箱入り娘1



 天界の機密情報を易々とリゼルに話す意図は親切心、じゃなく単に面白いからだろうが話を聞いたからには魔界に戻って対策を取らないといけない。



「ネロさんは高位の天使?」

「そうだねえ……大天使よりは上だよ?」



 大天使より上と言われても後六ついる。

 天使の階級は大きく分けて三つ、細かく分けて九つになる。

 上位三隊、中位三隊、下位三隊。

 上位は上から熾天使セラフィム智天使ケルビム座天使スローンズ

 中位は主天使ドミニオン力天使ヴァーチュース能天使エクスシア

 下位は権天使アルケー大天使アークエンジェル一介天使エンジェル


 最高位の熾天使は神に次ぐ実力者と言われており、四大天使とも呼ばれる。ネロは自分を大天使以上だと言うがどれに当てはまるかさっぱり分からない。

 リゼルと殺し合ったと言うのだから、中位以上の位にいないとまともに戦えないのではないかと指摘したら微笑まれた。



「はは。正解と言えば正解。だが、その頃の私は子供だったから役職に就いた天使じゃないよ。勿論リゼ君も子供だったけど」

「子供の頃からパパは強いのね」

「小さい内から膨大な魔力を完璧にコントロール出来るなんてね……当時の天界は、次期魔王候補筆頭のリゼ君抹殺を何度も企てた」

「え!?」

「その度に皆黒焦げにされるか惨殺されるかのどちらかで、人手不足になりかけて諦めたんだ」

「……」



 思えば、父の幼少期の話は殆ど知らない。リシェルが聞かされたのは、母アシェルとの出会いや過ごした日々の思い出のみ。稀にエルネストとの幼少期を語る時もあるが、大体が情けなさが目立つ話題しかなかった。


 天使であるネロがどういった経緯でリゼルと出会ったのかと聞くと「その前に」とメニュー表を持ち上げた。



「注文をしよう。食べたい物を選んで」

「もう、誤魔化さないで」

「誤魔化してなんかいないさ。ただ、ずっとお喋りだけしてもつまらないだろう? それに、折角人間界に残れたんだ。人間界でしか食べられない美味しい料理の味を覚えていきなさい」



 美味しい物に目がないリシェルは渋々、でも、食べてみたかったサンドイッチを注文を取りに来た給仕に伝えていく。ネロが半分こをしようと最初に言ったのをしっかりと覚えていたから、多種類を頼んだ。

 ついでに飲み物のお代わりも頼み、カップ類が一旦下げられて行った。テーブルにメニュー表を置いたネロに次の質問を投げかけた。



「天界でも婚約はするの?」

「するよ。一番多いのは家同士の繋がりからかな。下位三隊に属する天使は恋愛が多いけど、中位以上になると家同士の繋がりからの婚約が多くなる。特に上位になると、余計強い天使同士から子を生ませる傾向が強くなる」

「天界も魔界と変わらないのね」

「天界と魔界で一番大きく違う点がある。魔界を統べる魔王は完全実力主義。魔王の子だろうと魔力が弱ければ魔王になれない。孤児だろうが平民だろうが、膨大な魔力を持っていれば身分関係なく魔王になれる」

「そういう場合は、周りが政治をするの。魔王には魔界を守る結界の展開をメインにいてもらう。でも、平民が魔王になったのはほんの数例。大体が貴族からよ。天界はどう違うの?」



 お代わりの飲み物が運ばれた。二人ともレモン水を頼んでおり、お代わり用のピッチャーを置いてもらい、ネロに続きを語ってもらう。



「天界は血族主義だよ。天界を統べる神は、神の一族出身者しかなれない。仮令力が弱くてもね。天界を守る結界は熾天使を頂点として貼られる。神は存在するだけで尊い存在だから」

「よく分からないわ」

「リシェル嬢が魔族だからだよ。人間に聞かせたら疑問なんて持たれないよ」

「そういうものなの?」

「そういうもの」



 魔族であるリシェルからしてみれば、神は悪魔の天敵の親玉。それ以外の気持ちは浮かばない。これは天使達も同じ。



「私からもいい?」

「ええ」

「リシェル嬢と王子様は最初は仲良しだったんだろう? なのに君は王子様に嫌われた。人は理由もなく何かを嫌いになったりしない。心当たりはなかったの?」

「何度も探した。殿下にも聞いた。でも、睨まれるだけで何も言ってくれなかった……」



 自分が悪いと思った部分や屋敷の使用人や侍女、執事にも聞いて改善していった。

 何をしてもノアールが再び笑いかけてくれる事はなかった。会いに行っても冷たい瞳で睨まれ、口を開けば嫌いだとしか言われなかった。



「……私とは手も繋いでくれなかったのに、ビアンカ様とはキスだけじゃなくて身体の関係まで持つなんて……」



 恐らくリゼルを魔界に留めるだけの婚約だったのだろうが、嫌なら嫌ではっきりと魔王に訴えれば良かったものを。ネロの言った通り、正式な手順を踏んでいたらリゼルは怒らなかった、かもしれない。その辺りはリゼルの気分による。



「……ねえ、リシェル嬢。王子様が清い身体じゃないのがそんなに嫌?」

「当たり前じゃない! 私と婚約していたのに」

「魔族は性に奔放な生き物だろう? 一人や二人と関係を持って普通じゃないの?」

「……」



 心底不思議だと言わんばかりの表情に今更ながら気付いた。

 欲望に忠実な悪魔、年頃になれば初体験を済ませてしまう子が殆ど。


 肉体関係どころか、口付けも未経験なのはリシェルくらいであった。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る