休暇申請は過激

 


 ――翌日。昨夜は眠れるか心配だったがリゼルが安眠の魔法を掛けてくれたのでぐっすりと眠れた。朝食を終えると早速旅行へ行く準備をしようと、意気揚々と魔王城へ出勤して行った。リゼルの仕事場は魔王城の補佐官用に宛がわれた豪華な部屋。広々とした部屋で多数の部下が書類を持って押し寄せても余裕のあるスペースだ。


 いつか、婚約破棄なり解消なりされると覚悟を持っていたおかげか、リシェルも切り替えを早くした。リゼル曰く、数か月は休みを魔王から捥ぎ取ってくると言っていた。彼がいないと処理不可能な仕事は大量にあるのに、果たして魔王や周囲は数か月の休みを許してくれるだろうか。



「パパのことだから、強引に奪ってきそうね」



 生粋の魔族らしいといえばらしい。



「私も準備をしよう」



 人間界へ足を踏み入れるのはこれまでも何度かあった。どれも、ノアールに冷たくされて落ち込むリシェルを気遣ってリゼルが連れて行ってくれた。その時は十日あまりの休みを捥ぎ取っていた。魔界に帰ると待ってましたとばかりに魔王が泣きながらいたのはドン引きした。


 元々、魔王候補筆頭とされていたのは父だった。圧倒的魔力、政治力、戦闘能力、どれも超一流の実力を持つ父こそが魔王に相応しいと周りは推していたが母とずっといたかった父は二番手の現魔王に座をあっさりと譲った。

 母に対して並々ならない執着心を発揮する父が、毎日多忙で自由な時間を割こうとしたらそこに仕事が舞い込んでくる魔王になどならない。


 しかし、現魔王は魔力保有量は多くても政治には向いていなかった。昔馴染みということもあり父に泣き付き、補佐官として手伝ってもらっている。


 部屋に入り、予め侍女に頼んで旅行鞄の準備を頼んでいた。中身は自分で考えるからと何も入っていない。広いクローゼットを開けた。散策も含めて歩きやすい格好をと考えると、デザインはシンプルになる。ワンピースが適任か。


 リゼルはリシェルに我儘を言ってもらうのが大好き。人間界のドレスも気になる。なら、現地でドレスを買うのも有りだ。持って行くのは数着にして、足りなければ現地で買おう。

 後はお気に入りの靴と装飾品、ハンカチ、帽子も幾つか。



「あ」



 目立つ場所に飾られていた青のリボン。昔、ノアールから貰ったプレゼントだ。複雑な刺繍がされたリボンをリシェルは大事にしたいから、ノアールに会う時だけ身に着けていた。それが無くなったのは何時だったか……。

 リボンを手に取り、暫く見つめていたが――軈てリボンを元の場所に戻した。

 お付きの侍女に声を掛け、今までノアールから贈られたプレゼントを纏めてほしいと頼んだ。



「纏めたら殿下宛に送って。もう全部要らないからお返しすると。それから、掛かった費用も大体で良いから付けておいて」

「良いのですか?」

「うん。もう要らないわ」



 身に着けたってノアールは見てくれない。何より、自分が何を贈ったか等覚えていないだろう。最近は貰ってない。ビアンカに夢中になっていたのだから。自分で処分するのは、ノアールに抱く気持ちを丸ごと捨てるようで嫌だった。部屋にあったままでは気持ちが不安定なままとなる。

 ならいっそ、目の前から消えればいい。送り届けられてもノアールは即破棄するだろう。


 長年の婚約者をあっさりと捨てて、別の女性を選んだのだから……。



「あら」



 クローゼットから出て窓越しから外を見やると魔王城の方から煙が上がっている。場所的に魔王の執務室がある場所くらい。



「旦那様が長期休暇を捥ぎ取っている最中かと」

「そうね。パパ大丈夫かしら」

「大丈夫ですよ。旦那様は、お嬢様の為にこうと決めたら必ず実行する御方です」



 それが偶に怖いのだが口にしないでおこう。

 旅行鞄に必要最低限の荷物を詰めている間、魔法であっという間にノアールからの贈り物を纏めてくれた侍女にお礼を言い、後は同等のお金を一緒にしてノアール宛で魔王城へ送ってもらった。


 後はリゼルが戻るのを待つのみ。

 気のせいか、地響きがする。魔王城には多くの煙が上がっている。長期休暇ともなると魔王や周りが必死になってリゼルを止めようとする。分かっていたが、城の一部が破壊されるとリシェルは苦笑した。



「……十日で良いよってパパに言おうかな」







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