久しぶりでもないのに

 



「も、もう、私のおでこにキ、キスして楽しいですか!?」

「楽しいというか、可愛いからというか」

「だ、大体、状況を! ……え?」



 泣いていた自分への気遣いなんだとはリシェルも段々と分かってくるも、恥ずかしいのは恥ずかしい。泣きすぎて目元が赤く腫れていそうだ。鏡があったら化粧で隠したい。

 揶揄うのを止めないネロのお腹をポカポカ叩き、周囲に目をやって異変に気付けた。空が燃えている。更に、燃えた何かが次々に落ちてくる。

 上空を見上げれば大量に燃えた何かが力尽きて落下していく。一つ、白が浮いていた。目を凝らすと白は揺れており……髪の毛だと知るとそれが何かも瞬時に悟った。


 ビアンカだ。

 傷だらけなのは変わらず、ドレスも破れかろうじて服の役割を成していた。

 ビアンカが上空にいるのも、空が燃えているのも、燃えた何かが落下してくるのも。自分が泣いてネロに慰められている間に起きた。

 なら、これらをやったのは誰か。



「殿下……」

「リシェル……」



 光の輪に拘束されて地面に転がっているノアールが気遣うように見てきた。今まで散々冷たい瞳か睨んでくるかのどちらかだったのに。今になって向けられても困るだけ。ずっと見ていたら、また期待する自分が前面へ出ようともがく。

 ノアールには期待しない。したって、最後に捨てられるのはリシェル。ビアンカがリシェル達に何をしようとしたか碌に聞きもしないで敵視してきたのだ。ずっと、敵意を向け続けたらいい。


 ハッとなったリシェルは燃える落下物が地上に触れれば厳重に守られる自然が台無しになると、水の魔法を念じるもネロの手が頭に乗って止められた。



「安心して。地に着く前に消える」

「でも!」

「見てごらん」



 促された先に見たのは、ネロの言った通り美しい緑に直前まで迫った落下物は白い光に包まれ消えていった。一つ二つじゃない。次々に消えていく。



「もうそろそろ、天界は大騒動になるだろうねえ」

「もしかして、これはネロさんの仕業?」

「そうだよ。ルールを守らない愚か者には痛い目を見させないと」

「あ」



 ネロが手を掲げ、人差し指を下へ向けた。上空に漂っていたビアンカが降りてくる。ノアールの光の拘束を解き、ビアンカを側に置いた。失神しているが命に別状はない。ホッとするノアールの横顔からネロへ視線を変え、何が起きたか説明を求めた。

 喋ってくれるまで逃がさないと服の裾を掴んだら、目を丸くされた。が、すぐに細められ純銀の瞳は一瞬リシェルから違う方へ向けられるもすぐに戻った。何処を見たのかと、問う間もなく大好きな声がリシェルを呼ぶ。

 パッと振り向いた先には、裂けた空間から父リゼルが片手に放心しているアメティスタ家当主の首根っこを掴みながら足を踏み入れた。決して軽そうには見えないのに、リゼルは軽い塵を捨てる動作でビアンカの元へ放り投げた。突然のリゼルの登場にノアールも意識を持って行かれ、あ、と気付いた時には当主はビアンカの近くに倒れた。



「君にしては遅い登場だねリゼ君。何をしてたの?」

「色々とな。おいで、リシェル」



 ネロへはぶっきらぼうに、リシェルには過保護極まる父親の声で。


 リシェルはネロを見上げた。



「? どうしたの」

「行って来るね、ネロさん!」



 子供扱いをされ、揶揄われてばかりだったがずっと守ってもらった。大好きなリゼルが来たから何も言わず飛んで行くのは失礼で、彼がそうとは抱かなくてもリシェルは意思を伝えてからリゼルの許へ駆け出した。



「……」



 父と娘の二日振りという、長く離れていないのに久しぶりの再会を果たした空気を横に置いて。リゼルがリシェルに夢中になっている間、自身の顔が若干熱くなっている気がして違う方向を向いた。

 勝手に行ってもネロは何も言わない、何も思わないのに。リシェルは態々言葉にして離れて行った。



「……ああ、うん……。リゼ君が過保護になる気持ちは分かるけど…………」



 嫌いだ、憎いと言い続けていたらしいノアールの執着理由をなんとなく解した。

 純粋で、素直で、リゼルの過保護教育の賜物で立派な箱入り娘に育ったリシェル。無邪気に笑って慕われるリゼルを憎む気持ちも、その愛らしさを自分の隣で浮かべ続けてほしい気持ちも解してやれる。


 ただ、やり方を間違え過ぎている。


 顔の赤みが消えると父娘の所へ。


 リシェルの頭を、両頬を沢山撫で口付けるリゼル。擽ったそうに笑うリシェルも大きな手に頬擦りする。額を合わせられ、至近距離でリゼルと見つめ合う。



「俺がいない間、危険な目には遭わなかったか? ネルヴァを置いて行ったから大丈夫なんだろうが」

「今朝は天使に襲われて私が撃退したけど、ビアンカ様達からはネロさんが守ってくれたよ!」

「は……?」



 他意はない。近況を求められたから、答えただけ。

 リシェルが嬉々とした様子でネロが守ってくれたと語っても、最初の天使襲撃をリゼルが耳にした時点で機嫌は急下降していった。

 凄まじい殺気を放ってくるリゼルへお構いなしに近付き、微笑んだネロは肩に手を置いた。



「私が今朝エル君に君の話を聞きに行った時にね」

「……ネルヴァ」

「小言は後で聞こう。今は、先にやるべき事があるだろう?」



 純銀の瞳がチラリと見る先には、未だ放心状態のアメティスタ家当主と失神中のビアンカが転がっていた。

 小さく溜め息を吐いたリゼルは「後で覚えていろ」と呟き、リシェルに耳と目を塞いでいなさいと言うと二人に近付いて。



「起きろ」



 当主の顔を踏み付け、ビアンカには冷水を浴びさせた。



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