第28話 ヤキモチ作戦

 編入初日にも思ったが、シンシア嬢はかなりの美人だ。それに加えてボディタッチがかなり多い。彼女からみれば初な男子生徒など小リスみたいなものなのだろう。

 九月から何度注意しても治らない。


「女子生徒のみなさんから苦情が来てますの。婚約者の方がシンシア様に夢中だそうですわ。バージルに言われたように、皆様には耐えていただいておりますのよ」


 十月頃に学食で注意してからしばらくは収まったかのように思えたが、年末年始で学園が休みだったし、もうすぐ春休みだから気を抜いているのか?

 シンシア嬢も男子生徒も女子生徒たちの怒りを忘れてしまったらしい。どうやら男たちが特に悪化しているようだ。


 僕はマーシャとウォルとともに、昼休みに一番学生が集まる学食内を、シンシア嬢の元へ行く。

 シンシア嬢の周りは男子生徒だらけであった。クラスも学年も違う男たちをどうしたらこんなに集めることができるのであろうか?


「シンシア嬢。何度目かな? ここは貴族の集まりなんだよ。婚約者でもない男女間の過剰なスキンシップは好ましくないものなんだ。

君も男爵家の人なのでしょう? いくらこの前まで平民であってもここは貴族の学園だからね。貴族のマナーを勉強した方がいいよ。

優秀な君がこの点にだけ理解ができないのはなぜなんだろうね?」


 僕は今まで繰り返してきた言葉を再び繰り返してはみたが、呆れているという口調になってしまったことは許してほしい。


「私は何もしてません……」


 シンシア嬢は目に涙を溜めて僕の腕に手を添えて訴えてくる。これもまずあざとい。


「本当にそうなら、まずこうやって触ってこないことだね」


『ピシャン!』


 僕の袖を掴んでいたシンシア嬢の手を叩き落とす。虫みたいに叩き落としてやるのに目をウルウルさせて見てくる。

 こりゃ、反省してないな。まったく参るよ。


 僕はウォルのアイディアを採用してみることにした。


「では、こうしよう!」


 僕はシンシア嬢や侍る男子生徒たちに背を向け、食堂室をたくさん見渡せる方を向いた。まるで舞台役者にでもなった気分だ。


「婚約者の男子がシンシア嬢との逢瀬をしていることに困っている淑女のみなさん!」


 声高らかにすれば多くの視線が僕に集まった。


「淑女のみなさんには僕とウォルバットが『個人的に』相談に乗りましょう!

お一人ずつ、昼食をとりながら、ゆっくりと、お茶もして、お話を聞きましょう。その際、婚約者殿は一切の邪魔立てはしないでもらうよ」


 ウォルバットが僕の横に立ち二人で笑顔で手を振った。女子生徒たちが黄色い声をあげる。

 何度もいうが、ディリックさんほどではないが、僕たち四人はなかなかの男前なのだ。全員婚約者がいるので騒ぎにはならないけど。

 婚約者のいないディリックさんほどではなくとも、僕たちと二人きりで笑顔で会話する姿は、普通の男なら見たくないはずだ。


 ウォルバットが追加する。


「まずは、マーシャ嬢に相談してほしい。マーシャ嬢が『その男子生徒は不誠実だ』と判断したら、僕たちがそのご令嬢の『慰め役』になろうじゃないか」


 ウォルが『慰め役』という言葉を強調したので、女子生徒たちは黄色い声をさらに高めた。なるほど。『相談役』より『慰め役』の方が優しく対応してくれるという印象が強い気がする。


 いつのまにかクララとティナがマーシャの隣の椅子に座っていた。マーシャもノリノリで立ち上がって、観客に向かってカーテシーをした。ティナとクララがここにいることで、女子生徒たちは『婚約者様の公認で慰めていただけるのだ』と安心するようだ。


「僕たちに婚約者を『慰めてほしい』男子生徒諸君は、今後もシンシア嬢との逢瀬を楽しみたまえ。

因みに、傷ついた淑女のみなさまに婚約者のいない男性を紹介することもできるので、婚約を解消されることを覚悟して行動してほしい」


 期待する黄色い声はヒートアップした。


 セオドア曰く、騎士団にはまだ未婚者が多くいるが、学園を卒業するとパーティーなどは護衛になってしまうため出会いが少ないそうなのだ。


 マーシャが僕の耳元で『学園に婚約者がいなくても、わたくしにはお相手がわかりますの』と呟いた。


「現在、学園に在席していない婚約者を持つ男子生徒諸君! 君たちの婚約者へは、僕とウォルバックから直筆で公爵家の封蝋をつけて、週末の二人きりのお茶会への招待状を送るので何の憂いもいらない。婚約者の目があるものとして行動してくれ」


 『何の憂いもいらない』の皮肉を理解したのか、僕の斜め後ろにいた男子生徒がそそくさと移動した。よく見れば、以前シンシア嬢に腕を触られていたクラスメイトだった。確か彼の婚約者は来年入学の予定の伯爵令嬢だ。

 シンシア嬢の周りにいたはずの男子生徒の多くが波が引いたようにいなくなった。


 早速、マーシャへ相談に向かってくる女子生徒が十数人見えた。しかし、慌てた男子生徒がそれらの女子生徒を引き止めて、頭を下げたり、拝んだり、ニコニコとしたり、と、まあ、それぞれあらゆる手段で婚約者の機嫌をとり、マーシャへのコンタクトをさせないようにしていた。中には男子生徒に腕を引かれて、ケンカのように廊下へ出ていく組もあった。


 シンシア嬢を見れば、口を大きく開けることを隠しもしないで今まで自分に縋ってきた男子生徒たちの醜態を見つめていた。


「ディリックさんとティナさんの逢瀬にヤキモチ焼いたウォルの作戦だけはあるわね! さすがですわっ!」


 マーシャのキッツい一言に、ウォルの膝が砕けた。ティナは何のことかわからないならしくキョトキョトと目をしばたかせていた。クララはクスクスと笑っていた。


「あの日の昼休み、ティナが学食にいなくてよかったね」


 僕が座り込むウォルだけに聞こえるように耳元で言えば、ウォルは首振り人形のように頷いていた。


〰️ 


 見本だということで、僕はティナのクラスメイトの女子生徒と食事をすることになった。

 その子の婚約者は去年卒業しており、本当に仲が良くて心配いらないらしい。一応、マーシャからお詫びの手紙を婚約者へ送るそうだ。


 僕は教室まで彼女を迎えに行き、腕に手を乗せさせてエスコートする。食堂室のテラス席にはマーシャとクララがおり、その一つの椅子を引いてこれまた完璧にエスコートする。僕が二人分の昼食を持って戻ってくると、マーシャとクララが笑顔で席を離れる。そして、時間の許す限り、僕と二人で楽しく会話をするのだ。僕は時々、手を触って『キレイにしているんだね』と褒めたりもする。

 ちなみにこの学園の昼休みは二時間ほどだ。


 これは大変に注目されて、僕の一挙手一投足に黄色い声があがった。僕が彼女の手をとって褒めたときなどは、ガタガタと椅子の音と女子生徒の黄色い声とで大音量だった。立ち上がった男子生徒たちはそそくさと食堂室を出ていったほどだ。


 結果的に、僕とウォルに『慰められた』女子生徒は、一人ずつであった。

 僕とその子が食事を始めてすぐに婚約者が飛んできて、土下座を披露していた。

 ウォルの時には、女子生徒がウォルの腕に手を乗せてウォルのエスコートで食堂室に入っただけで、ウォルに頭を下げて女子生徒を引っ張って外へと出ていった。


 二人の男子生徒は週末の市井でシンシア嬢と会っていたのだ。この理由をきちんと公表した。学園だけシンシア嬢に近寄らなければいいということではないと示したのだ。


 マーシャの予想通り、男爵令嬢で年下である婚約者が領地にいることで安心しきって、シンシア嬢の手を握っていたり、週末のデートをしていた男子生徒が三名ほどいた。この三名には学食近くの廊下へと呼び出して、婚約者宛の手紙と、三名の実家と婚約者の実家宛の手紙、計三通の手紙の内容を公表した。


 婚約者宛の手紙には


『その子の婚約者がシンシア嬢に惚れ込んでいて、その子が傷つくことを僕とマーシャが望んでいないこと』

『公爵の馬車を向かわせるから、是非、春休みには、我が家へ泊まりにきてほしいこと』

『素敵な新しいお相手を用意しているから、期待して来てほしいこと』


 などが書いてある。


 男子生徒の実家とその婚約者の実家には


『男子生徒がシンシア嬢との恋を選び、婚約者を大切にするつもりがないと、公爵令嬢であるマーシャが確信したこと』

『春休みに公爵邸にその女性を招待すること。その際には公爵邸に泊まっていただくこと』

『公爵家の責任を以て、その女性には新しい婚約者を紹介すること』


 が書いてある。


 子爵家男爵家が納得する嫁ぎ先なら、騎士団であればたくさんあるし、子爵令嬢男爵令嬢なら引く手数多であろう。


 それを読んだ三人は顔面が蒼白になり、その場で震えて尻もちをついた。


「では、こちらを早馬に持たせますわね。ご令嬢が三人ともいらっしゃった場合は、ギャレット公爵邸でお見合いパーティーでもいたしましょう。殿方を二十人も呼べば、好みの方の一人や二人はいらっしゃっるのではないかしら? ふふふ」


 マーシャが口元だけを扇で隠し、横目で三人の男子生徒を威嚇した。三人は男なのにマーシャにその場で泣いて侘びた。


 その様子を見ていた他の同様の立場の者がその近くで顔を青くしていた。


 マーシャが怒鳴るわけでもなく正論の槍雨を降らす。


「女の子を不幸にするだなんて、わたくしがゆるしませんわ。次に一度でもわたくしに知られることになったら、あなた方に断らずに早馬を出しますからね。周りにいるあなた方もですわよ」


 マーシャは視線だけで威圧して、その場を離れた。僕はおまけのようにマーシャについて行き、クララたちの待つテーブル席へついた。

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