第35話 伝説の彼方に(4)
どのくらいの強さの力かは知らないが、それは一樹にも当て嵌まるのだ。
一樹はエルシアたちエルダ神族たちの下で、力の訓練に励んでいたと打ち明けたことがあったから。
「一樹もそうだったのか?」
「そうだな。ちょっとは辛かったかな? でも、元の世界に戻るためだと思えば我慢も出来たけどな。
エルシアたちが怖かったら護ってやるから、亜樹はよけいなことは考えるなよ。亜樹の力が制御不能で、そのせいで無関係な人を大勢巻き込んで怪我をさせたり、最悪、殺したりする方が、亜樹には耐えられないだろ?」
ぞっとするようなことを言われて、亜樹はまた絶句した。
力を制御できないとはそういう意味かと、今更のように納得する。
「それとエルシアたちは守護神族だから、時には思いがけない事態に遭遇することもあるかもしれない。この国を護るためにあの三人は全力を注いでいるから。それに」
「それに?」
「これはまだ確認されたわけじゃねえんだけど、どうも魔族がいるみたいなんだ」
「複数の神族の血を引くという?」
驚いた亜樹に一樹はちょっと暗い顔で頷いた。
「まだはっきり断言できる段階じゃねえけど。どうやらかなり強大な神力を持ってるみたいなんだ」
「それ魔族としては異端なんじゃ?」
「まあな。それに複数の神族の血を引く魔族が現存してるってだけでもかなり価値のあることだ。神族そのものが絶えてきてるから。どうして生き残ることができたのか、エルシアたちはそれを知りたがってる。それに混血の魔族が現存してるってことは、もしかしたらどこかに他の神族もひっそりと生きている可能性もある。エルシアをちは自分たち以外の神族が生き残っているかどうか、それをとても知りたがっているんだ」
それも無理もないと思う。
混血児でも神力を受け継げるのなら、他の神族が生きていたら、生き残る道はまだ残されていることを意味するから。
一樹の説明によるとエルシアたちが亜樹に眼をつけたのも、亜樹にそういう力があって、尚且つピアスをしていることが切っ掛けらしいし。
それだけ種としての限界に近づいていて、生き残ることに必死なのだとわかる。
「もしオレがエルシアたちの誰かを選んだとしても、その程度のことで滅びから救えるのかな?」
ふと漏れた疑問だった。
エルシアたちは彼らなりに真剣だと理解したせいだろう。
自分の性別がどうだとか、そういうことは意識していなかった。
一樹はどう答えようか迷った。
現実的な意味で答えると可能だ。
亜樹にはそれだけの可能性が秘められている。
というより滅びから救うことこそが、亜樹の使命とも言えるものなのだから当然の結果なのだ。
亜樹がエルシアたちの中から、誰かを選んだとしたら、やがて亜樹が子供を産み、その子供が残りの兄弟の子供と結婚したり、もしくは一族の者と結婚したりして子孫を増やしていくことで、亜樹の力の恩恵が、エルダ神族すべてに浸透していく。
その結果として力は増幅され、エルダ神族はかつての活力を取り戻し、生命力に溢れた一族へと変わるだろう。
亜樹は自分の血と力に、それだけの価値があると、全く気づいていないのだ。
また一樹からそれを打ち明けるようなつもりもなかったけれど。
「この世界に足りないのは人々の信仰と絶対的な希望」
「信仰。希望?」
「この世界を構成しているのは、神族や創世の神々に対する人間たちの純粋な信仰の力なんだけど今神族は風神エルダの末裔を残し絶えてしまって、人々は信仰を向けるべき相手を失ってしまつている。それが世界から活力を奪ってしまっているんだ。信仰を集めるには、絶対的な希望が必要。それはわかるだろ?」
「なんとなく。新興宗教なんかでも、教祖が居て初めて成り立つものだし。信仰って象徴となるべき
者がいないと意味がないよな」
「そういうこと。一番いいのはエルダ神族が、絶対的な希望を人々が、これからの未来に黎明を見出せるほどの希望を証明して見せること。そのために必要なのはカリスマを備えた絶対的な救世主。だから、亜樹がエルシアたちのアプローチに対して、どういう感想を抱いたとしても、現実的には大した意味はねえよ」
半分は嘘で半分は真実だった。
人々の希望となれるカリスマはひとりしかいない。
一樹だって本当はわかっているのだ。
亜樹がエルシアたちと出逢ったのは運命に導かれたからで、それに逆らってみせることの無意味さには。
でも、運命がすべてを左右するわけじゃない。
一樹こそ自分の運命に逆らって生きた証人なのだから。
亜樹は暫く悩んでいたようだが、やがて振り切ったのか、一樹を見上げてニコッと笑った。
「わかった。一樹を信じることにするよ。オレが嫌がったら助けてくれるんだろ?」
「当たり前じゃねえか。それに安心してろ。いくら神族とはいえ、同意なしに既成事実を作ることだけはできねえから」
「既成事実って。一樹っ!!」
顔を真っ赤に染めて怒鳴る亜樹に、一樹は可愛いなぁと感慨に耽っていた。
「でも、亜樹が抵抗してみせないとおれには割り込めないんだぜ?
助けてほしかったら、それなりの意思表示はしろよ? でないとエルシアたちに撃沈されるからな」
交わされる会話の意味は、傍観に徹している杏樹と翔にはわからなかったのだが、翔は杏樹が言っていたように、亜樹がかなり一樹を信頼していることがわかって、複雑な気分だった。
確かに翔には一樹のような特別な力はないし、エルシアたちを相手に歯向かってみせる度胸もない。
これで頼って貰おうとするのは傲慢なのか。
考えると暗くなりそうで、ため息が止まらなかった。
「うんっ。もうアレスのばかあ。
いったいどこ行っちゃったのよぉ」
情けない声をあげているのは身長10センチほどの人形を思わせる端正な顔立ちの少女だ。
旅をしている間目立たないように、わざと身長を変えてあるのだが、そのせいでどうやらアレスを見失ったようだった。
身長が短くなっているあいだは、大抵アレスが運んでくれているので、ファラは安心しきっていたのだ。
だが、アレスは時々、予測不可能な行動をとることがある。
普段の彼なら絶対にファラをひとりにしたりしないと断言できるが、特殊な心理状態のときはわざと置いていくことも十分に考えられた。
それにアレスはちょっと普通じゃない。
どこか天然ボケみたいなところがあって、後先考えずに行動を起こすこともあった。
なにかに気を取られると、他のことは放り出して突然、行動に出てしまう。
そういう状況のときは、連れているファラのことなどきれいさっぱり忘れてくれるのだ。
有難いことに。
歩く天災。
とは、彼と旅を始めてから、ファラが付けたあだ名だった。
ファラの髪は炎のような赤。
瞳も灼熱の色。
肌は小麦色で何処から見ても異端だった。
目立ちすぎるのだ。
だから、わざと身長を変えて、人の目につかないように移動する癖がついていた。
普段のアレスなら、それでも十分にファラの身を気遣ってくれるので、安心していたという事情もあるのだが。
「ふう。これは地道に自分の足で探せってことかしら」
呟きながらファラは本来の姿に戻った。
小柄だが強烈な印象を放つ美女がそこにいる。
炎の髪と灼熱色の瞳。そして焼けた小麦色の肌。
人々は言うだろう。
炎の精霊だと。
そう。
ファラは炎の精霊なのだ。
今では絶滅寸前になっている。
だから、身長を自在に変化させることもできるのである。
そんな真似は神族にさえできない。
精霊は実体があってないようなものだから可能なのだ。
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