晴花が何を考えてるかは想像付くが、あれはただ雪鳥が勝手に季刹に迫っているだけだろう。
おっぱいを当てられてまんざらでもなさそうにしてる兄はただのアホだが、少なくとも今の兄が雪鳥の気持ちに応えることはきっとない。
(――で、雨月ちゃんもまだお兄ちゃんのことがだいぶ危ないくらいに好き……、と)
その三人全員が今ここに集結している形となる。
一体どんな業を背負ったらこんなめんどくさいにも程がある状況をつくりだせるのだ、あの兄は。
(何なの!? 残念な女の子だけ集めて本気のハーレムでもつくろうとしてるの!?)
盛大に頭を抱え込む緋彩。
何より一番タチの悪いことに、緋彩が彼女ら三人全員の気持ちを知ってしまった以上、誰か特定の一人に肩入れするのも良心的に考えてやりにくい――ということだ。
とにかく――。この爆弾がばらまかれた修羅場一歩手前の場所に、火の付いた導火線にも等しい雨月を放りこんではいけない。
緋彩がその光景を目撃してからこの思考に至るまで、およそ〇・七秒。
「――あぁっ! そういえば、私おすすめのご飯屋さんがこっちにあるんだった!」
ピタリと足を止め、背後にいる雨月と男二人を制止する緋彩。
「ほら、こっちだよこっち」と、勢いで押し流すように、緋彩は元来た道に三人を追いやっていく。さらにさりげなく雨月の視界はさえぎっておく。
去り際、背後を一瞥すると、季刹と雪鳥に背を向ける晴花が視界の端を過ぎった。
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