絶対にない!



 ――嫉妬で狂ってしまいそうになる……っ



『え!? な、なんで一緒のベッドで寝るの!?』

『君が気になって仕方ないからねえ。他に理由もあるっちゃあるけど……』

『一人で寝れるから、隣のベッドを使って!』

『えー。リゼくんなら喜んで入れてくれるでしょう?』

『パパは良いの。それにパパは勝手に入ってこないもん』

『私は勝手に入る派だから。ほらほら、横になろう』

『きゃあ!』



 魔王城内での行動に制限はされなかったが人間界へ足を運ぶのは暫くの間厳禁とされた。父の言い付けを無視して人間界へ続く扉に行ったら、多数の門番が配置されていた。彼等は魔王の命により、ノアールが来たら追い返すようにされていた。

 リゼルが辺境に飛んでいる今が最大の好機チャンスだというのに、唇を噛み締めた。

 ノアールの行動を先読みしたように、リゼルがいない代わりに別の男がリシェルの側にいる。父は知っていそうだったから、誰か聞けば名前しか教えられなかった。ネルヴァ、と言うらしいがリシェルはネロと呼んでいる。


 どちらの名前も名簿にない名前。リゼルと父の友人なら、貴族だと思ったのだが違うのだろうか?


 気安くリシェルに触れ、短時間で好印象を持たれるネロに嫉妬しか抱かない。強引に迫られながらも、最終的にリシェルは受け入れた。



『安心して。嫌なことはなにもしない。君の安全の為でもある』

『私の?』

『そう。何時、悪魔狩の追試が始まってもいいようにね結界を貼って寝るんだ。一緒に寝た方が範囲を大きくしないで済むでしょう?』

『結界を貼ってくれてるの?』

『うん。リゼくんから預かった君を彼が戻るまで無事でいさせるのが私の仕事だよ』

『ありがとう……ネロさん』



 ああ……っ、まただ……。

 戸惑っていたくせに、自分の為だと言われればリシェルは受け入れはにかんだように笑う。愛らしくて、可愛らしくて、誰にも見せたくないのに。


 これ以上見ていたら本当に嫉妬で気が狂ってしまうと、光景から離れたノアールは壁に凭れた。

 リゼルからの連絡がないと心配していたリシェルにノアールも疑問に抱いた。娘命なあのリゼルが、一日連絡を寄越さないとは有り得るのか、と。


 リゼルの転移魔法で一気に辺境まで飛んだと聞いた。アメティスタ家お抱え騎士団を無理矢理捻じ込まれ相当不機嫌だったとも。一人で対処可能なリゼルに態々お抱えの騎士団を同行させた当主の思惑は何か……。父も気にしてリゼルが信用する第一騎士団も同行させた。魔物の大量発生はリゼルに対処を、騎士団には周辺住民のサポートに回ってもらおうと。そういう事なら人手は多い方がいいと。


 リシェルと距離を取ったのは自分なのに、自分に向けられない感情を目の当たりにするだけで激情が渦巻く。

 リシェルを閉じ込めて、自分以外見られないようにしたい。恋愛事情にとことん初心なリシェルを自分好みに染めたい……。



「殿下!! 此処にいらしたのですね!」



 ぼんやりと黒い天井を見上げていたノアールを現実逃避から戻したのはビアンカだった。ノアールを意識した黒く煽情的なドレス。豊かに実った胸元を惜しげもなく晒す恰好はリシェルには無理だろう。恥ずかしがって着ようともしないし、リゼルが許さない。

 近付くなり腕に抱き付かれた。豊満な胸をやたらと押し付けてくる。


 走って来たのだろうがビアンカの額に浮かぶ汗をハンカチで拭いてやると嬉しげに笑った。



「まあ、ありがとうございます」

「いや。どうしたんだ」

「はい! 殿下に朗報です! これで殿下を脅かす者は誰もいませんわ!」

「何の話だ?」



 意味が分からなく首を傾げたノアールへ衝撃的告白がされた。



「リゼル=ベルンシュタインを罠に嵌めて、魔力を奪う事に成功したのです!」

「なっ!!?」



 ビアンカが抱き付いていなかったら今頃身体は床とくっ付いていた。驚倒しそうになるくらいの衝撃的告白をしたビアンカは気付かず、興奮気味に話し続けた。



「今はまだ罠に嵌めた穴の中で魔力を奪っている最中です。しぶといですわね。普通ならすぐに魔力を奪われてミイラになるのに、リゼル様は耐えていますの」

「嘘だろ……」

「嘘のようで本当です。でも、リゼル様も痛がってるみたいで。悲鳴を上げているとか」



 ――絶対嘘だ……! 絶対嵌って振りをして、高笑いしているアメティスタ家を絶対遠くから嘲笑っているに違いない……!


 ビアンカを腕から離し、両肩を掴んで説得した。あのリゼルは絶対に罠に嵌らない、逆にリゼルの罠だと。


 けれどビアンカは信じず、今までリゼルに痛めつけられた経験のあるノアールが怖がっていると解釈し、魔力を完全に奪った後のミイラ化したリゼルを見せに来ると意気揚々に部屋を出て行った。

 残されたノアールは足から力が抜けてへたり込んだ。



「ビアンカのあの自身振り……まさか本当にベルンシュタイン卿を……?」



 いや、絶対にないと首を振った。


 悪魔以上に悪魔なあの男が。


 ノアールはエルネストに話をしに行こうと執務室へ向かった。




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